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第九十二話 最終的にこうなる運命。

「自分で洗えるけど……」


「いえ、私が洗うのでじっとしていてください」


「こんなの、パッと洗っちゃえば……」


「ダメです。おじさまが洗うと、せっかくの美しい髪がパサパサになってしまうので、本来なら私が毎日のようにお手入れをしたいほどなのです」


「う……。だからって、なにもこんな所で……」


「血が乾いてからでは遅いのです。我慢をしてください」


「うぅぅ……」



 ハニーベアーに散々足裏を舐められたあと、駆けつけた皆に助けられたんだけど……案の定、ぶち切れたアエカがハニーベアーの頭を吹き飛ばしてくれたせいで、俺は全身に返り血を浴びてしまったんだ。


 いやあ、思わず「ぎゃああああっ!」と叫んでしまったね……。脳漿が降り注いで気絶しなかったことが奇跡なほどに……。


 そんなわけで、川がすぐそばだったことから血を洗っているけど、全身が血まみれな俺はともかく、アエカまで一緒になって沐浴をするという状況。

 ベルクとツキウミは少し離れて焚火の番と周辺監視、ライゼは俺の服を洗濯と、完全に予定外の事態となってしまっていた……。


 くぅぅ……。単独で抑えに向かわせるのは、俺自身でなく盾も使えるアエカだった……。咄嗟のことで判断を間違えてしまったんだ……。


 本当に、慢心はよくない……。



「ふぁ……くしゅっ!」


「くしゃみ助かる」


「なに?」


「いえ、なんでもありません」


「さ、さすがに、気温が低い中で水に浸かると寒い……」


「少しの辛抱です。血液は凝固すると落ちにくくなってしまいますから、早いうちに洗い流すのが効果的です」


「それにしても、もう少しましな倒し方はなかったのか……」


「すみません。おじさまの危機とみて、気が動転してしまって……」


「オレも野生動物とみて油断したのはまずった……」



 そんなこんなで大自然の中、俺はニオの体を濡らした手ぬぐいで拭う。


 ただ、ユグドウェルからまだ近く、いつプレイヤーが通りがかるかもわからない状況で、沐浴をしているのは精神衛生上よろしくない。

 もうニオの裸身に慣れたとはいっても、こんな外界のシチュエーションでは、どうしても高まる動悸を抑えられずにいるんだ。


 断じて露出癖があるわけではないから、早く洗い終えて服を着たい。



「それでどう? 髪についた血は落ちる?」


「はい、すぐに水洗いができたので大丈夫です」



 アエカがいるうしろも振り返らない。


 いまいる川の中ほどは水深が腰辺りで、振り返ってしまえばむき出しの上半身が目に入ってしまうので、絶対に振り返らない。

 自分自身も同じ状態とはいえ、実際の、正真正銘の女性の裸身をむやみやたらと見るつもりは、俺にはないんだ。


 そう、たとえ家族のような存在とはいえ、血が繋がっているわけでもない大切な相手に、邪な感情を向けるわけにはいかない……!



「んっ……!?」



 だがしかし、そんなふうに悶々としていたところ、唐突に何かが背に張りつく感触があった。



「はぁっ、はぁっ、それにしてもっ、このなだらかな肩甲骨のラインがたまりませんっ……! 背後から見下ろす鎖骨もっ、その先の品のいい乳房もっ、なにより艶めかしく濡れたうなじと雫の垂れ落ちる華奢な肩にも頬ずりをしたくてっ、もっ、もうっ、もうっ、辛抱たまりませんーーーーーーっ!!」


「おあーーーーーーーーっ!?!!?」



 俺がいくら我慢をしようと、邪な感情がだだ漏れな奴がいたーっ!?



「ちょっ!? アエカ!?」


「デュフッ、女の子同士ですから少しくらいはいいですよね?」


「何が!? オレは男だ!?」


「何がって決まっているではないですか、スキンシップですっ!」


「はぅっ!? だっ、抱きつくな! オレたちはいま真っ裸なんだぞ!」


「だからこそ、好機を見過ごすわけにはいかないのですっ!」



 やっ、やばい! こいつマジだ!


 思わず見てしまったアエカの目は完全に据わっている。


 現代日本ではまずないシチュエーションに当てられたのか、鼻息を荒くして背後から抱きついてくるから、逃れたくとも拘束を振り解けない。

 腰までの水深も邪魔をして移動にも制限があるから、川の中にいて溺れもがくような状態になってしまっているんだ。



「仲がいいのね」



 そんなときに、川縁には戻ってきたライゼ。



「ライゼ、助けて!」


「助けが必要には見えないわ。アエカさまは嬉しそうだもの」


「余は!? 嫌がってるように見えない!?」


「……少なくとも、心から邪険にしようとはしていないわね」


「そっ!? そうかもしれないがっ、このままでは貞操を奪われます!?」


「きっと大丈夫よ。アエカさまにとって、ニオさまは大切なお方だもの」


「んぅっ!? ライゼには何が見えてるの!? いいから助んはぁっ!?」


「ライゼさんの言うとおりです! ちょっとだけニオさまのつやぷに柔肌を堪能するだけですから、少しの間だけ身を委ねてくださいっ!」


「そんなんあぁぁっ!? らっ、らめぇええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



 後にひとりのプレイヤーが公式掲示板に書き記す……。


 ユグドウェルの山の中、少女の嬌声がどこからともなく聞こえてきたと……。


 しばらくの間、樹林をかき分けるプレイヤーたちの姿があったという……。





 ***





「ぐす……ぐす……。連続で、ひどい目に遭った……」



 いろいろとあり、ひとまずその場で昼食を取ることとし、俺たちは焚火を取り囲んでティコとクレーナが作ってくれたお弁当を堪能していた。



「申し訳ありません……。血と水に濡れたニオさまを見て、思わず変に興奮してしまったようです……」



 それはやべー嗜好ですね……。


 俺の再三に渡る懇願で、ライゼが止めてくれなかったら貞操がどうなっていたことか……。

 結局、最終的に泣きじゃくるニオ()を見てアエカも正気を取り戻したけど、それからは本当に申し訳なさそうに頭を下げている。



「許すも何もないが、暴走は限度をわきまえてくれると助かる……」


「はい……」



 アエカにはずっと支えられ、命まで助けてくれたから、なんだかんだいって彼女の行動に制限をつけたくないというのも本当の気持ち。



「ニオさまってぇ、思ってたより泣き虫ですよねぇ」


「うぐっ!? そ、それは……」



 本来の俺は、何があっても泣くことはない人間なんだけど……。



「ボクもよくヒワちゃんに泣き虫って言われるのでぇ、親近感が湧きますぅ」


「うぐぅっ! 断じてっ、余が泣き虫なわけではないのだぞっ!」


「カカッ! よいではありませんか、皇とて感情豊かであれば民は親しみを覚えるもの。ニオ姫さまはよき君主であられますな! カカッ!」


「うぅ……。それならいいんだが……」



 当初の、本来の創られたニオ像からはイメージがかけ離れてしまったけど、これで上手くいっているのなら中の人としては安堵をするところだ。


 まあ、もっとらしく(・・・)と思わないわけではない……。


 とりあえず、俺は口に運んだおにぎりであふれ出る羞恥を噛みしめた。

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