第百二十四話 ウォルダーナ領、到着(2)
宿場町カルミラから北上して十日、馬車の旅はお尻や腰が痛くなって大変だったけど、俺たちはようやく旅の目的地にたどり着いた。
この地を訪れてまず驚いたのは、全高百メートル級の大樹林の存在だ。
光り輝くありとあらゆる植物が幻想的な雰囲気をつくり上げ、まさにファンタジーといった景観は見る者に感嘆の思いを抱かせるだろう。
この場所は、北半球で数少ない星霊樹の根が下りた地であるため、その恩恵により一般的な植物だろうと巨大かつ神聖な物へと変化するんだ。
そして、直径だけでも十数メートルはある巨木の間を通り抜けてたどり着いたのが、ウォルダーナ森星王国の王都“ウォルダーナ”。
「見事な町並ではあるが、発展度はユグドウェルが勝っておるな!」
「あれあれぇ、ひょっとしてニオさまぁ、悔しがってますぅ?」
「うっ!? そんなことはないぞ、客観的な判断だ!」
「たしかに、樹上のエルフの国というのは、誰もが一度は想像するすばらしいものですが、やはりニオさまが築き上げるユグドウェルこそが至高ですね」
「そうであろう! そもそもが、機能美を追求したユグドウェルと、自然と共存するウォルダーナでは、安易に比較はできないのだ!」
「でもでもぉ、少し羨ましいと思ってますよねぇ?」
「うぐっ!? そっ、そういうことは言わぬが花ぞ、ヒワ!」
「くふふぅ♪」
“樹上のエルフの国”――アエカが表現するとおり、ウォルダーナは巨木に張りつくよう積み建てられた立体的な町となっていた。
それだけでも幼少の頃に想像したエルフの国そのままなのに、最奥には星霊樹の根に寄り添う白亜の王城まであって、無骨なユグドウェルにはない自然なままの美しさがウォルダーナにはある。
ヒワの言うとおり、羨ましいのかと問われれば強く否定はできない。
「あれってニオさまじゃない?」
「ほんとだあ、配信で見たままのニオさまあ」
「うおお、会社休んで張り込んでてよかった……」
「あれ、なんかキュンときた。私エスティリアさま推しなのに」
「ニオさま、ようこそお越しくださいました~!」
「生は違うってユグ民が言ってた意味がわかったわ」
「ひょっとしてこれが寿命が延びるって感覚……」
門や壁といった明確な境界はないようだけど、人通りの多い大通りへ踏み入ると、プレイヤーたちが早速こちらの存在に気づいたようだ。
ウォルダーナもユグドウェルに負けず劣らず人が多く、あらゆる道や建物にプレイヤーの存在を確認できる。
配信アイコンが表示されている者も多く、ニオがウォルダーナに到着した報は、自分で知らせずともあっという間に共有されるだろう。
「土地柄かなぁ、木工品が多いですねぇ」
「ふむ、珍しい品もありますな。属性を付与されたバックラーなぞ、ツキウミ殿にいかがですかな?」
「盾かぁ、もうちょっと腕力があれば持てるんだけどぉ」
「鍛錬あるのみですな!」
そんな人混みのなか、ベルクとツキウミは少し離れて露天を見ている。
「ベルク、ツキウミ、人通りが多いはぐれるでないぞ!」
「シャベッタアアアアッ!」
「やべ、ニオさまの生声は脳がとろける」
「かわいすぎん? ASMRキボン」
「配信よりちょっと高く聞こえて、しゅき」
「あー、耳元で囁いてほしいー」
そりゃ喋る。
自分の声がかわいい自覚はあるけど、そういえば公式グッズの要望で特に多いのが抱き枕とボイス系らしい。声録とか絶対にしたくない。
「おおっ! ニオ姫さまの忠実な騎士として当然でありますぞ!」
「はぁい。でも、はぐれてもパーティ表示を頼れるのは楽ですよねぇ」
「しかり。しかしながら、ニオ姫さまのおそばを離れるわけにもいかぬゆえ」
「ベルクさんてぇ、ほんとニオさまのこと好きですよねぇ」
「うむ、敬愛いたし申す!」
ふたりの会話はニオにとって少し照れくさいけど、これも≪皇姫への敬愛≫の効果だとしたら、どうか限度は超えないでほしいと思う。
頼りになるベルクまでニオラブ化するのは、絶対に見たくない。
「ニオさま、すぐ王城に向かうの?」
「そうなるな。面倒ならば、ここからは自由行動で構わぬぞ」
「ありがたいわ。いろいろと自由に見て回りたかったから、私は一度別れて行動させてもらうのね」
「わかった。夕食の時間が近づいたら一報を入れよう」
「はいはい! ヒワと幽霊ちゃんもライゼちゃんにお供しまぁすぅ!」
『あわぁ、あーい!』
「ほかの者は?」
「私はもちろんニオさまと共に」
「無論、それがしもご一緒いたす!」
「ボクもついていきますぅ。女王さまにお会いしたくてぇ」
「よし、ではここからは別行動だ」
宣言どおり、ヒワとライゼと幽霊ちゃんは雑踏の中へと消えていき、俺とアエカとベルクとツキウミはまっすぐに王城を目指す。
大通りを挟んで立ち並ぶ巨木の合間に見える王城は、ユグドウェル城塞と比較すると三倍以上も大きい。
その分は一般家屋が簡素な木造だけど、樹上に建物を建てるために重い石造りである必要はないから、石工などの研究は後回しなんだろう。
通りすがりに店を見ると、武器防具は鉄製が少なく木や革製の軽装備ばかりと、土地柄から騎士や重戦士のビルドには不向きな品揃えだ。
こうしたお国柄を目にして、ようやく他国に来た実感も芽生える。
「ところで、連絡はもう入れてあるのよな?」
「はい、おおよその到着時刻は今朝方に。エスティリア女王がお待ちのはずですから、このまま城門に行けば謁見となるはずです」
もちろんまだ専用の窓口なんてものはないため、連絡は現実でだ。
続いてアエカに屈んでもらい、俺は彼女の耳元に口を寄せた。
「で、本当に高屋なのか?」
「そうですよ? 何か懸念でも?」
「いや、エスティリア女王とは真逆のタイプだから、大丈夫なのかと……」
「ボロは出ているようですが、それもニオさまと同じく愛され要素として定着してしまっているようですね」
「うっ……」
自分自身、“ニオ ニム キルルシュテン”というキャラクターをまったく演じきれていないから、高屋にしても同じなのかもしれない。
なんにしても、これから彼女と会う。
ウォルダーナ森星王国の女王、“エスティリア レ ルメディア アーカナ”に。
なによりよく知る後輩であり友人でもある、“高屋 ミミ”に。