第百十八話 逆転
「これガチでまずくね? 視聴者全員来たら俺ら終わりっつーか?」
「これ以上欲張らないほうがいいっしょ! とりま逃げんべ!」
「それマジ同意! んじゃまそういうことだから、ニオたんまったねえwww」
前門の俺たちと皇国大隊、後門のモンスタースタンピード、ニオラブは完全に前後を挟まれた状態でどこへ逃げようというのか。
「アエカ、きわめ、奴らの脚を封じよ。容赦はするな」
「お任せください!」
「汚名挽回でござる!」
俺の指示で、ここぞとばかりにアエカときわめが跳び出した。
ふたりは、後方へと転じたニオラブまでの三十メートルとない距離をあっという間に接近し、それぞれが攻撃を仕掛ける。
鳴り響く乾いた音はアエカの散弾銃と、二閃の斬り返す斬光はきわめによるものと、ただの一合で指示を完璧にこなしてしまった。
「ちょっ、いってっ!? マジ……うぇ、俺の脚っ!? いってっ!」
「クッソッ! 何すんだぽんこつ! いってえじゃねーか!」
「いってえっ! いや痛くねえけど動けねえっ!」
容赦はするなと言ったけど、アエカはやりすぎかも……。
ニオラブ三人は転倒し、Aが散弾銃で右脚を根本から吹き飛ばされ、BとCはきっちりアキレス腱を斬られて立ち上がれない状態だ。
痛みはあるだろうけど、痛覚は我慢できる程度に抑制されるから、脚を失ったところで本当に苦しむことはない。
往生際も悪く地面を這ってまだ逃げようとするも、アエカに踏みつけられ、きわめに回り込まれ、これ以上は動けないだろう。
「やっべ! アエカさまが踏んでくれるのマジ助かるんだけどwww」
「ちょっ、シュウちゃんこんな時までMってガチじゃんwww」
「俺なんてきわめ殿のパンツもうちょいで拝めそうwww」
「「ちょっ、そこ変われwww」」
うぇ……。あいつら、あの状況でも我欲を優先できるのか……。
ニオラブの変態的言動を目の当たりにし、アエカときわめは心底嫌そうな表情を彼らに向け、少し距離を取った。
「そなたは、たしかトサカカッターと言ったな」
「はっ! 先遣隊の指揮を任せられております!」
「至急、奴らを捕縛し監獄へと移送せよ。逃すでないぞ」
「お任せください! ダイタソ聞いていたな、分隊を率い実行せよ」
「了解! 第三分隊、俺についてこい!」
とりあえず、スタンピードに対処するにはあいつらが邪魔になるため、皇国大隊に指示を出してニオラブを移送することにした。
モヒカンの人“トサカカッター”からさらに命が下り、すぐに一個分隊八名がニオラブを捕縛してこちらへと戻ってくる。
「ニオたん、いい恰好だなあwww その録画だけで儲けもんだし、今回は俺らの勝ちってことでwww マジあざーっすwww」
通りすがりにそんなことを言うのは、当然ニオラブAだ。
「アエカ、録画制限は?」
「もちろんかけています。いまはスクリーンショットも禁止していますよ」
「ちょっ!?」
「それと、余の服の切れ端はすべて取り上げること。一片も残らずだ」
「当然です。すでにアイリーンが販路も押さえましたから、実行犯以外でもニオさまを狙った不届き者は覚悟をしてくださいね」
「うぇっ!? そんなんありい!?」
「余を、ニオをNPCのように扱う者は少なからずおるが、実際のところ人格を持つひとりの人間なのだ。やってよいことと悪いことの区別はつけよ」
「言うて、先にマジエッな姿を見せつけてきたのはそっちだろが! いまさらやめろとか、どの口が言うん!?」
「見せつけてなぞおらぬわ! 余だって、あられもない姿を晒すのは恥ずかしくて、嫌で……やめさせられるのならすぐにやめさせたいのだっ! 余に隙があるのは認めざるをえぬが、好きでやっておるわけではないっ……!!」
「んなこと、そっちの都合で俺らには……」
「言い訳は聞かぬ。余に、誰かに迷惑をかけた分は罰を受けよ」
「ちょっ、おまっ、ふざけっ……! おいこらニオッ、こっち向けっ……!」
「連れて行け」
「クソがっ……! 覚えてろっ……! いつか泣かせっ……!」
ニオラブAはすべてを言いきる前に転送光の中に消えた。
彼の言うとおり、ニオのあられもない姿を宣伝材料として使ってきた運営にも問題はあるけど、だからといって無罪放免とはいかない。
ニオを商材とした、リアルマネートレードまで行われていたという一連の事態は、中心人物にしかるべき罰を受けさせ、これ以上はエスカレートしないようにあらゆる繋がり自体を封じ込める対応が必要だ。
趣味嗜好で分かれた一枚岩でない以上は根が深く、すべてを駆逐はできないだろうけど、今回の一件で自制が生まれてくれることを願う。
俺はただ、平穏にゲームをプレイしたいだけなんだから……。
「さて、事態はまだ収まっておらぬ」
「そうですね、スタンピード到達まであと五分といったところです」
「されどこれほどの援軍に恵まれ、さらに待機する者が集まっているとのこと。戦線を押し上げ、転送領域を確保すれば逆転は時間の問題でしょうな」
「けれど、ほかのダンジョンもスタンピードを起こされてしまったのね。あまり悠長に構えていると、その領域確保も難しくなるわ」
「ボクはもう原理が空ですし、まだ休んでいていいですかぁ?」
「拙者はまだまだ汚名挽回の機会が欲しいでござる!」
「そうだな……」
ニオラブに対しては形勢逆転ではあったけど、ダンジョン村の中央交差路では詰めても二百人弱がようやく入れる程度。
戦闘となると空間が狭く同士討ちの危険も出てくるため、早いところ戦線を押し上げたほうが、後続のプレイヤーも受け入れられるようになる。
なら、まずは中ボス“樹毒のクミーリア”を討伐して、目前まで迫っている“堕ちた星痕”ダンジョンの第三陣を退けてしまうべきだ。
「よし、皇国大隊は火、水、風、土の各ダンジョンへと前進、後続のために防御陣地を確保せよ! 我らは討って出る!」
「第二から第四小隊は各方面へと前進、第一小隊はニオ姫さまに続け!」
「行くぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」