第百二十一話 マッシュルームトラップ
「にゅふふっ♪ ニオさまぁ~ちゅ~しましょう、ちゅ~♪」
「にょわああっ!? なんで酔っぱらっ……えっ!?」
ダンジョン村での後処理を済ませ、早々に旅路へと戻ったその日の夜、なぜか酔っぱらったアエカに迫られていた。
今夜は森の中で見つけた洞窟で野営をすることにしたんだけど、辺りを照らす焚火には夕食の鍋がかけられ、飲み物といっても水くらいしかなく、この旅の間は酒瓶自体を見かけることがなかった。
にもかかわらず、酔い?の影響はアエカだけにとどまらず、ベルクは一瞬で寝落ちし、ツキウミはケタケタと笑い続け、ライゼにいたっては心ここにあらずとひたすら鍋をつついて反応がなく、本当に意味がわからない。
モンスターの攻撃というわけでもなさそうだし……。
「ちゅ~」
「やっ、やめろっ!?」
「えぇ~、なぁんでれすかぁ~? わらしとぉ~、ニオさまの仲ならぁ~、これくらいのスキンシップはぁ~、いつものことれすよねぇ~?」
「ないない。いくら親しかろうと、嫁入り前の女性に手を出すことは……」
「ニオさまはぁ~、おじさまなのにぃ~、珍しく奥手なんれすからぁ~、わらしがいいならぁ~、別にいいじゃないれすかぁ~」
「よくないがっ!?」
「さぁさぁ服を脱いでぇ~、わらしに身を預けてくらはいぃ~」
「いやぁっ!? やめてっ!? スカートを引っ張るなっ!?」
「ひっくっ、うぃ~。ニオさまぁのお肌ぷにぷにらぁ~。えへぇ~」
「あぅんっ!? どこに手を入れてっ、撫でるなっ!?」
「むちゅ~」
「ひゃんっ!? いい加減にしろぉっ!?」
「いやですぅ~。なんか暑いのでぇ~、一緒に脱ぎましょ~」
「脱ぐなっ!? 脱がせるなっ!? うにゅうっ!? 揉むなっ!?」
「もぉ~、さっきから文句ばかりぃ~。頑なですねぇ~」
「頑なというかっ、酔った勢いはダメですっ!?」
そもそもが、なんでこうなっているわけよ!?
夕食で口にしたものなんて鍋くらい……それだぁっ!!
「≪鑑定≫!!」
――≪鶏肉ときのこの卵スープ≫
そうそう、ダンジョン村から出立したばかりだから新鮮な鶏肉と卵があって、この時代の旅としては割と贅沢な……ちっがう!
食材のほう! 特に採取したきのこが怪しいのは間違いない!
「もういっちょ、≪鑑定≫!!」
――≪ヨッパライタケ≫
――≪カキシメジ≫
――≪ムラサキワライタケ≫
――≪オウカンゼツリンタケ≫
――≪シメジ≫
「親切に教えてくれるあからさまなキノコの中にある安心安全のシメジ!」
ああああ……なんてこった……。
旅慣れたライゼがいるのと、なんだかんだアエカを信頼しているからと、調理にはまったく関わらず大丈夫だと思っていたんだ……。
そのせいで、素人がむやみやたらに手を出してはダメという、キノコ採取のトラップにまんまとはまるなんて……。
いちおう、現実の人と比較してプレイヤーは状態異常耐性があるから、キノコだけですぐに全滅とかはないけど……ど、どうするんだこれ……。
同じ物を食べてニオだけが平気なのは、状態異常耐性が高いというか、排出効率がよくて影響を受けにくいというのがあったりする……。
よ、要するに、トトトトイレが近い……くっ……。
「えへぇ、ニオさまのぉ、すべすべぷにぷにお腹ぁ~」
「ぎゃあっ!?」
なんて原因を確認している間にも、スカートをたくし上げられてお腹までまる見えにされていた!
アエカは俺のお腹に頬ずりをし、いまにも食いつきそうな勢いでぐいぐいと迫ってくるから、このままではやられかねません!
俺はとりあえずアエカの頭を掴んで自慢の腕力で引き剥がすも、彼女の残念そうな悲しそうな表情を見てつい力を緩めてしまった。
「ちゅ~~~~」
「ふやぁんっ!?」
そのせいでキスはされたけど、咄嗟に自分自身がずり下がったので、鼻頭に柔らかい唇の感触を感じただけで済んだ。
とはいえ、酔っぱらいアエカによる怒涛のキス連撃は続く。
俺は必死に避けるも、敏捷が高い彼女のキスは肌を裂くかのような速度で次々と繰り出され、ボクシングの試合をしているかのように錯覚させられる。
というかなんだこれ!? 誰か助けて!?
ベルク――状態:睡眠
ツキウミ――状態:狂楽
ライゼ――状態:中毒
おわーっ!? 誰もまともに対処できない状態!?
ちなみにきわめはダンジョン村に残ったし、ヒワはログアウトして現実で食事中、幽霊ちゃんもいないと無事なのが自分しかいないという状況だ。
かくいう自分も多少は毒が回っているようで、体全体がぽかぽかと暖かくなっていて、なんか下腹部が疼くような……やっべぇっ!? そそそっ、そういえばっ、≪オウカンゼツリンタケ≫とかいうのも鍋に入ってた!?
俺は、目の前でやけに艶めかしく見えてきたアエカに欲じょ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!!?
アウトォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!
「アッ、アエカッ! 気を確かにっ!」
自分にも言いたい、人前で百合ーんっはダメです!
「ニ、ニオさま……」
「酔いがさめてきたか!?」
「頭……振りすぎて……ぎぼぢわるいです……」
「げえっ!?」
「はっ、吐きそう!?」
「で、出まふ……」
「ま、待て!? 袋っ、ない!? くっ、少し我慢しろっ!!」
俺はアエカをお姫さま抱っこし、大急ぎで洞窟を飛び出した。
近くに川が流れているから、そこならいくら吐こうと流してしまえる。
というか、アエカと密着している部分が急激に熱を帯び、自分自身が毒キノコの影響を自覚するけど、なら川に飛び込んで頭を冷やしてしまえばいい。
俺は木々の間を駆け、月明かりだけの暗闇の中をひたすらに急ぐ。
「うぶっ……出っ……」
「もうすぐそこっ! あと少しっ!!」
「うおぇええぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ひぃやああああぁぁぁぁんっ!?!!?」
こうして、暗く深い森の中で七色のゲーミングエフェクト(?)をまき散らしながら、俺は抱えたアエカと共に川へと突っ込む羽目になったのである……。