第十一話 泥んこおじさま、入浴を強いられる。(2)
「わうぅっ! 見てなのだぁっ、お肌がキュッキュするのだぁっ!」
これまで犬かきで泳いでいたムーシカが、こちらに近づいてきた。
先ほどまで捨てられた子犬のように薄汚れていた彼女も、いまはアエカの手によって丁寧に洗われ、髪も綺麗な小豆色を取り戻している。
よくよく考えると、アエカの手に委ねるのは危険だったけど……反省。
「よかったな、ムーシカ。これからは毎日お腹を満たせるようにするのと、皆が不満なく過ごせるようにも、余が最大限にこの町を良くしていこう」
「わうぅぅっ! ニオさま大好きなのだぁっ!!」
「うわっ!?」
ムーシカは嬉しそうに表情をほころばせ抱きついてきた。
触れるとよくわかる。彼女の言う「キュッキュ」とした艶やかな肌に、ささやかながら柔らかい湯着越しの膨らみ……。
事情を知らない彼女はニオの中身が男だとも知らず、もしも……いや、設定上のムーシカは異性だろうと態度を変える性格じゃなかった……。
誰だ、こんな騙されやすそうな奔放な少女にしたのは……。俺だ……。
「あ、あの……そんなに舐めないでくれないか……?」
「ぺろぺろ、ダメなのだ? ぺろ、親愛の証なのに、ぺろ、ダメなのだぁ?」
「うっ……!?」
俺の頬を舐めながら、そんな切なそうな表情を向けられたら……。
「わうぅぅ……ダメなら、もうしないのだぁ……」
「とっ、ととと特別に許す! 思う存分に余を舐めるがよい!」
「わうぅっ! やったぁのだぁっ! ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」
ああああっ、やっちまったーっ!?
ゴブリンに舐められるよりはいいし、ムーシカは子犬だと思えば微笑ましいだけなんだろうけど、舐められてばかりなのは思うところがある!
俺は輪の外から眺めていたいのであって、当事者になるのは違うんだ!
そ、それに、あまり強く舐められると……。
「うんっ!? あっ、そんな、首元はやめっ……んんっ!? んあっ!」
ほら見ろ! これもシステムアシストによる影響か、変な声が勝手に!
アエカのことだから、こうした感覚や反応まで嬉々として実装したはず!
「ありがとうございます、ありがとうございます……。私、もう星霊樹のもとへと召されても一向に構わないので、このまま湯の星霊となって麗しの美少女たちを見守るだけの存在となりたいです……。てぇてぇは命の洗濯……てぇてぇは魂の原動力……はあぁああぁ、助かるぅ……」
――やばい。
なんか、ぶつぶつと何事かをつぶやいて顔を真っ赤にした人がいる。
当然アエカしかいないけど、表情は緩みきってよだれでも垂らしそうで、なぜか遠ざかって襲いかかられるよりはマシとはいえ、ただひたすらにやばい。
俺には、この状況を収めるすべがない……。
「はぁはぁ、はぁ……私、もう、沈みます……。ブクブクブクブクブク……」
「ちょっ!? アエカー---------ッ!?!!?」
***
「ニオさま、これが住民台帳なのだ」
「ありがとう。少しの間、扇ぐのを代わってもらえるか?」
「わかったのだぁっ!」
あのあと、ムーシカに手伝ってもらって意識のないアエカの体から湯を拭い、とりあえず下着とシャツだけは着せて脱衣所の長椅子に寝かせた。
というか、ほかのことに気を取られて気づいたのはちょっと前だけど、この≪World Reincarnation≫というゲーム……裸になれる。
誰の仕業かは言うまでもないとして、レーティング審査はどうした……。
「住民は、三十二名か……」
アエカを布で扇いでいる間、ムーシカに取ってきてもらったのは“住民台帳”。
町の人事に関して、ある程度は所持スキルに応じて自動で役割を課されるものの、城塞に配置転換するには手動で行わなければならない。
そもそもが、この件を第一の目的にして町まで来たんだ。
「んー、一度に大人数を移動させるわけにはいかないな。取り急ぎ、管理に二人、再建に三人ってところか……。あとはおいおい追加で雇うとして……」
当然、町の発展にも人的資源は必要だから、あまり多くは引き抜けない。
「ニオさま、ボクも城塞に行ってお手伝いするのだ」
「ん? それは助かるが……。あ、そうか、プレイヤーがいないとギルドの業務自体が大して機能しないのか……」
とはいえ、まるまる一日をギルドに人がいない状況もよくない。
「わかった。それなら、ムーシカは午前中だけ城塞に来るように。期間はほかの探索者が訪れるまで、それまでは余の専属として手伝いをしてもらう」
「やったぁっ! ニオさまと一緒にいられるのだぁっ!」
元気でいい子だ……。お父さん、少し涙が出てきそうだよ……。
あとは、町民一人ひとりのスキルを確認し、必要な人材をピックアップ。
必要なスキルは≪人員統率≫に≪設備管理≫、≪建築≫や≪修復≫持ちも探して、選択することで表示されるメニューから“配置転換”で城塞に。
このあたりはいかにもゲームらしくて、すぐに人材を手配できるのは楽だ。
「さて、問題はこっち……」
一般的なVRMMOではまずない、国の発展に関する項目。
“研究”、それと“事業”。
それぞれが一度にひとつずつ指定できるので、何を優先するかで国の特徴や発展速度が変わり、周辺地域のイベント発生などにも影響してくる。
「えーと、鉄工と石工、伐採、建築、通貨……。ひととおりの基礎研究は終わってるけど、農業と畜産がまだ……。まずは“農業”を研究に入れて……」
研究が終わっていないからと田畑が作れないわけではないけど、やはり収穫効率は段違いで悪くなり、それが食糧不足の原因ともなっていたんだ。
そして、事業に指定するのは“間伐”。
範囲は自動に任せて、環境保全と木材資源の獲得にもなると一石二鳥。
これが終わってから、区画整備と防壁の建築をはじめることにする。
「とりあえず、いまのところはこれでよし」