第75話 選択クラス②
「くっ!面倒ね!!」
179階層のエリアボス。
嘆きの蠅が、狂った様に高速で動き回る。
HP減少による発狂モードだ。
ここまでは連携でその素早い動きを封じる様に戦ってきたけど、此処まで早くなるとそれも難しい。
「ちょこまかと!逃げ回んじゃねーよ!」
ヘスさんがイラつきから悪態をつく。
敏捷性の高い彼女だけど、相手の縦横無尽の高速機動に完全に翻弄されてしまっていた。
189階層よりも、ここのエリアボスの方が実は厄介だとユーリには聞かされていたけど、本当にその通りだ。
「くっ!後衛の方に!」
嘆きの蠅が、大きく旋回する様に動く。
狙いは後衛の3人だ。
だが――
「ナイスエレン!」
そこにエレンさんの放った矢――ノックバックスキルが決まる。
あの動きに合わせるなんて、流石である。
彼女のサブサブクラスは鷹の目。
瞬間的に集中力を高めて相手の動きを先読みするスキルや、今みたいなノックバック系スキル、それに瞬間的に背後にワープするスキルなんかを持つ多才なクラスだ。
狩人は魔法も使えるクラスだけど、エレンさんは弓の方に能力を伸ばす方向でこのクラスを選んでいる。
ステータスの補正は筋力と敏捷性が25、それ以外は20。
「燃え尽きなさい!」
ノックバックで嘆きの蠅が大きく吹き飛んだ所に、ミスティさんの強力な炎の魔法が直撃した。
完璧な連携である。
ミスティさんの選んだサブサブクラスは知能師。
これは魔法使い版筋肉士と言えるクラスだ。
追加のスキルや魔法がない代わりに、ステータスが大幅に伸びる事になる。
ステータスの上昇は、魔力が50にMPが40。
HPは20上昇し、筋力と敏捷性が15上がる。
候補の中には、転移術師みたいな便利な魔法を覚えるクラスもあったけど、火力重視って事でこれが選ばれている。
「ぎじゅあああぁぁぁぁ!!」
「ここだ!」
弱点である火属性の魔法を受けて、嘆きの蠅が藻掻き苦しむ。
その隙に私は一気に間合いを詰め、魔力と闘気を込めた必殺の拳を叩き込んだ。
「魔闘撃!」
発狂モードの時点で残りのHPは3割。
エレンさんの一撃に、弱点を突いたミスティさんの魔法。
そして私の必殺の一撃。
耐久力の低い嘆きの蠅を倒しきるには十分過ぎるダメージだ。
179階層のエリアボスは、私の一撃を受けて消滅する。
――私のサブサブクラスは、闘戦姫。
闘気と魔力を組み合わせて戦うクラスで、女性限定となっている特殊なクラスだ。
ユーリ曰く、男性も取得できる闘術師の上位互換に当たるクラスそうで、女武僧はほぼこれ一択との事。
ステータスの補正は全ステータスが25づつあがる感じ。
「アイシス、怪我してるじゃない。回復して上げる」
最後の一撃を叩き込む際に、嘆きの蠅は足の一本を私の肩口に叩きつけていた。
それ程大きなダメージではなかったが、ミーアさんが回復魔法でそれを治療してくれる。
「ありがとうございます」
ミーアさんのサブサブクラスは、蘇生術師。
この世界で唯一、死者を蘇生する事の出来るクラスだ。
死んでも生き返る事が出来る。
そう考えると、その有用性はかなり高いと言わざる得ないだろう。
ただし、残念ながら蘇生魔法は万能ではなかった。
死者の蘇生には、二つほど条件がある。
一つは、ある程度遺体の原型が留まっている事だ。
余り損傷が激しいと、蘇生は出来なくなってしまう。
そしてもう一つが、死後30秒以内でないといけない点である。
条件としては、此方の方が厳しいと言えるわね。
時間が経った遺体には当然使えないし、スキルのクールタイムの都合上、連続してパーティーメンバーが死んでしまった場合なんかは蘇生が間に合わなくなってしまう。
ユーリが言うには、この30秒と言うのは魂が肉体を離れるまでの時間だそうだ。
ステータスの補正はMP魔力が25で、HPが20、筋力と敏捷性は15となっている。
「さて、この調子で189階層もクリアするわよ!」
179階層のエリアボスを討伐した私達は、2日ほど休暇を挟んでから189階層へと進む。
エリアボスはユーリが力づくで倒してしまったグレートキメラだ。
フィアーや毒。
それに本体のパワーに羽から繰り出されるカマイタチ。
決して弱くはなかったが、ユーリの言う通り、すばしっこい嘆きの蠅に比べれば戦いやすい相手だった。
ので、私達は危なげなく討伐を終える。
そしてその2日後、予定通りユーリが帰って来た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よ、久しぶり」
聖なる剣は、パーティーで屋敷を借りて暮らしている。
私達はそこでユーリと会う約束をしていた。
「久しぶり。ユーリはこの一週間何してたの?」
「それは――アイシス。はいこれ」
何をしていたのか質問すると、ユーリは革袋から指輪を取り出し、私にそれを渡して来た。
赤い、精密な意匠の施された指輪だ。
「それを手に入れに行ってたのさ。驚いたか?」
そういうユーリの顔は、いたずらっ子の屈託のない笑顔だった。
「いきなり指輪をアイシスにプレゼントするとか、やるねぇ色男」
パラボネさんの一言で、その意味を理解して顔が熱くなる。
まさかユーリから私がこんなプレゼントを貰う事になるとは、思ってもいなかった事だ。
「あ、その……あの……なんて言うか……ユーリの気持ちは嬉しいんだけど、私達そう言うのはまだ少し早いと思うんだけど……」
くっ、緊張して上手くしゃべれない。
断ると傷付けちゃうけど、やっぱまだそういうのは早いし……
「何言ってんだアイシス?あ、皆さんの分もあるんで」
「……へ?」
ユーリが革袋から同じ指輪を取り出し、皆に渡していく。
どういう事?
「あらあら、7又とか……若いわねぇ」
エレンさんが受け取った指輪を指に嵌め、愉快気に笑う。
「7又?」
その言葉に、ユーリが不思議そうに首を傾げた。
聖なる剣のメンバー全員に指輪を渡してるんだから、7又以外の何物でもない。
まさかユーリがこんな破廉恥な真似をするなんて……
何だか腹が立ってきた。
「ちょっとユーリ。どういうつもりよ!」
「ん?なに怒ってんだ?それより、腕輪もあるぞ」
そう言って彼は腰の革袋の中から、指輪と同じ意匠の腕輪をひょいと私に投げてよこす。
「両方とも火に対する耐性が付くから、装備しておけば万一ドラゴンのブレスを受けても何とかなる筈だ。ドラゴン討伐の際は、ちゃんと忘れず身に着けておいてくれよ」
……ん?
ドラゴン討伐?
火耐性?
ひょっとして――
「……」
真実に気付いて、私は思わず黙り込む。
死ぬ程恥ずかしいんですけど?
「ぷっ……あっはっはっは」
パラポネさんが私を見ながら、盛大に笑い転げていた。
他の皆も、クスクス笑っている。
どうやら勘違いしていたのは私だけの様だ。
多分、皆は初めっから気づいていたのだろう。
でなきゃ7又がどうこうなんて、冷静に考えたら笑いながら出る言葉じゃないもの。
……と言うか。
「パラポネさん。私が勘違いする様、わざとですよね?」
彼女の発言があったから、私は勘違いしてしまったのだ。
そして反応を見る限り、絶対わざとである。
「おやおや、何の事だい?あたしはレアな装備をポンとくれた、ユーリを褒めただけだよ」
「ぬぐぐぐ」
「勘違いって、何の話だ?」
「何でもないわよ!」
ユーリが心の底から不思議そうに聞いて来るので、気恥ずかしさから思わず叫んでしまう。
まったく、もう……
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