第百二十話 ダンジョン村の開放
――ダンジョン村、宿屋。
俺はいま、ベッドで頭から毛布を被り膝を抱えて座っている。
破れた服はすでに着替え、ミーちゃん特製もこもこパジャマになっているけど、少女ならいざ知らずおっさんが自ら着ていいものではない。
いやいまは少女の身ではある、ただ露出の少ない服を選んだだけ……。
「ニオさま、村まで進出したモンスターは粗方掃討が終わりました」
入室から矢継ぎ早に報告を上げるのはアエカ。
“樹毒のクミーリア”を討伐してから三時間。辺りはすっかり夜の闇に包まれ、それでも窓から外を見れば、多くのプレイヤーが手に持つ松明やらランタンの灯火が村全体を明るく照らしていた。
「そっか、皆を労っておいて……。ベルクたちにも……」
「そのようなことはご自身でなさってください」
「でも、いまは人前に出たくない……」
いま、この小さな村には万規模のプレイヤーが押し寄せているという。
そりゃ、モンスタースタンピードなんてあっという間に鎮圧され、逆にプレイヤースタンピードがダンジョン内へと押し寄せる状況にもなる。
当然、元からいたNPCたちも戻ってきていて、特に旅商人が一大ビジネスのチャンスとして鼻息を荒くしているというから、もう危険はないだろう。
それならなぜ、ひとり宿にこもって鬱々しているのかというと……。
“樹毒のクミーリア”を討伐した時の全力攻撃で、服がついに耐久限界を超えて人前ですっぽんぽんになってしまったからだよ……!
「お気持ちは察しますが、もとより高かった士気がニオさまのおかげでより高まりましたから、万事解決となったのはよかったではないですか」
「オレ的には万事休すだ……」
本来なら他人の服は脱がせないけど、装備破壊となると話は別。それも、普通は服だけを器用に破壊するなんてできないところを、きわめの呪いを利用することで突破されたのは本当に開発の想定外だ。
幸いにも録画は禁止されていて、年齢制限で未成年には芋い下着姿にしか見えなかっただろうけど、特に皇国大隊にはままを見られてしまった。
ニオの下着姿……それも軍装だけを羽織るマニアックな姿を……。
そんなわけで配信は緊急停止。あとのことをベルクたちや皇国大隊に任せ、アエカに連れられ宿に引きこもったのが三時間前。
これまでもよくあったことではあるけど……よくありたくない……。
「おじさま、そろそろ機嫌を直してください」
パーティ用の部屋にいまはアエカとふたりきり。
「機嫌が悪いわけではないけど、少なくとも今日はもう外に出ない」
「いまはお祭り騒ぎですから、表に出ないというのは構いません。ですが、いつまでもそうされていると気が気でないのも、ご理解ください」
アエカはそろりと近づき、俺が体育座りするベッドの縁に腰を下ろした。
彼女の不安げな表情は、度重なるメンタルブレイクな事態に、本当にメンタルブレイクしないかと心配するあまりのもの。
それについては、まあ大丈夫。人前であられもない姿を晒して自分自身が恥ずかしいのはそうだけど、俺にとっての娘のようなニオを辱めた自責の念もあるから、我を失って取り乱すようなことは絶対にないんだ。
娘を大切にしたい親心……内心がいろいろと複雑なだけ……。
「大丈夫、このまま思い詰めるつもりはないから」
「それならいいのですが……。何かあれば遠慮せずに頼ってくださいね」
「頼ると言うなら、数々の問題を引き起こしてる原因の……≪皇姫への敬愛≫スキルを消去、もしくは制限できないの?」
これのおかげで、ニオが持ち上げられているのはわかるけど……。
人の価値に介入するのは、どうも腑に落ちない点もあるんだよな……。
「ごめんなさい。それについては今後の展開に関わってくるため、どうにか改修をしようとはしているのですが、現状では上手くいっていません」
「展開というのは……?」
「メインストーリー上の、と受け取ってもらえれば」
「むぅ……。やってくれてるのならいいんだ、待つよ……」
「ありがとうございます」
「ニオラブについてはどうなった?」
「現行犯で捕縛した者に関しては、アカウント制限か停止処置……その他の間接的に関与したとみられるクラン全体に対しては、強制解散となりますでしょうか。なんにしても運営で協議をしてからとなります」
「そっか。法的罰を与えるまではいかないだろうから、仕方ない」
「ですね。朗報もありまして、アイリーンが根拠地となるサーバーを掌握したので、IPと使用ハードも紐付けて追跡が可能となりました」
「えっ、それは違法になるのでは……?」
「痕跡を残さなければ事実はないも同然ですよ、ふふ……」
「うっ……」
アエカはそう言うといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
マザーオペレーティングシステム、“アイリーン”……。
≪World Reincarnation≫のメインサーバーを統括管理する彼女に関しても、話を聞く限りサーバーを管理する以上の能力があるらしく、よくわからない存在なんだよな……。
一個人でしかないアエカが、ゲーム会社の全面的な協力を得たところで、そんな得体の知れないものを生み出せるか……?
自分自身がよくわかっていない事態の変遷……俺は、≪星霊樹の世界≫と共にどこへと向かうのだろう……。
「まあいいや、深くは訊かない……」
「賢明な判断です」
「アエカも、罰を受けるような行為は絶対にダメだからな?」
「……そう……ですね。できれば、ほどほどにしたいとは思います」
「なんか引っかかる言い方だけど……お腹が空いて正常な判断が……」
「朝食べたきりですから、すぐに何か用意しますね」
「ああ、ありがとう。食べたら外へ様子を見に行くか……はあ……」
いろいろと気は重いけど、村の許容量を超えるプレイヤーを招き入れた責任は果たさなければならない。
こうして、“ニオラブ”との一連の騒動は、モンスタースタンピードが収束したことでとりあえずの一件落着とはなった。
ニオを狙う、不届き者が完全にいなくなるわけでないのは目に見えているけど、今回のことで多少の自制が生まれてくれることは願う。
五大属性ダンジョンへの拠点、“ダンジョン村”――。
きっとこれから、プレイヤーもNPCも分け隔てなく多種多様な人々が集まる、町へ都市へと急速に発展していくのだろう。
この≪星霊樹の世界≫は、人の行動次第でいかようにも変わっていく……。