第九十五話 なんか出た。
俺たちはエスタで一晩の休息を取り、翌日にはすぐ旅路へと戻った。
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アエカ
種族:魔人種
腕力:62(+20)
体力:78(+20)
敏捷:112(+20)
知能:53(+20)
原理:30
物理攻撃力:264
属性攻撃力:126
物理防御力:226
属性防御力:171
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歩きながら見せてもらっているのは、アエカのステータス。
ニオのステータスを見慣れていると低く思えるけど、現状の進行度で数値が100を超えていると一線級で、全プレイヤーの上位2%となる。
70以上で熟練者。それを考えると、アエカもトッププレイヤー層に食い込む上位ステータスとなるから、かなり強い。
そして、魔人種はステータス成長補正値が均一なため、自身の行動やビルドが素直にステータスへと現れるというのが特徴。
特に敏捷が高いのは、マスクデータに遠隔攻撃力に関連する“技能”などが含まれているせいで、レリックを小銃から散弾銃鋸槍に変更したいまは腕力と体力が伸びはじめているそうだ。
これを見ると、ニオの体力は初心者に毛が生えた程度なんだな……。
「いかがですか?」
「参考になった、頼りにしておるぞ」
「職分を転向して間もないため、まだまだこれからといったところですが、いまはまだいくらでも取り返しがつくためがんばりますね」
「ああ、焦らずともいいがな」
「ニオさま、そっちでなくこっちよ」
「え、あ、よそ見をしておった。すまぬ」
エスタを出たあとの広々とした大草原には、いちおう馬車が通れるほどの道が四方へと伸びていた。
見晴らしがよく迷わないようにも思えるけど、ひとたび行く道を違えればまったく別の方向へと導かれるため、少し気をつけなければいけない。
いまも会話に気を取られて、先を歩くベルクとツキウミ、ライゼを見ていなかったため、Y字路でいつの間にか逸れてしまっていたんだ。
わかりやすいランドマークといえば、星霊樹の根くらいしかないから。
「進む方向としては北北西方向ね。気をつけて」
「うむ。聞いた話ではニ十キロ地点に村があるのだったな」
「もらった地図でもたしかにあるから、まっすぐに向かいましょう」
「道先案内はライゼに任せる。余もアエカもどうも方向音痴らしくてな」
「私もですか?」
「昔、共に迷ったではないか」
「う、言い逃れができません……」
「そういうことなら、期待に応えるわ」
「ああ、頼む」
ライゼに先導され、道行く先には巨大な星霊樹の根が見える。
大気によって青白く霞むほどの遠方に見えるそれは、ほとんどの根が南半球へと下りるなか、ほんの数本だけ北半球へと下りた根の一本だ。
それも、≪冥い根の領域≫にあって星霊力を吸い上げるものとは違い、循環の先で大地へと還す役割を持ち、その地に多様な恩恵をもたらすという。
つまりその地こそが――“ウォルダーナ森星王国”。
俺たちが目指している、“森霊種”の女王が統治する豊かな森の国。
「ニオ姫さま」
そうして暖かな陽気のもとをのんきに歩いていると、少し先を歩いていたベルクとツキウミがそそくさと戻ってきた。
「どうかしたか?」
「ツキウミ殿がなにやら……」
「遠慮せずに申してみよ」
「えとぉ……少し行った所に林がありますよねぇ?」
「うむ、あるな」
「あそこらへん、なんか臭いんですがぁ……」
「うん、え? 臭いとは、何が?」
「腐ったというかぁ、獣臭いというかぁ、とにかく臭いですぅ」
「ええぇ……」
ツキウミの言う林までは数十メートル離れていて、彼の言うような匂いはまだしないけど、鼻のいい“獣人種”ならほかの誰よりも先に気づくだろう。
「うぅむ……動物の死骸でも転がっておるのやも……」
「だったらいいんですけどぉ……」
「とりあえず進んでみるか」
「よろしいので?」
「見晴らしのよい草原にぽつんとある林。何かが潜むのであれば、迂回をしようとこちらの動向は筒抜けであり、どうしようもなかろう?」
「それもそうですな。逆にいうなれば、あのような場所に潜む者がいるとすれば、自らの退路を断ったも同然」
「私が遠間から散弾銃を撃ち込みますか?」
「やめておこう、弾の無駄だ」
「敵なら、私の≪誘惑幻霧≫で一網打尽にするのね」
「ふむ、それで行こう。余とアエカが先頭を進み、ベルクが最後尾で中央に配したツキウミとライゼを守る陣形だ。よいな?」
「はい。ニオさまも私の背後に」
「殿とは、謹んでお受けいたす!」
「できれば近づきたくないんですけどぉ」
「そばの川に匂いのもとを放り込めばいいわ」
そんなわけで、相談事を終えた俺たちは再び道を進みはじめた。
しばらく歩いて林が近づき、ちょうど風向きも変わった瞬間に、俺もようやくツキウミの言う臭いとやらが漂ってくることに気づく。
これは、たしかに獣臭だ……。何日も、何週間も風呂に入っていないとこうなるのではという……あからさまに関わってはいけない匂い……。
皆も同じ感想を抱いたようで、ツキウミなんて涙まで流している……。
「けっけっけっ! そこの道行く旅人ぉ止まりやがれぇっ! こんな所でぇとろとろのんびり歩いてると危ないぜあぁっ!」
「うへ、やっぱりなんか出た……」
俺たちが近づくと、林の中から跳び出したのはシマウマ?の獣人だった。
さらに追従して、総勢五人のあからさまな盗賊の恰好をした連中が俺たちの前後を取り囲む。前方に二人、後方に三人、数のうえでは互角。
「なあ“ぜ”の兄貴ぃ、すんげー上玉ばかりだぁっ! 売り払っちまう前にぃ、裸にひん剥いてお楽しみといくべあぁっ!」
次に口を開いたのは、シマウマ男の隣のクマ男。
女性陣(俺とツキウミ含む)を眺め回してそんなことを言う。
「それもそうだな“べ”の弟ぉっ! こんな所まで逃げてきてからすっかり女日照りだからなぁ、ここいらで一発ぶち込んでやりたいところぜあぁっ!」
そのシマウマ面でいやらしく笑う様は、まさに盗賊。
「ふむ、品性の欠片もなき者よ」
「ええ、なんとも下品ですね」
「いますぐに殲滅しても構わないわよね」
「え、ボクも女の人に見られてる?」
「それは間違いなく……」
俺も女性だと見られているのは間違いなく……。
とにかく、どうやら盗賊に遭遇してしまったようだ……。