第８話 情けない男！ ですわ！
次の日の朝――――
朝のトレーニングを終えて、運動場から寮へと帰る。
トレーニングといっても、相変わらず大した運動はできないが。筋肉は１日して成らず。地道なトレーニングが大事なのである。
寮に帰って、軽くシャワーでも浴びようかと思っていると。長身でたれ目の優男が、腕を組んで立っていた。見知った顔である。
「あら？ クローディス。ごきげんよう」
私は、挨拶した。男の名前は、クローディス・クロード。私の婚約者だ。一昨日も会ったばかりだが。
「最近、随分と熱心じゃないか。君が体を鍛えるなんてね。何のつもりだい？」
クローディスは、面白くなさそうな顔で私に言った。私は、微笑んで返事を返す。
「おほほほ。ただ健康のために運動しているだけですわ。それより何かご用でして？」
「ああ。ちょっと話がある。昨日の昼、食堂でニルヴァーナ家の娘に暴力を振るったそうじゃないか？」
「ん？ ああ、ニーナ・ニルなんとかという女。暴力だなんてとんでもない。ちょっとスキンシップを交わしただけですわ」
私がとぼけて答えると、クローディスは強い視線を向けてくる。
「君のスキンシップっていうのは、平手で殴って蹴り飛ばすことを言うのかい？ いいか！？ 相手のニルヴァーナ家は、俺たちの家より格下だ。それはいい。しかし、問題は、ニーナの婚約者の家だ。あいつの婚約者は、ギュルネス家の長男。ギュスターヴ・ギュルネスだぞ！ 俺たちの家と同格の名門貴族の家だ！」
クローディスは、焦っているのか怒っているのか私に詰め寄ってくる。
「私が殴ったのは、ニーナ・ニルなんとかという女でしてよ？ どうして、その婚約者が関係あるのかしら？」
「分からないのか！？ ギュスターヴにとって、自分の婚約者が殴られたっていうことは、自分が侮辱されているのと同じことなんだよ。やつは怒り狂っている。すぐに謝罪するんだ！ そうすれば、まだ許してもらえるだろう」
私は「ふん！」と鼻を鳴らしてから答えた。
「謝罪する？ ご冗談を。お断りいたしますわ！」
「何でだよ！？ ちょっと頭を下げるだけだろう。君は暴力を振るったんだぞ？」
「あら？ 悪いのは相手の方でしてよ。あの女は、わたくしの友人を侮辱いたしましたの。決して許せませんわ」
それを聞いて、クローディスは「はぁー！」と長いため息をついた。そして、真剣な表情で私に言う。
「その友人っていうのは、あの庶民の娘。フローラ・フローズンのことか？ どうして彼女をかばう？ 貴族でもない庶民の娘だぞ？」
「家柄は関係なくてよ。庶民の娘だろうと、わたくしの友人に変わりありませんわ」
私がそう言うと、クローディスは頭をボリボリと掻いた。それから、しばらく間を置いて言う。
「君は変わったな…… ジェシカ。まるで別人のようだ。以前の君なら、友達が侮辱されたからって怒る人間じゃなかった。いや、そもそも庶民の娘を友達だなんて絶対に言わなかった」
「うふふふ。クローディス。ご存じないかしら？ 女はね、突然変わるものですわよ」
「……とりあえず、ニーナの婚約者ギュスターヴの方は俺が説得してみる。君は、大人しくしているんだ！ 余計な面倒を起こさないように！」
今度は、私の方が「はぁー！」と長いため息をついた。
「情けないですわ！ クローディス。わたくしの婚約者なら、わたくしのことは自分が絶対に守る！くらいのことが言えませんの？ それでも男の子かしら？」
「うるさい！ 相手はチンピラじゃない。俺たちと同じ名門貴族なんだよ！ 色々と面倒なんだ。こじれれば家同士の争いになりかねない。君は、もっと慎重に行動するべきだぞ！ ジェシカ！」
そう言うと、クローディスは早足で去って行った。彼の後ろ姿を見ながら私はボソッとつぶやいた。
「本当…… 情けない男ですわ」
クローディスは、彼なりに私のことを心配しているのだろうか。いや、あの男は自分の心配をしているだけだ。大事なのは、自分と自分の家の面子だけだ。つまらない男だ。
今の私にとって、魅力的な男とは。プロレスラーのように、たくましい戦う男である。あんな男とは、今すぐにでも婚約破棄したいくらいだ。
だが、この魔法学園にたくましいプロレスラーのような男などそうそういない。あんな男でもまだマシな方である。
「さあ、無駄な時間を過ごしましたわ。早く帰ってシャワーを浴びましょう」
私は、寮へと足早に戻った。
そして、その日も午前中は座学を終えて昼休みの時間がやって来る。
「さあ、お昼ですわ！ キャシー！ ロッテ！ フローラ！ 食堂に行きますわよ！ 今日も肉を食べますわよ！ 肉を！」
キャシーとロッテ、そしてフローラを引き連れて昨日と同じ食堂に向かう。彼女たちは、少し嫌そうな顔をしていたが。無理矢理連れて行った。
そして、また皿に１キロ以上の山盛りの肉料理を盛る。
「さあ、今日も食べますわよ！」
思う存分、肉を喰らおうとする。その時だった……
「お食事中に失礼…… ジェシカ・ジェルロードというのは、君のことかな？ そこのお嬢さん」
背後から突然、声をかけられた。振り向くと童顔の美少年が立っている。銀髪の美少年だ。身長は170センチくらいだろうか。
「ジェシカ・ジェルロードは、わたくしですけど。何のご用かしら？」
「僕の名前は、ギュスターヴ。ギュスターヴ・ギュルネスだ。食事の邪魔をして悪いけど、君にちょっと話があるんだ。ジェシカさん」
ギュスターヴ？ 聞いたことがある名前だ。
