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第一話 おじさま、女の子になる。(1)

「終わった……」



 この日、俺は長く続いた仕事に一区切りをつけた。


 ラストスパートに入って三ヵ月。


 この間は休むことなく締切に追われ、自室にこもりきりで机に向かい続けたから、頭痛と疲労と眠気でもう起きているのも限界だ。



「あとはファイルを送って……」



 時刻は深夜、二十三時を回った頃。


 少し前から波のように襲いくる吐き気にも耐えながら、描き上げたばかりのイラストをネット経由で会社のサーバーにアップロードする。


 これで、五年もの開発期間をかけ、間もなく正式リリースを迎える新作オンラインゲームの事前作業は一区切り。

 心身はここしばらくの徹夜続きでだいぶ疲れているけど、こうして終わってしまえば、あとは製品として世に出るのを楽しみにして待つだけ。


 そう、リリースまであと半月もない……。



 フルダイブ型新世代VRMMO ≪World Reincarnation≫



 これが、俺がイラストレーターとして携わっていたゲームタイトル。


 『すべての感覚を再現し、果てなき世界をまるごと君たちの手に委ねる』


 業界を騒然とさせたプレスリリースから早くも数年、創り上げたのはローディングのないひと繋ぎの星。

 試みたのは、世代を飛び越えたフルダイブ仮想現実(VR)技術を用いた、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の完全再現。


 まさに大規模多人数同時参加型マッシブリーマルチプレイヤーオンラインゲーム、通称“MMO”の到達点。



「これでようやく逢える。待たせたな……ニオ(・・)



 そうして、手を伸ばしたPCディスプレイには、たったいま納品したばかりの販促イラストが映し出されていた。


 描かれているのは、≪World Reincarnation≫のメインシンボルを担う、きらめく紫銀の髪と黄金の瞳が映える小柄な少女。


 俺が趣味の限りを尽くして生み出した大切な娘でもある、その名は――



 “ニオ ニム キルルシュテン”



 間もなくサービスが開始されれば、仮想世界で生を与えられた彼女は、描いたままの姿で自ずと動き出すだろう。

 だから生みの親として、俺自身も一介のゲーマーとして、ニオと交流できることをなによりの楽しみに、寝食を惜しんで役割を果たしてきたんだ。


 本当にここまで長い道のりだった……。



「~♪」


()っ……」



 これまでの思い出を振り返ろうとしたところで、遠慮がちに鳴ったスマホの着信音に俺は顔をしかめた。

 ここしばらく慢性の頭痛に悩まされ、音量を抑えたこんな小さな着信音ですら、いまは頭骨をカチ割らんと叩いてくる。



「……もしもし」


『ホツマおじさま、私です』


「アエカ、こんな時間までお疲れさま」


『おじさまこそ、お疲れさまです』



 俺を“おじさま”と呼ぶのはひとりだけ、同居人で姪のような存在の“アエカ”だ。


 それも開発プロジェクトの中心を担う、新世代フルダイブ技術と≪World Reincarnation≫世界の礎までも築き上げた、稀代の才媛。



「今日も会社に泊まりか?」


『いえ、あと十五分ほどで帰宅できる所まで来ています』


「え、こんな時間にひとりで?」


『何かあったら駆け込むので、玄関の鍵は開けておいてくださいね』


「冗談はよしてくれ。迎えに行くから途中のコンビニで待ってて」


『相変わらずの過保護なんですから。私だって、しばらく帰っていない間に、おじさまが無理をしていないかとずっと心配していたんですよ』



 お互いに忙しすぎて、こうして言葉を交わすのもいつ以来か、久しぶりに聞く彼女の声音は不思議と頭痛を和らげてくれるようで、耳に心地いい。



「それなら心配性はお互いさまだ。そっちの進捗は?」


『まだ修正作業は続いていますが、明日は特別な日なので帰宅します』


「特別? 何かあるのか?」


『もう、おじさまは自分のことになると無頓着なんですから』


「俺……!?」


『明日は、おじさまの記念すべき三十八歳の誕生日ですよね! そのお祝いを仕事よりも優先するのは、押しかけ女房の私としては当然です!』


「ああ、もうそんな時期……。それ自称するか……?」


『いいんです! こうでもしないと、おじさまは極めて奥手なんですから!』


「と、とりあえず迎えに行……」



 会話も半ばに立ち上がろうとしたところで、不意に視界が暗転した。



「はっ……?」



 次に気づくと、なぜか視界の片隅に床のフローリングが見える。



『おじさま? おじさま!?』



 いつの間にか遠く放り出されたスマホからは、慌てたような彼女の声。


 何が起きたのか、間近の床には見る見る赤い液体(・・・・)が広がっていく。



『いまの音はなんですか!? 返事をしてください! おじさま!?』



 音……? 床……血……? まさか、倒れ……た……?



「ア……ェァ……」



 返事をしようにも、力なくこぼれ落ちる言葉は意味をなさない……。



 助けを求めようにも、伸ばした手はどこにも届かない……。



 頭が、痛い……。それに……ひどく眠くて……。



 遠くで俺を呼ぶ……悲痛な声……。



 大丈夫……。



 少し、眠る……だけ……。



 ………………。



 …………。



 ……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これからこの小説を読もうと思うのですがこの小説にはどのくらいシリアスな展開がありますか? 私はシリアスが苦手なので知っておきたいです
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