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第十三話 イベントフラグ

「ふぁ、ふぁああぁぁぁぁ……あふっ……。朝か……」



 結局、昨晩は取り急ぎ床に布を敷き詰めただけの部屋で寝ることにした。


 一夜が明けたところで、周囲の光景は当然ゲームの中。


 いちおうそれなりに眠れたけど、体の芯から冷えている感覚はあり、部屋の整備とともに早いところ寝具もどうにかしたい


 そんなことを考えながら、枠しかない窓から差し込む朝日のまぶしさに目を細め、ゆっくりと体を起こしていく。

 そうして、昼夜が逆転していた日々では味わえなかったこの感覚に懐かしさを覚えたところで、腕が何やらやわらかいものに触れた。



「んぅ……。おじさまぁ……いいんれすよぉ……」


「なっ!? キッ、キャーーーーーーーーーーーーッ!?」



 思わず「キャー」とか叫んでしまった……。


 俺の腕を胸元でがっしり拘束したのは、当然のようにアエカ。


 昨晩は報告を上げるとログアウトしたけど、まさか戻って人の寝床に潜り込むとは、現実でも成人してからはまずなかったことで、いったいどうしたのか。



「んふぁ……。おじさま、おはようございます。どうかしました……?」


「どうもこうもない……。とりあえず、服を着替えてくれないか……」



 身を起こした彼女は薄い生地のネグリジェ姿で、起き抜けには目の毒だ。

 それでなくとも嫁入り前なんだから、あまり褒められた行動でもない。


 保護者として、しっかり言い聞かせないと……。



「あっ、おじさま! あぐらをかくのは淑女にあるまじき行為ですよ! いまはほかに誰もいないとはいえ、慣れるためにも姿勢は正しくお願いします!」


「えっ。あっはい、気をつけます……」



 アエカの忠告はもっともだ。


 短いスカートであぐらをかけば中身がまる見えになってしまうから、このままニオを演じ続けるのなら、人前で晒さないように気をつけないと……。


 といっても、長年の染みついた癖はそう簡単に抜けないとも思うけど……。


 あれ、いまって怒られるのは俺だっけ……?





 ***





 身支度を整え、俺たちは城館の階段を下っている。


 城塞は現状だとあまり大きくない。もっとも高い見張り塔が四階まであるくらいで、生活空間となる館が二階までしかないこじんまりした建物だ。

 いちおう石造りだから構造は保っているものの、明かりはなくそこかしこに瓦礫が散乱し、“幽霊屋敷”と言っても過言ではないありさま。


 城壁も三分の一が崩れているから、この状態ではゴブリンに侵入されていたのも致し方ないといえる。



「ロジェスタたちは?」


「現状では住めないので、しばらくは町から通いですね」


「ということは、まだ来てないのか」


「城塞が復旧するまでは八時からでいいと伝えてあります」


「それは、俺としても助かる。いま何時?」


「七時前ですね」



 おかげで、情けない悲鳴を聞かれなかったのは本当に助かった。


 話しながら階段を下り、玄関広間に到着したところで周囲はまだ暗い。

 壁際は崩れた部分から陽光が差し込んでいるものの、人口の明かりはアエカの持つランタンだけだから、地下にでも行こうものなら真っ暗だろう。


 正式リリースまでに、このひどい状態をなんとかしなければならない。



「それでおじさま、本日の予定は決めましたか?」


「それなんだけど、行方不明の狩人のことが気になっているんだ」


「たしか、イースラさんでしたか……」


「ああ。午前中にムーシカが来るはずだから、彼女に詳しいことを訊いて、捜索がてら周辺の探索をしたいと考えている」


「すでに手遅れの可能性もありますが……」


「それは……わかってるさ……」



 昨日のゴブリンたちのすみかに遺留品のようなものはなかった。


 レリックを持たないNPCとはいえ、狩人や衛兵のような武器を持っている者はそれなりに戦えるため、こんな最初期の難易度でやられるのも疑問。


 ということは、開発でも想定していなかったトラブルがあったとか……?


 なんにしても、詳しく訊いてみるまでは何もわからない。



「わぅーっ! ニオさま、おはようなのだぁっ!」


「うわっ!? ムーシカ!?」



 玄関口から表に出たところで、駆け寄る犬耳娘に抱きつかれた。



「あれ、まだ時間……」


「ニオさま、おはようございます」


「ニオさまっ、おっはようっ♪」



 続くのはロジェスタとティコ。さらに、オレダーたち職人三人も大きな資材を荷車で引き、少し離れてこちらに向かっているところだった。



「八時からでは……」


「ニオさま、それなのですが……。わたくしどもも早く城塞を復旧させたく、皆で相談し、指定された時刻よりも繰り上げ参った次第でございます」



 俺の疑問に答えたのは、折り目正しく礼をしながらのロジェスタ。


 創られた生命が、独自の判断で命令外の行動をするのはすごいことだ。

 ひとつ間違えれば、反乱だって自分たちの判断で起こせるだろうし、だからNPCに対する教育と好感度稼ぎまで、このゲームでは重要になってくる。


 つまり、楽園のためには、皆に慕われる領主であることがまず第一。



「ニオさま、どうかなさいましたか?」


「少し驚いた……。いや、皆の判断を尊重しよう、余も助かる。ただ、いまはまだ人手が足りないため無理だけはするな。休憩時間は十分取るように」


「もったいないお言葉、しかと心得ました」



 皆も頷き、“ニオ”に向ける好感度は悪くなさそうだ。


 少しだけ面食らったものの、この調子でいい関係を続けていくのはそう難しくなさそうに思えるため、気づかいは忘れないようにしたい。



「それはそうとちょうどよい。ムーシカ、行方不明の狩人のことを訊かせてくれないか。皆も知っていることがあれば教えてくれ」


「わぅ? イースラ……」


「そう、そのイースラについて、行き場所やいなくなる直前の様子などだ」



 ムーシカは俺に抱きつく腕に力を込め、これまでの笑顔を曇らせる。


 その落ちた視線が向かう先は地面……いや、もっと奥深く……地中?



「わうぅ……。イースラは、ここに来たのだ……」


「ここ? 城塞に? その者の姿は見ていないが……」



 彼女が続きを話す前に、こちらへと一歩を進み出たのはロジェスタ。



「ニオさま、実は半月ほど前に城塞の裏手で遺構が発見されまして、イースラは、娘は、その調査のために内部へと踏み入ったのでございます」


「娘……!?」



 その報せは、まだ諦めきれない父親(・・)の情まで滲ませていた。

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