第百十五話 裏切りの退路
「全部隊、退避! 速やかに村まで後退せよ!」
堕ちた星痕ダンジョン中ボス、“樹毒のクミーリア”――。
その姿は人面樹とでも言えばいいだろうか。高さが七、八メートルほどのずんぐりとした幹に、大きな女性の顔がついている植物系モンスター。
両手両足は短い樹木で、頭部?の枝葉がアフロのように見えるので、正直に感想を告げるのならコミカルでつい笑ってしまいそうになる。
その“樹毒のクミーリア”が堰にたどり着いたところ、横幅のせいで通路に詰まったため、時間稼ぎに撤退指示を出したというわけ。
「よし、ここいらでよい」
そうして、駆けていくNPC探索者たちを見送り、俺たちのパーティだけが堰から百メートルほど離れた場所で立ち止まった。
周辺警戒は皆に任せ、防御陣地を完全に放棄する前に最後のひと仕事をするため、振り返って地面に両手をつく。
『ニオさま何やってん?』
『囮になるつもり?』
『なんか光を伸ばしてるな』
『堰を爆破する気じゃ』
『ああ、クリエイションスキル!』
そう、スキル≪創世の灰≫で創造するは“導火線”。
堰の硬化処理はもうだいぶ亀裂が入っているため、遠隔から自分の原理に干渉して防御陣地ごと周辺一帯を吹き飛ばすイメージだ。
俺自身が、長いこと堰を維持してきたから原理は半減しているけど、それでもまだ“600”も残っているのは、やはり規格外。
これだけあれば、詰まっているクミーリアごと雑魚まで爆殺できるはず。
「うっ……!?」
「ぬぅっ、これは!?」
「これ、拘束スキル……!」
だけど、間もなく伸ばした導火線が繋がるという状況で、背後で周囲を警戒していたアエカたちが不穏な声を上げた。
「どうし……」
「いまだやっちゃいなよ!」
「姫、ごめんなさいでござる……!」
「きわ……」
「≪呪装・血斬爆花≫!!」
背後から聞こえたのは、知らない男ときわめの声だった。
次の瞬間、幾筋もの赤い斬裂が斬り刻んだのはいままで俺のいた場所。
間一髪だった。咄嗟に跳躍したことでなんとか避けられたけど、空中で振り返って見下ろした場所には、すでに誰の姿もない。
そうして着地と同時に背後から首筋に当てられたのは、刀。
「姫、ごめんなさいでござる……」
「きわめ……そなた……」
『きわめ殿!?』
『ええええええっ!?』
『なになにどういうこと!?』
『ニオさまをいま斬ったよな!?』
『きわめ殿が裏切った……だと!?』
見ると、アエカとベルク、ライゼまで立ったまま身を震わせていて、よくよく見るとそれぞれの影に短剣が突き刺さっている。
「拘束スキル≪影縫い≫か……!」
「そうそう、ニオたんも捕らえたはずなのに効かないとかまじビビる」
「でも、きわめ殿まじナイスじゃね。瞬時に背後に回り込むとかまじパネえ」
「それな!」
「うぇーいっ! まじナイスゥッ!」
ゾロゾロと森から出てきたのは、かぼちゃマスクを被る七人の男たち。
それも、かぼちゃマスクには揃いも揃って“ニオLOVE”と描いてあるので、こいつらが例の“ニオラブ”で間違いない。
どこかでちょっかいをかけてくるとは考えていたけど、NPCを退避させ、中ボスを処理しなければならないこのタイミングでとか……。
それにきわめだ……怪しいとは思っていた……。
「きさまら、噂の“ニオラブ”だな……!」
「ははっ、やっぱ知ってるう? 運営が動きはじめたって聞いてさあ、やるならいましかないっしょ! って感じでやってきました~www」
「うぇーい、ニオたん見てるー? さっきもコメントしてましたーwww」
「やっぱ生は解像度が段違い。くぅ~、たまんねぇ~www」
なんだこいつら……。かぼちゃマスクを被っているから表情はわからないものの、その下で下卑た笑みを浮かべていることはたやすくわかる。
「くそが……! 目的は余の体か……!?」
「おいおい、お姫さまがそれは口が悪いんじゃないのお? もちろんニオたんの体には興味シンシンだけど、俺らの目的は、KO、RE☆」
俺を取り囲む集団の中央にいる男、全員が似たり寄ったりな外見だけど……便宜上“ニオラブA”が地面に落ちていた布切れ?を拾い上げた。
「スゥゥゥゥ……ふぁっ!? あっまぁいっ!! やっべ、これやっべ!! おいおまえら、一片も残さずに拾えYO! 思ったとおり最高DA☆」
「「「うぇーいっ!!」」」
「な、なんだそれは……?」
「ん? んん? ニオたんさ、自分の状態にお気づきでないwww」
「うん? え? なに、どういう……」
ニオラブAのおどける様子を不審に思い、自分自身の体へと視線を落としたことで、すぐにその布切れがなんなのかを理解した。
「なっにゃあっ!?」
あの布切れ、きわめに斬り裂かれたニオの服だ……!
避けたと思ったけど完全には逃れられなかったようで、右胸の辺りからスカートの端まで、胴回りの三分の一ほどが失われてしまっていた。
当然、下乳からおパンツまでがまる見えとなっていて、俺は残されたスカートを必死に手繰り寄せて脇で結ぶ。
この状況……そしてこの状態で……配信コメントは何を言っているのか、怒涛の勢いで流れてもはや目で追うことはできない。
「う、うぅ……。余の、服の切れ端が目的……だと……」
「そりゃそうっしょ! この“呪木の枝”を使ってスタンピードまで起こしてさあ、ニオたんの汁が服に沁み込むのをわざわざ待ったんだZE☆」
「うぇ……。し、汁とか言うな! 汗だろうが!」
「どっちも同じじゃねwww」
「くっ……!」
“呪木の枝”――モンスターを一時的にコントロールするアイテム……。
つ、つまりこいつらニオラブは、“ニオの汗が染み込んだ布切れ”を目的として、俺に長時間の戦闘を強いたということ……!?
バッ、バッカじゃねーのっ……!? アホかとっ……!?
なに、頭にウジでも湧いてんの……!?
「な、なにゆえに、こんな……」
「そりゃニオたんLOVEなのと、ここってもともとが俺らの狩場なんよ」
「なん……だと……!?」
「すげえ効率はよかったけど、ニオたん印の一品が手に入るならバラされてもまいっかあその代わり、みたいなwww」
「きさまらが追い込んだのでは……!?」
「あ、なんか、旅するニオたんを写真に撮りたいって、ウォッチャー連中が追いかけてるってのは聞いた。そいつらと俺らは関係ないwww」
「な、なら、我らは自ら……」
「そそwww でもスタンピードとかあ、ニオたんのハレンチな姿とかあ、配信を盛り上げてやったし俺らには感謝すべきだよNE☆」
「く……くぅ……。き、きさまら……」