第58話 重り
冒険者ギルド内にある、広い中庭の中央。
野次馬の見守る中、鼻でか事ガムラスは背負っていた大剣を構えた。
「おい!あの坊主に賭ける奴はいるか?」
「馬鹿言え、死霊術師に賭ける奴なんているかよ」
「ガムラスの瞬殺に決まってる」
揉めている時に聞こえていたのだろう。
野次馬には、既に俺が死霊術師である事が伝わっていた。
そのせいか俺に賭ける奴は皆無だ。
ノーマネーでフィニッシュって奴だな。
いや、違うか。
「おい、突っ立ってないで剣を抜きな。それとも、その腰にかかっているのはお飾りか?」
ガムラスが剣を抜けと言って来る。
剣を握っていない状況――握っていないと剣術の補正は受けられない――でも、俺の筋力は4000オーバーだ(基本的に接収は効果時間が長く、切れる度にかけなおしている)。
ぶっちゃけ、素手でも問題ない。
が、一応抜いておいた。
ラノベとかだと、相手が武器を持ってなかったから本気を出せなかったとか言い出したりするのがお約束だからな。
余計な言い訳の種は潰しておく。
俺は死霊術師の剣を引き抜き、適当に構える。
「安心しな。ケガしねぇよう、一瞬で終わらせてやる」
怪我させない配慮があるあたり、案外いい奴で困る。
こいつがどうしようもない碌でなしなら、気持ちよくプライドごと粉砕してやる所なのだが……そうじゃない様なので、一発でのして大恥かかせるのを戸惑ってしまう。
恥をかかせず勝つとか、面倒くさい事この上なしなんだがな。
ま、しょうがない。
適当にいい勝負っぽく合わせておいて、最期俺がなんとか勝つ形で締めるとしよう。
「来ない様なら……こっちから行くぞ!オラァ!」
ガムラスの大剣が、真正面から俺に向かって振り下ろされた。
緩慢な動きの、ゴミの様な一撃。
とてもAランクとは思えない動きだ。
まあ能力の低さもあだろうが、俺に対する手心が加わってるんだろう。
たぶん。
「よっと」
素手で軽く受け止められそうな一撃だったが、取り敢えず躱しておいた。
「ほう……今のを完全に躱すかよ。死霊術師の割には、中々やるみたいだな。だが、次の一撃はそう簡単にはいかないぜ」
ガムラスがニヤリと笑う。
本人は格好つけてるつもりかもしれないが、馬鹿デカイ鼻の付いた顔でそんな事言われても全く様になっていない。
あんまり人の顔にケチをつけるのもあれだが、極端すぎる物にはどうしても目が行ってしまう。
「おらぁ!」
今度は横凪。
さっきより少しだけ鋭い一撃な気もするが、まあ誤差だ。
後ろに下がって、間合いギリギリで躱しておく。
「これも躱すかよ。成程、俺に勝負を仕掛けてきたのは只の無謀ってない訳か。だがな……俺の本気はこれからだぜ!!」
ガムラスが何故か手にしていた大剣を地面に突き刺し、身に着けていたノースリーブジャケットを脱ぎ捨てた。
――それは服にしては勢いよく地面に落下し、どさりと重々しい音を立てる。
え?
「ふ、今までは重りを身に着けていたのさ。驚いたか、坊主」
鼻デカはドヤ顔で腕をぐるりと回してから、地面に突き刺していた両手剣を掴む。
その様子を見て――
「おお、マジか!?ガムラスの奴、本気を出すぞ!!」
「死霊術師如きにか!?」
「おいおいおい、あいつ死んだわ」
外野が湧く。
どうやら彼が重りを身に着けているのは、有名な様だ。
そんな一連の流れを見て思う。
漫画か?
と。
まさかレベルのある世界で、重りを付けて日常生活を送っている奴と出くわすとは夢にも思わなかった事だ。
いやまあ、訓練すればその分体が鍛えられるのはこの世界でも一緒ではあるが……
「さて、それじゃ覚悟は良いか?」
ガムラスが膝を深く曲げ、片手を付く低い姿勢で大剣を横に構えた。
4つん這いに近い彼の姿が、ふとライオンを想起させる。
……ああ、そういやライオンも鼻でかかったな。
「行くぞ!」
ガムラスが此方に飛び掛かる様な動きから、剣を横に薙いだ。
その一撃を――
「よっと」
俺は素早く下がって躱す。
「馬鹿な!?俺の本気を躱しただと!?」
攻撃を躱された事に、ガムラスが焦った顔で数歩後ずさる。
「マジかアイツ……」
「すげぇ……あの攻撃を躱しやがった……」
野次馬達もそれを見て、何故か騒然としていた。
「……」
意味不明なんだが?
ひょっとして気づいてないのか?
今の攻撃が、2回目の攻撃よりショボかった事に。
そう、本気で繰り出されたはずの一撃は、その前の攻撃より完全に劣る物だった。
いや、そりゃそうだろ。
あんな合理性のない変な体勢で、しかも両手で振り回す物を片手で振ればそうなるに決まっている。
え?
でも重りを脱いだから、その分は強化されてるんじゃないかって?
奴の脱ぎ捨てたジャケットの重さは、推定で40から50キロぐらいだと思われる。
低レベルな一般人がそれを身に着けたなら、きっと相当な負荷となった事だろう。
だがレベル100越えの戦士の筋力は、低レベル時の数倍、パッシブスキルも合わせたら10倍近くまで上がっている。
そこまで筋力のある人間が、たった50キロ程度の重り付けたからって、動きなんてほとんど変わる訳がない。
つまり脱ごうが脱ぐまいが、ガムラスの動きにはほとんど変化がないという訳だ。
「く……こうなった仕方ねぇ。スキルを使わせて貰う」
再びガムラスが、片手を付いた体勢で構える。
だから真面目に戦いたいなら、それ止めろっての。
まあ、いい。
次の攻撃に合わせる感じで終わらせるとしよう。
これ以上付き合うのも怠い。
そう考えた時――
「そこまでだ」
野次馬の中から、髭を生やしたごついおっさんが急に出て来て割って入って来る。
貫禄の有る感じの人物で、パッと見ではそこそこ腕が立ちそうに見えた。
「ぎ……ギルドマスター!?見てたんですか?」
「ああ、随分にぎやかだったもんだからな」
どうやら男性は、このギルドのマスターの様だ。
野次馬達が騒いでいたので、様子でも見に来たのだろう。
「ガムラス。この勝負、お前の負けだ」
「な!?勝負はまだついてませんよ!」
「やれやれ、これだからひよっこは……」
ギルドマスターは大きく溜息をつき、頭をガシガシとかく。
バラバラと豪快に飛び散る白いふけに、俺は顔を顰めた。
ギルドのトップ何だったら、頭位ちゃんと洗えよな。
不潔なトップとか嫌すぎる。
「良いかガムラス、もし今俺が止めてなかったら、おめぇは下手したら死んでたぞ?よくて大怪我だ」
「なっ!?」
ギルドマスターの言葉に、ガムラスが絶句する。
そりゃまあ、殺されてたかもなんて言われたらそうなるだろう。
もちろん俺にその気はなかったぞ。
「相手との力量差。それに……放たれた本物の殺気に気づけない様じゃ、お前はまだまだ冒険者としては2流だ。精進しろ」
「……」
力量差はともかくとして、一体何処から本物の殺気とやらを感じ取ったというのか?
俺の実力を見抜いたのは大したものだと思うが、どうも適当な事を口にする、胡散臭い人物に見えて仕方ない。
「さて、お前さんにはちょっとばかし聞きたい事がある。悪いが、俺の執務室に付き合って貰えるか?」
ギルドマスターは俺の方を見ると、ニヤリとその口元を歪めた。