第百九話 モンスタースタンピード第一陣
ライゼからパーティチャットで、モンスターの第一陣がダンジョン外周にたどり着いたと連絡が入ったあと、すぐに外へもあふれ出した。
「やばいでござる! 一大事でござる! 轢かれるでござるー!」
『きわめ殿、慌てすぎw』
『転ぶなよー』
『見てる分には楽しそうなんだが』
『まだ闇星霊くらいだから余裕』
『ニオさまがポータルを開いてくれれば』
『つっても、設置にも時間かかるよなあれ』
『国家間戦争がある以上は仕方ない』
「無駄口を叩かないで走って、本当に轢かれるのね」
「ひーっ! 何もせずに死に戻りはいやでござるーっ!」
ひとり情けない声を上げながらも、ライゼときわめ、ほかにも数人の探索者たちが、防御陣地まであと十数メートルという所まで駆け足で戻ってきた。
背後には、“闇星霊”こと闇属性の冥化エレメンタルを引き連れ、その姿は多くが寄り集まってひと塊の黒い靄となっている。
一見すると巨大なモンスターに見えるものの、寄り集まったからと強くなるわけでもなくただ数が多いだけ。
「弓隊、魔法隊、属性攻撃用意! 詠唱はじめ!」
あらかじめいくつかの隊に分けていた探索者たちに指示を出したけど、NPCでは属性攻撃ができる者はそう多くない。
実際にその数は十二人と、戦闘が長引けば原理を枯渇させるのは目に見え、合間合間に近接戦士を前へと出して要所を見極める必要がある。
当然、俺に用兵の心得なんてものはなく、あるとすればストラテジーのプレイ経験くらい。戦術なんてものも、基本中の基本の“歩兵を前線へと出す前にまずは遠距離攻撃で削りましょう”を思い出せる程度だ。
数に頼れない以上は、この戦術と言っていいのかもわからない作戦で、どこまで押しとどめられるのか……。
「ひぃっ、はぁっ! 殿っ、いや姫っ、連れてきたでござるーっ!」
堰に備えられた通路を、ライゼもきわめも名も知らない探索者たちも、なんとか追いつかれずに通り抜けることに成功した。
あとに殺到する闇星霊は、入口付近で一瞬だけおしくらまんじゅうとなるものの、そこは不定形なためすぐに形を変えて通路へと進入する。
「投射攻撃開始! 撃てぇっ!!」
「≪風剣≫!」「≪水弾≫!」「≪火矢≫!」「≪土槍≫!」
「≪火矢≫!」「≪炎嵐≫!」「≪風剣≫!」「≪火矢≫!」
号令とともに色とりどりの火線が伸び、それぞれの通路で炸裂する。
通路内の大気はかき乱されシュレッダーとなり、相克属性が反応して追加攻撃ともなっているようで、人が内部にいればひとたまりもないだろう。
ちなみにWoRの魔法は、詠唱が変わるだけで発動文言である“力ある真言”は統一されている。
いまもどうやら火属性の初級≪火矢≫以外に、スキルレベル3以上で行使可能な中級≪炎嵐≫を使用した者もいるようで、通路ではもっとも長い時間を炎の渦がこちらにも熱を伝えていた。
「白兵一番、二番隊、前へ! 抜け出る者に容赦をするな!」
続く指示で、近接攻撃を主体とする者たちが前衛へと出る。
とはいえスタンピード第一陣はあの弱い闇星霊だけのため、ほぼ属性矢の斉射と魔法だけで掃討できたようで、苦し紛れの魔法が二発飛んできただけ。
それもベルクが盾で弾き、誰ひとりとして少しのかすり傷も負わなかった。
「森へと抜けたモンスターは?」
「いまのところはいないようですね」
アエカが最後尾に設置してある櫓を見上げながら答えた。
櫓には見張りをふたり上げていて、道左右の森と村方向を確認させているため、想定外があればすぐに連絡が下りてくる算段だ。
「よし、打ち合わせどおりに“水”を使える者は通路に水を注入」
「はい!」
「了解しました!」
「同時に“土”で耕し泥沼とせよ」
「お任せください!」
“水”と“土”を使える者は合わせて三人しかいないけど、彼らが協力して通路の足場を不安定にさせることで、さらなるスタンピードに備える。
最初から反映させなかったのは、ライゼたちの逃げ道を確保するためと、第一陣が足場の影響を受けない闇星霊だったから。
そして、第二陣以降が防衛戦の本番。まず襲来するだろう相手は、闇星霊が存在進化して実体化するようになった“冥化エレメンタルドッグ”。機動性が高くとも、泥に足を捕らえてしまえば封じることのできる相手だ。
「考えたな……」
ドラングが探索者たちをまとめながらも話しかけてきた。
「場をこちらの優位に整えるのは基本ぞ」
「簡単に言うが、俺たちは丸太を並べるくらいしか考えなかった。闇星霊だろうとあれだけの数に襲いかかられれば、確実に怪我人が出ていただろう」
『思ってた以上にあっさり掃討できたよな』
『内部で魔法が炸裂してビクともしない硬化処理がやべーよ』
『同じことができるかって、土木スキルでも無理だよなあ』
『ニオさまのパンチラを期待してたのに、感心してるんですけど……』
『ニオさまって実はメッチャメチャ頼りになる……?』
「本当に、お嬢さんがいてくれてよかった」
「先ほども聞いたぞ」
「今回の旅で、探索者を引退しようとしていた矢先に巻き込まれたからな。俺にとっても、皆にとっても、お嬢さんは突如として現れた希望なんだ」
『ドラングー!? そのフラグはらめぇっ!?』
『生きて娘のもとに帰れ! 死ぬな!』
『ああ、これはまずいですね……』
『おいおい、ってことはこれからがやべーんじゃ……』
『まだ早い! まだ希望を持つのは早いぞドラングー!』
『あれこれ、ニオさまも巻き込まれフラグ立ったんじゃね?』
『↑』
『↑w』
『↑』
『↑やば』
お、俺のフラグかどうかはともかく、ダンジョン上層階のモンスターまで到達すればやばいのはたしか。
「そ、そなたら、あまり不穏なことは言うものでないぞ……?」
『と言われましても……』
『ニオさま、なんとかポータル開けんの?』
『ユグ民が全員集まればこのくらいは余裕だよな』
『ウォル民も援軍に行きたいけども、こっちからも遠い』
『がんばれー! 負けんなー! 力の限りー!』
「誰と話してるんだ?」
「あ、いや、星霊さんたちと……?」
「……お嬢さんにもかわいい面があるんだな」
『俺ら星霊さんw』
『咄嗟に出てきた言い訳よw』
『かわいいw』
『修羅場のほのぼの助かるw』
『ニオさまのしかめっ面w』
『かわいいw』
『かわいいw』
くぅぅ……なんでこんな状況で和んでいるんだ……。
「く、ぐ……第二陣が来るぞ!!」
『誤魔化したw』
『誤魔化しちゃったw』
『やっぱかわいいw』