第9話 ジェシカ・ジェルロード VS ギュスターヴ・ギュルネス
「ギュルネス家の御曹司が、わたくしに何のお話かしら?」
私は、とぼけて答えた。
ギュスターブ・ギュルネス。今朝、婚約者のクローディスから話を聞いていた。思っていたより美少年で、可愛い顔をしているが。目つきは鋭い。
「話というのは他でもない。ジェシカさん。昨日、ここでニーナ・ニルヴァーナという女性を殴っただろう? 彼女は、僕の婚約者でね。可哀想に。彼女は、ショックで寝込んで今日の授業を休んでいるよ」
やはり、その話か。私は、うんざりした顔でため息をついて答える。
「はぁー。あら? そんなことがありましたかしら? 全然、身に覚えがありませんわ」
それを聞いて、ギュスターヴは童顔に似合わぬ怒声を上げた。
「とぼけるなッ! ニーナを殴ったということは、婚約者であるこの僕を殴ったも同じことだ! 絶対に許される行為ではない! ……でもね、ジェシカさん。僕は、寛容な男だ。君が謝罪すれば、今回の件許してやってもいいと思っている」
「あら? 本当ですの? 謝罪すれば、許していただけるのかしら?」
「ああ。君の婚約者、クローディス・クロードは既に僕に謝罪に来ている。後は、君が僕に頭を下げれば…… 今回の件は、無かったことにしようじゃないか」
クローディス。相変わらず情けない男だ。私は、微笑んで言った。
「謝ればお許しいただけるなんて、お優しい方ですわ…… だが、お断りしますわ! わたくし、謝罪する気はございませんわ!」
その言葉に、ギュスターヴは引きつった笑顔を見せる。
「君も分からない女だな…… ジェシカ・ジェルロード。僕はね。君に、ニーナに頭を下げろと言ってるんじゃあない。この僕、ギュスターヴ・ギュルネスに頭を下げろと言ってるんだ。僕の婚約者に手を上げたことを謝れと言ってるんだよ。なぜ、分からない?」
「なるほどですわ…… そこまで言うなら、謝罪してもいいですわ。でも、ひとつ条件がありますわ」
「条件だと!?」
「あなたの婚約者、ニーナ・ニルなんとかは、私の友人を侮辱いたしましたわ。まず、そのことを先にわたくしに謝罪してくださる? ニーナの婚約者であるあなたが、このわたくしに! そうすれば、ニーナに手を上げたこと謝罪いたしますわ」
ギュスターヴは、歯を食いしばって私をにらみつける。可愛い顔が、怒りに満ちていた。
「ぼ、僕に先に謝れだと!?」
「ええ。それが筋というものではなくて?」
「……なるほど。つまり、素直に謝罪する気はないということだな! ジェシカ・ジェルロード! たった一言、謝って僕に頭を下げれば許してやると言っているのに…… 僕の寛大な心をも踏みつけるという訳だ。ならば、許さん! 絶対に許さんぞ!」
怒りに震えるギュスターヴ。しかし、私は怯むことなく「ふん!」と鼻を鳴らした。
「許さなくて結構! わたくしも、わたくしの友人を侮辱したニーナ・ニルなんとかを許すつもりはありませんもの」
それを聞いて、ギュスターヴは私を指さす。そして、言い放った。
「よろしい! ならば決闘だ! ジェシカ・ジェルロード。君に決闘を申し込む!」
決闘という言葉に、周囲から「おお……!」とどよめきが起こる。この時代、男同士の決闘というのはめずらしいことではない。しかし、男が女に決闘を申し込むのは前代未聞のことであった。
だが、私は怯むことなく言い返す。
「面白いですわ! その決闘、受けて立ちますわ! ギュスターヴ・ギュルネス。あなたのように自分と自分の家の面子のことしか大事に考えない、つまらない男。わたくしの手でコテンパンにして差し上げますわ!」
「おいおい、勘違いするなよ。君に決闘を申し込むが、戦うのは僕ではない。僕は男だぞ? 女である君に直接手を上げる訳ないだろう。僕の代わりに戦うのは、彼女だ! ……おい!」
ギュスターヴが後ろに合図を送ると、背後に控えていたメイド姿の女性が前に出てくる。そして、私に軽く一礼した。
「彼女は、うちのメイド。名前は、マリアだ」
ギュスターヴの紹介するマリアというメイド。すました顔で落ち着いた様子を見せている。
それにしても…… 決闘を申し込んでおきながら、自分ではなく他の人間を代理で戦わせるとは。見下げた男である。ギュスターヴ・ギュルネス。所詮は、貴族のボンボンか。
「かまいませんわ。わたくし、どなたの挑戦でも受けて立ちますわよ。もちろん、ギュスターヴ。あなたが、直接戦ってもよくてよ? それとも、わたくしのことが恐いのかしら? 女に負けるのが…… おーほっほっほ!」
「何だとッ!?」
私は高笑いしてギュスターヴを挑発するが、メイドのマリアが片手で彼を制止した。
「ギュスターヴ様。わたくしにお任せください。ギュスターヴ様の代わりに、この女を懲らしめてご覧に入れます」
随分と自信あり気な態度だ。ただのメイドとは思えない。それに「うん!」とギュスターヴは納得すると、私の方を見た。
「いいか? ジェシカ・ジェルロード! 勝負は5日後! 次の休日の正午だ! 逃げるんじゃあないぞ!」
「ふふん! わたくし、逃げも隠れもいたしませんわ!」
「ちッ…… 行くぞ! マリア!」
ギュスターヴは、メイドのマリアを引き連れて去って行く。
こうして、私、ジェシカ・ジェルロードとギュスターヴ・ギュルネス(代理:メイドのマリア)の決闘が決まったのである。
決闘という言葉の響きに、早くも私の中のプロレスラーの血が騒いでいた。