EX 秘密の会合
――喫茶店“あるかいっくこふぃん”。
とある、大正ロマンが残るモダン和風な喫茶店に、両手で数えられる程度の人々が集まっていた。
年齢は子どもから老人まで幅広く、性別はもちろんのこと服装から感じ取れる嗜好ですらバラバラの、まるで統一感のない九名。
彼らは何者か。それは、ここにいる者だけでなく、世界中にさらなる賛同者を有するとある目的の協力者たち。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
思い思いに座る彼らの前で話を切り出したのは、“三条 アエカ”。
「早速ですが……昨日、蜂谷さんが旅立ちました」
続く言葉は、誰かが、どこかへ旅立ったという、一見するとなんでもない取るに足らないただの報告のようだった。
「……申し訳ありません」
表情を歪ませながらアエカが謝罪を口にする。
――なぜ謝罪を?
それは、ここにいるほとんどの者が一様に思ったこと。
「蜂谷さんに関しては、本人が人身御供になることを覚悟してたから、アエカさんが謝ることじゃないですよぉ。予定調和ってやつですねぇ」
深々と頭を下げるアエカに対し、彼女の肩を自らの手で起こしながら返したのは、高校生と見られるブレザー姿の少女。
薄く笑う表情は、とあるWoRプレイヤーともどことなく面影が重なる。
「ヒワさん……」
「蜂谷さんだけじゃなくてぇ、賛同するすべての者が自分で決めたことですからぁ、アエカさんは粛々と計画を進めてもらえればいいんですよぉ。ねぇ?」
ヒワ――現実での名前を“小鳥遊 陽羽”という、十六歳の協力者。
彼女が同意を求めると、店内にいるほぼ全員が頷いた。
「蜂谷さんは、計画の進捗による事象変動規模を測るために、自分の旅立ちを利用してほしいとおっしゃっていたではないですか。ヒワさんの言うとおり、アエカさんが頭を下げる必要はありませんよ」
さらに、ヒワの言葉を捕捉するように声を上げたのは、穏やかに微笑む柔和な表情の女性だった。年のころは三十代、どこぞの高級旅館の女将と言っても遜色ないほどの、しゃなりと雰囲気のある奥ゆかしい存在だ。
彼女は公式掲示板の開設最初期にあだ名された、“母ちゃん”。
その後、掲示板では姿を見せなくなったものの、いまもニオの近くで立ち振る舞うとあるプレイヤーとしてWoRを続けている。
「皆さん……そうですね、謝罪よりも目的の遂行のために進むことが大切ですね。失敗すれば、蜂谷さんの思いもリセットされてしまう以上は、私が主導して推し進めなければなりません。ありがとうございます」
ふたりの言葉が、なによりも皆の賛同がアエカの気持ちを奮い立たす。
この秘密の会合が、何を目的としているのかはわからない。
ただひとつ言えることは、秀真の、ニオの知らないところで、幾人もの人々によって彼を取り巻く何かが行われているというのはたしか。
秀真は直感でその片鱗に気づいてはいるものの、やはりアエカが自ら全容を話さなければ事態のすべては見えないだろう。
「では、本日の主題に入らせてください」
アエカは気を取り直し、一度大きく息を吸ってから切り出した。
「≪World Reincarnation≫稼働からの一連の事態を受け、計画全体の進捗に六パーセントの遅れが出てきており、修正が必要です。損失星霊力は三パーセント、こちらはまだ許容範囲内ではあります」
「それってぇ、やっぱりニオさまが結界に穴を開けたのも関わってますよねぇ」
「そうですね、あれは予想外でした……。秀真さんとニオの親和性の高さが、予測されたよりも十五パーセントも上回っているためです」
「十五パーセント……。混沌の神々に対するにはメリットとなりますが、おそらくは予期せぬ事態を引き起こす引き金ともなるでありますな。それは一連の事態からみても明らか、対策はどうされるのでありますか?」
いま声を上げた少年も、どこか誰かを思い起こす。
彼は年若くまだ中学生ほどの幼い顔立ちなものの、その目には大人も顔負けという尋常ならざる鋭い光を宿していた。
尋常ならざるというのであれば彼だけではない。それはこの場にいるすべての者が、一度の生ではなしえないような、普通の日常生活ではありえないような、あまりにも深い濃密な経験のもとに存在しているようだ。
「はい。ひとまずの具体策ですが、ニオの育成計画を早めることにしました。すでに≪教会の印≫を手に入れ、そのために街道を外れたことで予定外にも巻き込まれてしまったのですが……いっちゃんさんの協力もあり、事態は収束にいたっています。その節はありがとうございました」
“いっちゃん”――少年はWoR内で“いっちゃん一等兵”と名乗る、その実は幹部メンバーですら正体を知らない、皇国大隊のクランマスターである。
「当然といえば当然でありますが……もとはといえば、自分がコミュニティを用意したにもかかわらず、素行の悪さから袂を分かつことになった者たちがしでかしたこと……。本来、謝罪をするべきは自分でありますな……」
彼の返答は、やはり年相応でないと誰もが感じるだろう。
「それこそ謝罪は必要ありません。いずれにせよSNSがある限り、同好の士はどこかに集うものですから、コントロールはできませんよ」
「たしかに、それもそうでありますな……」
「問題は、ニオのスキル≪皇姫への敬愛≫がこたびのような悪影響も及ぼしてしまう件ですが、多くの優れたPsycheをひとつどころに集めるという目的において外すことができない以上、対策に困ってしまっています」
「それについては後手になるけどぉ、ヒワたち協力者がひとつずつ芽を摘んでくしかないですねぇ。こっちにはアイリーンもいますしぃ」
「ヒワさんはそれでいいのですか? 情報屋という役割のために、ヒワさんの負担となるのは私としても不本意なのですが……」
「それを言うとぉ、アエカさんこそ大きな負担を抱えてるじゃないですかぁ。ヒワはぁ、ツキちゃんが楽しそうならそれでいいんでぇ、大丈夫ですよぉ」
「本当に、ヒワさんはツキウミさん思いですね」
「くふふぅ♪ アエカさんだってぇ、おじさま思いじゃないですかぁ♪」
「大切な人ですから。私は、秀真さんを生かすために最後までやり遂げます」
「ならぁ、これからもみんなでがんばりましょぉ~♪」
彼らの間にある奇妙な信頼は、やはりひとつの目的がため。
フルダイブ型新世代VRMMO――
≪World Reincarnation≫
その目的は、≪星霊樹の世界≫を通してすでに物語られていた。
秘密の会合は続いていく……。