第6話 肉ですわ! 肉を食べるのですわ!
それから、地道なトレーニングをして休日は終わった。また、いつのもの日常が戻って来る。
午前中の座学を終えて、昼休みの時間になった。
「ジェシカお姉さま! 食堂に参りましょう。お腹がペコペコですわ」
いつものように、キャシーとロッテが私の元に寄ってくる。私は、立ち上がって目を開いた。
「肉ですわ! 肉を食べますわよ! 行きますわよ。キャシー! ロッテ!」
プロレスラーたるもの食事もトレーニングのひとつである。強靭な肉体を作るためには、肉をモリモリ食べなくてはならない。できれば、プロテインも欲しいところだが。この世界には存在しないようだ。
キャシーとロッテを引き連れて教室を出ようとすると、教室の隅でポツンと1人で佇んでいるフローラの姿が目に入った。
私は、向きを変えてフローラの方にツカツカと歩み寄った。
「フローラさん。そんなところで何をなさっているの? お昼の時間でしてよ?」
「あ、ジェシカ様…… いいんです。私にかまわずどうぞ…… 行ってください」
私は「ふぅ」と軽いため息をついた。庶民の娘である彼女は、まだこの学園に馴染めずにいた。お昼も1人でこっそり食事をしているようだ。
少しうつむいているフローラに、私は言った。
「フローラさん! あなたも一緒にいらっしゃい! 肉を食べますわよ! 肉を!」
「えッ!? でも…… 私なんかが一緒だと、みなさんのご迷惑になります」
そう言うフローラの腕を私は強引に掴んだ。
「遠慮は無用ですわ! 先日、言いましたわよね? わたくしたちは、もう友達だと。さあ、行きますわよ!」
彼女にウィンクすると、そのまま強引に連れて行ったのである。
この魔法学園には、食堂が5つほどある。値段や料理の内容が、それぞれ異なっていた。
私たちが訪れたのは、学園の中で一番高級な食堂だった。貴族の中でもさらに身分の高い者たちが集まる場所である。
まあ、我がジェルロード家は名門貴族のなので遠慮する必要はない。
この食堂は、バイキング形式で好きなものを好きなだけ食べられる上に、一流のシェフが作っているから味も良いのだ。
「さあ、肉ですわ! みなさん。肉を食べますわよ!」
「ジェシカお姉さま…… さっきから肉のことばっかり……」
肉を食べるために張り切る私を見て、キャシーとロッテは少し呆れている様子だった。
「ジェシカお姉さま。私たちが料理を取ってきますので、フローラさんと先に席にかけてお待ちください」
キャシーが、私に席で待っているように促す。自分で取りに行きたいところだが、まあ仕方ない。ここは彼女たちに任せるとしよう。
「キャシー! よろしくって? 肉をたくさん取ってくるのですよ! 肉を!」
「分かりましたわ。ジェシカお姉さま。それでは……」
キャシーとロッテは、料理を取るために去って行った。私とフローラは、空いている席に座り彼女たちを待つことにした。
フローラは、落ち着かない様子でキョロキョロしている。
「あら? ここは居心地が悪いかしら? フローラさん」
「え? え、ええ。ここは名門の貴族の方々が集まる場所。私みたいな身分の者には…… ちょっと」
まあ、彼女がそう思うのも無理はない。彼女は、名門どころか貴族ですらない。庶民の中でも貧しい農家の娘である。光属性の魔法の才能が無ければ、この学園にいることすらできないのだ。
「気にすることはありませんわ。どんなに身分が高くても所詮は貴族。あなたは、このわたくしを殴り倒したのです。自信を持ちなさい! フローラさん!」
悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』の記憶が覚醒した私にとって、身分の高さなど何の価値も無かった。今の私にとって唯一の価値は『強さ』。それも相手に直接、暴力を振るう腕力の強さのみである。
貴族よりゴリラの方がよっぽど高貴な存在だ。
「ふッ…… ふふふふ」
私の話を聞いて、フローラはなぜか突然笑い出した。そして、私の目を見る。
「ジェシカ様は、面白いお方ですわ…… ふふふふ」
「フローラさん。そのジェシカ『様』というのは、そろそろやめてくださる? わたくしたちは友達でしょう? 様をつけられては、何だかこそばゆいわ」
「えッ!? じゃ、じゃあ…… ジェシカさん…… とお呼びしてもよろしいのですか?」
フローラは、少し困った顔になる。私は、にこやかな顔で言った。
「ジェシカと呼び捨てでもよろしくてよ? わたくしもフローラと呼ばせてもらうわ」
「よ、呼び捨ては無理です! それはダメです! ……ジェシカさん」
心配そうに私の顔を見るフローラに、私は微笑んで答えた。少しの間だが、彼女と話して距離がだいぶ縮まったような気がする。
「ジェシカお姉さま! お待たせしましたわ!」
ようやくキャシーとロッテが戻って来た。料理が盛りつけられた皿をテーブルに並べだす。しかし、並べられた料理を見て私は眉間にしわを寄せた。
ドレッシングのかかったサラダ。パンとバター。色とりどりのフルーツ。そして、肝心の肉は…… ローストビーフが数切れ程度である。
私は、立ち上がって叫ぶ。
「何ですの!? これは! 肉が…… 肉が全然足りませんわ!」
「も、申し訳ありません! ジェシカお姉さま! ……ローストビーフはお嫌いでしたか?」
ビクッとなって上目遣いで私を見るキャシーとロッテ。私は、数切れローストビーフを指さして言った。
「好きとか嫌いではなく、量の問題ですわ! これしきの量ではまったく足りませんわ!」
キャシーとロッテは、顔を見合わせて首をひねる。彼女たちにとっては、充分な量を持って来たつもりなのだろう。これだから、お嬢様は!
「もういいですわ! 自分で取りに行きますわ! あなたたちは先に食べていなさい!」
これ以上、彼女たちに言っても無駄だ。私は、肉を求めて自ら料理を取りに行くことにした。