第百二話 何者かの意思のもとで。
「ところで、そなたはこんな場所で何をしておったのだ?」
「ワタシハ、ココデ大切ナモノヲ守ッテル」
「大切なもの?」
「母ナル大樹ノ恵ミ、≪教会ノ印≫」
「――っ!?」
≪教会の印≫――ほかでもない、ニオの専用シードクリスタル。
これは全部で四つある内のひとつで、特に探していないにもかかわらず、すでに三つが手元にあるのはそういう仕様だからだろうか。
今回ばかりは、疑いようなくヒワに誘導されたとも取れるけど……。
「それは、おそらくは余が受け取るはずの物なのだが……」
「ジャア、アナタガ龍血ヲ受ケ継グ者?」
「りゅうけつ……? あっ、ああ、余が“龍血の神子”に名を連ねる者ぞ」
“龍血を受け継ぐ者”――もしくは“龍血の神子”。
そういえば、ニオにはそんな設定があった。
この世界において、漢字での“龍”とは大蛇の姿をした神位存在のことを現わし、その眷属となるのが主にトカゲの姿をした“竜”となる。
プレイヤーがカスタマイズできる“竜人種”にしても、その“神龍”の血を薄くとも受け継ぎ、その中でも特に濃い血を体に宿す者こそが“輝竜種”。
つまり“ニオ ニム キルルシュテン”、いまの俺の体だ。
「ダカラソレホドノ豊潤ナ魂ヲ……。ネエ、吸ッテモイイ?」
「えっ!? そ、それはダメ!」
「少シダケ……」
「ダメ!」
「吸ワセテクレタラ、≪教会ノ印≫ヲアゲル」
「ぐっ!?」
足元を見られている……!?
「魂といっても、原理を吸われるだけなので大丈夫ですよ」
「アエカが、吸われている余を見たいだけではないのか……?」
「そんなことはありません。平和的に≪教会の印≫を受け取れるのなら、無理に強奪するよりはマシではありませんか」
「それはそうなんだが……」
「さすがに、少女の姿をしたモンスターを傷つけるのは……」
「ああ……」
それがアエカの本音か……。少し前まではぶち殺す勢いだったのに、思った以上に人に近しい少女だったことで手のひらを返したんだ……。
まあ、俺も人のことは言えないけど……。
いろいろと突然で不自然な点もあるこの状況、たとえ図られたんだとしても必要な物であることはたしかだから、ここは言うことを聞くしかないか……。
「うー……わかった。口からでないなら、構わぬ」
幽霊ちゃんみたいな存在が増えるのは困ります。
「アリガト。コレデワタシ上位存在ニランクアップデキル」
「んっ? それはどういう……んはぁっ!?」
詳しい話を聞く猶予もなく、スフィーは首元に吸いついてきた。
「チューチュー」
「あんんっ!? うあぁぁ……ゾクゾクするんうぅぅぅぅっ!」
「チューチュー、アナタノ甘イ。チューチューチュー」
「ああああっ! そんなに吸ったら……なんか……出るっ……!」
「スフィーさん、いいですよ! もっとニオさまを悶えさせてください!」
「アエカッ、おま……あはっんうぅぅぅぅっ……!」
「やむをえぬとはいえ……ニオ姫さま、おいたわしや……!」
「はわわぁ……ちょ、ちょっとえっちぃですねぇ……」
「これ、どういう状況なの……?」
アーッ! この状況でライゼまで帰ってきたーっ!?
「チューチューチューチューチューチュー」
「あぁああぁぁぁぁんっ! いつまでっ、吸うっ、のっ!?」
「チューチューチューチューチューチューチューチュー」
「あっ! もっ、もうっ……らめぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
――シードクリスタル≪教会の印≫ を手に入れた。
***
「あれあれぇ、そんなにぐったりして何かあったんですかぁ?」
少しと言ったにもかかわらず、かなり吸われあとでようやく解放され、俺はアエカにお姫さま抱っこをされて地上へと戻ってきた。
もはや自分で動く気力もなく、もたれかかる様は人形のようだ。
そんな俺の姿を見てヒワは楽しそうに笑い、やはり確信犯だろうこいつ。
「今日は……もう動けそうにない……」
「そうですね、遺構の隅にでも野営地を設営しましょう。ベルクさん」
「うむ、テントを速やかに設置いたそう!」
「ヒワちゃん、ボクたちは夕食の準備を……ってまだ少し早いかぁ」
「あ、今日はここで一晩を明かすんですねぇ、大丈夫かなぁ?」
ヒワさん、何かあるような物言いはやめて……。
「私が周辺を警戒するわ」
「モンスターはともかく、プレイヤーの気配にはお気をつけて」
「そうね、さっきの……スフィー?にも手伝ってもらうのね」
結局、スフィーはニオの原理を吸ったことで存在進化した。
スフィーというか、姿が変わったのはツタの“クーちゃん”のほうだけど、これがハエトリソウのような口ができて攻撃性が上がったんだ。
とりあえず、彼女たちのことはWikiや掲示板に情報を上げて友好モンスターと知らしめ、この場所を森の中の野営地に整備しようかと思う。
領外だから直接いじれはしないけど、ユグドウェル所属のプレイヤーを送り込んで、最初から友好国として新たな国を興すのもありだ。
そんなこんなで、俺はヒワが維持していた焚火のそばに下ろされた。
「ずいぶんと吸われたようですね」
「ああ……。一生分は吸っていったんじゃないか……」
「うらやましいことです。私も吸えるのなら……」
「やめてください?」
「ふふっ、冗談ですよ。おじさまからはすでに多くを頂いているので」
多くといっても思い出くらいだと思うけど……。
「それはそうと、≪教会の印≫を組み入れれば原理の上限が上がるので回復も早くなります。怠いと思いますががんばってください」
「あ、そうか……」
俺は言われるままにUIを開き、≪教会の印≫をレリックに組み込んだ。
原理:900 → 1200
「原理がついに四桁を超えたけど……」
「それでも“混沌の神々”にはおよびませんからね。事態が急転する前に、おじさまには残りひとつの専用シードクリスタルを見つけてもらいます」
「事態?」
「あ、探索者が進めているメインストーリーのことです」
事態か……単純な言い間違えではないだろうな……。
唐突に≪教会の印≫が手に入ったことからも、アエカ……いや、裏で糸を引いている者に、なんらかの焦りが出ていることは確実だ……。
まだゲームなのか現実なのか定まらない世界――≪星霊樹の世界≫。
いまのうちに、充分な心構えだけはしておいたほうがいい……。