第九十四話 ニオ姫さま、狙われる?
――ユグドウェル領、衛星都市“エスタ”。
「やっと到着だ……」
ユグドウェルから北へ四十キロの地点に、このエスタ村はある。
“衛星都市”というのはシステム上の判定だし、俺たちが言う“村”というのもすでに規模が違う、馬の飼育を一大産業として発展した“町”。
もともとがユグドウェルにもっとも近い村だったから、順当に衛星都市へと編入し、互いに交易を行って大きくなってきたという来歴がある。
うちで扱っている馬はすべてがこのエスタ産で、システム上は戦略資源の扱いにもなるため、他国への貿易品としても重要なリソースなんだ。
「姫さま、ワシらは検問がありますで、ここいらでよろしいですかな?」
「ああ、助かった。門番に便宜を図るよう伝えておくぞ」
「そいつは、こちらこそ助かります。道中はなにとぞお気をつけて」
「そなたらも、実りある商談をユグドウェルに持ち帰ってくれ」
「ははぁ~」
俺は商人と挨拶を交わし、ここまで乗せてきてくれた荷馬車を降りた。
彼らとは、エスタへの山道を歩いている時に馬車列が通りがかったのがきっかけで、すでに息も絶え絶えだった俺を快く乗せてくれたんだ。
自分の足で歩いたのは一日、さらに一日は馬車での移動となり、ロスタイムを差し引いても予定通りの二日で間もなく最初の目的地に到着する。
馬車に乗っていたのは俺とツキウミ。普通に歩いていたアエカとベルクとライゼとも合流し、商隊の護衛をしていたプレイヤーとも挨拶を交わし、検問に並んでいる多くの荷馬車を横目にエスタの正門を目指す。
「助かりましたね」
「ああ、山道は本当にきつかった」
「ボクなんかぶっ倒れる寸前でしたよぉ」
「エスタからは平野が続くから多少はマシになるのね」
「本日のところはエスタで休息ですな。英気を養いましょうぞ」
「そうしよう……。今度は馬車の揺れでお尻が痛い……」
慣れない旅とは本当に大変だ……。
「それにしても、少し前までの村がずいぶんと発展したのだな」
「そうですね。早ければ半年ほどで都市となりますから」
エスタも初期のユグドウェルと大差なかったにもかかわらず、いまは石造りの壁に囲まれ、粗末な木造あばら家もいつの間にか石材となっていた。
システム情報によると住民は168名。プレイヤーが多い地域はやはりその恩恵を受けやすく、加速度的に発展をし続けているようだ。
「ニオ姫さま、ようこそお出でくださいました! 我ら衛兵隊一同、心よりご来訪を歓迎いたします!」
「揃うて出迎えご苦労。あまり長居をするつもりはない、引き続き馬車列の対応に当たるがよい」
「はっ!」
門に近づいたところ、当然のように派遣している衛兵隊に出迎えられたけど、特に仰々しい出迎えはいらないので仕事を続けるように告げた。
「それと、“タルワド”という名の商人が余をここまで送ってくれたのだ。速やかに入門許可を出すよう丁重にもてなしてやってくれ」
「“タルワド”ですね、承りました!」
年若い隊長の指示を受け、ふたりの衛兵がお世話になった商人のもとへと向かうのを見届ける。問題はなさそうだ。
「我らも入って構わぬな?」
「もちろんですとも! ニオ姫さまのお通りだ、道を開けろ!」
いや、普通にゆっくりと行くからそう大声を出さなくてもいいよ……。
そんな俺の内心なんて気づくわけもなく、検問でごった返していた門前広場は衛兵隊によって人混みを割られていく。
「ニオさまだ」
「おお、ニオ姫さま」
「ご尊顔を賜れるとは、幸先がいいですな」
「これはこれは、商談の手土産としましょうや」
「うっわ、生ニオたんはじめて見た」
「相変わらずかわうぃ~ねぇ~」
当然、プレイヤーもNPCもこちらに気づいてしまうから、ちょっと面倒かも。
「ニオさまはどこでも人気者なのね」
「見世物にでもされているような気分ではあるが」
「ニオさまはぁ、すっごくかわいいですもんねぇ」
「ツキウミだとて負けじと劣らずかわいいではないか」
「そっ! それでもボクは男ですぅっ!」
「曲者!」
「何奴!?」
「ふぇっ!?」
そんなこんなで話をしながら人混みを進んでいる時だった。
背後で唐突に声が上がり、俺がのんきに振り向く一瞬の間に、アエカとベルクによってひとりの男が引きずり倒されていた。
「え、え、なに? どうしたの?」
すぐ衛兵隊に取り囲まれ、俺自身がわけもわからずに混乱するなか、拘束された男こそが何が起こったのかと非常に動揺しているようだ。
「何が目的です!? いますぐに答えなさい!」
アエカが鬼気迫る勢いで男を問いただす。
ただ、よくよく見るとその男は商人の服を着た普通のNPCのようで、すでに泣きそうになっている様は悪事を働くような人には見えない。
「ひぇぇっ! すっ、すんませんっ! ニオ姫さまのお髪を一本頂ければ、末代まで商家として繁栄できるのではないかと、出来心だったんですっ!!」
「……はぁ?」
要するに事の次第は、人混みに紛れてニオの銀髪を得ようと手を伸ばしたところを、察知したアエカとベルクに拘束されたということらしい。
取り囲む衛兵隊の壁の向こうでは群衆がこちらに注目し、なんだなんだと辺りはけたたましい喧騒の中に飲み込まれてしまっている。
そんななかで俺は一歩を踏みだし、男を見下ろした。
「つまり何か、そなたは余の髪を家宝にでもしようとしたと?」
「へっ、へいっ! しょ、商人の間でまことしやかに囁かれる噂がありましてっ、その中でも特にニオ姫さまのお髪は万金に値する価値がありっ、わずか一本を身に着けるだけでも富を生むとの評判なんですっ!」
「ええぇ……」
いや、まあ、プロトンの存在とかを考えると、ニオ関連のものにはいくらでもお金を出しそうな輩が少なからずいそうだけど……。
なんていうか……超厄介である……。
だって、第二第三のプロトンが生まれる可能性が……。
「うむむむむ……」
「ニオさま、この不届き者をどうされますか?」
「もう金輪際手を出しませんっ! 命ばかりはお助けをっ!」
「出来心にすぎぬのよな?」
「へいっ! ニオ姫さまを害そうなどとは決してっ!」
価値に目をつけたのなら、害そうとするわけがないのはわかる。
「わかった。今回ばかりは放免としよう」
「ああぁ……! ニオ姫さま……!」
「よろしいのですか?」
「うむ。ただし、下手をすると次は余が直接首を刎ねるからな、商人の間でもそう周知せよ。これをそなたに科す罰とする」
「へへぇ、しかと心得ました……!」
「とりあえず、衛兵隊長」
「マクソンとお呼びください!」
「マクソン、調書は取っておくように」
「はっ! おまえ、こっちに来い!」
「丁重にな」
「はっ!」
そうして、商人の男は衛兵隊にしょっ引かれていった……。
これ以上は面倒なことにならなければいいけど……。




