第38話 錬金工房
――逢魔の森。
高レベルの魔物が住み着き、人の近付かない薄暗い森の奥。
そこに生える黒樹と呼ばれる漆黒の大樹の洞に、とある場所に繋がるワープゲートがあった。
――そのゲートを通った先は、永遠に近い長き時を生きる妖精ゼゼコの隠れ家となっている。
ヘブンスオンラインにおいて、銭豚のあだ名を持つ妖精。
彼女は大金と引き換えに、特殊な武器やアイテムの生成を行ってくれるNPCだ。
そして死霊術師の剣を生成できるのは、彼女だけである。
◇◆◇◆◇
逢魔の森には、レベル150を超える凶暴な魔物がわんさかいる。
一般人から見れば相当危険な場所であり、好んでこの森に近づく冒険者もいない。
が、レベル200を超えた俺とクレアなら問題なしだ。
出てくる敵をバッタバッタと薙ぎ倒す。
主にクレアが。
「全てを闇へ……」
魔法剣で遭遇した魔物を瞬殺したクレアが、体の前で短剣を握った両腕を交差させ、格好をつけたポーズを取る。
少し前までなら口先だけのアホの子だったが、今の彼女は違う。
実力の伴った厨二病は実に頼もしい。
お陰で俺は楽をさせて貰っていた。
唯一問題があるとすれば、彼女が全部倒してしまうせいで下僕に出来ない事だ。
スキルのレベルアップで増えた3枠をここの魔物で埋めるつもりだったが、どうも無理そうである。
ま、別にいいけど。
「進みましょう。私達に立ち止まっている暇はないわ」
そう呟くと、クレアは歩みだす。
迷わず、真っすぐ力強く。
――目指す方向とは真逆に。
「おい、そっちは来た方向だぞ。向かうのはあっちだ」
薄暗い森の中だから方角が分かり辛いというのもあるだろう。
だが、敵との戦闘は一瞬で終わっている。
激しく戦ったってんならともかく、普通はそんな馬鹿な迷いかたはしない。
どうも方向音痴くせーな、こいつ。
「ふ、分かってるわ。貴方を試したのよ」
サラリと落ち着いた声で言うが、嘘なのはバレバレだ。
まあ俺は器が大きいから流してやるが。
「お、あった」
魔物達を危なげなく始末しながら進むと、程なくして森の中心部に俺達は辿り着く。
中心部を示す巨木。
黒樹の幹をぐるりと一周すると、根本に小さな穴が開いてるのを見つける。
「これがあるって事は、大丈夫そうだな」
ここはゲームでなく現実の世界だ。
そのため何らかの理由でゲート――もしくは、ゼゼコ自体存在していない可能性もありえた。
だがその心配は杞憂に終わる。
「んじゃ……」
俺は革袋から金貨を取り出し、それをそっと穴の中に入れる。
すると木の幹の部分に亀裂がはしり、人が一人通り抜けられるだけの隙間が開いた。
中に入ると、ワープゲートと思しき空間の歪みが確認できる。
「ふふ、闇が私達を誘っている様ね」
俺の後から隙間に入り込んだクレアが、ワープゲートが黒く歪める空間をみて、無駄にテンションを上げる。
「誘っているかはともかく、絶対にここの事は漏らすなよ」
クレアには、事前に口を酸っぱくして注意してある。
秘密厳守だ。
言っとくが、別に既得権益を維持するために口止めしている訳ではないぞ。
ここはゲームじゃないからな。
特殊な力を持つ妖精の話が有名になると、それを狙うよからぬ人間が出てきてもおかしくない。
権力者とか特に。
そうなれば、最悪ゼゼコを利用できなくなる可能性が出て来る。
ハッキリ言って、それは困るのだ。
今回だけではなく、俺は後々もここは利用する予定だからな。
「私達バディ。二人だけの秘密ね。分かっているわ」
「そう!闇の使徒である俺達二人だけの秘密だ!」
クレアの厨二に、適当に乗っかっておく。
設定に乗っかった方が、口を滑らす可能性が減るだろうし。
「じゃ、行くぞ」
俺は奥に進んで、空間の歪みへと迷わず飛び来こんだ。
視界が暗転する。
だがそれは一瞬の事で、直ぐに光は戻って来た、
「……」
ゲートの先は、密集した樹木で閉じられた広めの空間だ。
その中央には、円状のカウンターが設置されてある。
頭上は枝葉によって完全に塞がれており、日の光等は一切差し込んでいなかった。
にも拘らず、周囲は問題なく見渡せる程に明るい。
原理は不明だが、細かい事は気にしなくてもいいだろう。
なぜならファンタジーだから。
突っ込みだしたら切りがない。
「誰もいないみたいだけど?」
後からやって来たクレアが辺りを見渡し、そう聞いて来る。
「いるさ」
俺はカウンターの上に、金貨を一枚おく。
その瞬間、円状のカウンター内に煙が立ち込め、巨大な妖精が姿を現した。
「――っ!?」
目の前に急に現れた妖精。
その異様な姿に、クレアが息を飲む。
妖精は絵本などで見るものとは違い、とてつもなく巨体だ。
椅子に座っている状態にも拘らず、俺を見下ろす程に。
更にその体は脂肪で醜く膨れ上がり、限りなく球体に近いフォルムをしていた。
妖精らしい部分と言えば、背中から生える黒い透けた羽が生えているところ位だ。
パッと見、化け物の様に見えるこの妖精こそ――
「ようこそ――」
妖精が手にしたキセルの煙を吸い込み、気だるげに吐き出した。
このムカつく感じの豚妖精こそ――
「マダム・ゼゼコの錬金工房へ」
ヘブンスオンラインで銭豚の呼称で呼ばれるNPCだ。