第百二十二話 フィッシュトラップ
インベントリから特大剣を取り出し、月明かりが反射する水面へと向ける。
なんてことだ……勢いあまって突っ込んだ川で、続いて追いやられた俺たちは中州で立ち往生する羽目にもなってしまっているんだ。
「アエカ、だいじょ……ダメか……」
アエカを寝かせて注意深く水面を見ると、水中に黒い影が確認できる。
まさかこいつらの縄張りに踏み込むことになるなんて……と、考えている間にも飛び出してくる相手に対し、特大剣を最小限に振って斬り落とす。
この中州は完全に取り囲まれている……。アエカは吐くだけ吐いて昏倒し、彼女を抱えながら包囲網を突破して川を渡るのは無理。
水中に何匹いるかもわからず、こんな小さな中州で一斉に飛びかかられたら、そのすべてを迎撃するのもやはり無理。
どうする……俺のスキルで、ここからどう脱出すれば……。
「くっ!」
水中から再び飛び出す影。それも今度は二匹に対し、俺は袈裟斬りからの剣先の跳ね上げで再び迎撃する。
斬られて足元に落ちたのは、魚というか、何かというと蛇やワームに近い、ヒル型のモンスター――“キラーフィッシュ”。
ぬめぬめとした赤い体表に、体の先端部には動物に噛みつくための鋭い歯を備えた口腔と、いたってシンプルな形状のモンスターだ。
ただ問題は、一般的には人の指ほどもない大きさを想像するヒルだけど、いま遭遇した群れは腕の太さくらいあって血を吸われたら確実にまずい。
しかも水中から飛び上がってくるとか、殺意が高すぎる。
「はぁっ! せぇいっ! ふっ! ちぇあーっ!!」
そんなわけで、次々と飛び上がるキラーフィッシュを呼気とともに迎撃し続けるも、徐々に数を増す様子はいずれこちらの対処能力を上回るだろう。
本当にどうすればいい?
状態異常のまま置いてきてしまったため、仲間の救援は期待できない……。
ヒワが早く戻ってきて、ベルクだけでも起こしてくれればいいけど……。
なんにしても、全周三百六十度をぐるぐる回りながら迎撃し続けるというのは、まず先にこっちが目を回して前後を見失ってしまうような状況だ。
そうしているうちにも、さらに五匹が飛び出し……。
「やらせるかよ! ≪千陣破断≫!!」
ついでに光焔を付与し、猛り狂う金光の焔が全周三百六十度方向へと水面を熱しながら駆けていく。
すると、水上にのたうつ数匹のキラーフィッシュが姿を現した。
「そうか、ヒルというわけではないんだろうけど、ヒルを取り除くためには火で炙ると聞くし、水中にまで影響を及ぼすほどの熱量があればいいのか」
要するに、原理をできるだけ充填した光焔を放てば……。
光焔は水上にありながらある程度の時間を燃え続け、その間はキラーフィッシュの飛び上がりを押しとどめているようで、これなら時間を稼げるだろう。
そうして、俺は有言実行とすぐ特大剣に原理を込めはじめた。
「ふははっ、相手が悪かったな! ニオの原理値があれば、この程度の水量は熱湯に変えられる! 茹で上がっちまえ!」
水面の光焔は徐々に消え、水中の動きも慌ただしくなるけど、特大剣がまとう金光もよりいっそう強くなり、再び飛びかかられる前には間に合う。
「来い来い来い来い!」
『原理充填率100%、≪創世の灰≫アクティベーションレディ』
正直なところ、≪創世の灰≫が起動するほどに原理を込める必要はないけど、このシステムアナウンスは安心の担保として信用のおける拠り所だ。
「食らえよ! もう一度、≪千陣破断≫!!」
再度の全周攻撃により、大気を押しのけるほどの光焔と熱波が中州から対岸へと猛火を広げていく。
水面は沸騰し、浅い所は川底まで見えてしまうほどに蒸気を放ち、そこに棲む者にとっては地獄の業火といってもいいほどの惨状。
普通の魚や水棲生物には申し訳ないことをしたと放ったあとで思ったけど、こんな所でキラーフィッシュの餌になるわけにもいかない。
俺は油断せずに特大剣を構えたまま、蒸気が風で流されるのを待つ。
「うわ、気づいてみたら服がびしょびしょだ……」
川に突っ込んだから当然ではあるけど、ぐっしょりと水分を含んだ下着が肌に張りつき、その感触がなんとも言えない快感となって俺を責めてくる。
たぶんあれ、忘れてはいない……。例の≪オウカンゼツリンタケ≫とかいうキノコの効果で、全身が敏感になっているせい……。
「とにかく、皆の所に戻らないと……」
アエカの上体を起こしてしばらく待つと、辺りは湯気を上げる川原の石が残るだけで、何事もなかったかのように静かになった。
熱湯も、茹でられたキラーフィッシュも川の流れが押し流してしまったのだろう、人が立ち去ればすぐにでも元通りの光景となるはずだ。
「やば、アエカもびしょ濡れだ……。すぐに着替えさせたいけど……いまの状態だと欲じょ……ヒワにやってもらおう……」
とりあえず、昏倒したままのアエカを抱えて立ち上が……。
「ふぎゅっ!?」
だけどどうしたことか、水面を跳ねる音が聞こえ咄嗟に振り返ったところで、ニオの竜角を包み込むいやな刺激が意識をかき乱す。
「あっ!? あっ……あっ……んきゅっ!? ふあぁあんっ!?」
状況は、竜角に食らいついて蠕動する何者かに取りつかれた。
何者かって、そんな奴はこの場にキラーフィッシュしかいない。
「あひっ!?」
や、やばい、“輝竜種”にとっての竜角は時に性感帯にもなる部位だ。
しかも、≪オウカンゼツリンタケ≫のせいで全身の感度が上がっていて、刺激をこらえることもできずにアエカを抱えたまま膝をついてしまった。
「はっ、はっ、はぇ……や、やめ……んきゅぅぅぅっ!?!!?」
ガクガクと、自分の意思とは無関係に全身が震える。
キラーフィッシュの蠕動に呼応し、物理的距離まで近い脳に直接刺激が発生しているようで、もはや四肢で踏ん張ることもできず、これは……まず……。
「はっ、ひぎゅっ!? らめ……こんなのっ……こんなのっ……」
体が言うことを聞かない。
手でキラーフィッシュを取り除くことすらできない。
アエカの上に倒れたまま、押し寄せる快楽に身を委ねるのみ。
「んぎぃっ!? おっ、おかしくなりゅううううううううううううっ!!!!!」