第23話 ファイトクラブ! ですわ!
「舐めるなよッ! ジェシカ・ジェルロード! シュッ!」
「舐めてませんわ! シュッ!」
女暗殺者は、素早く右のハイキックを放つ。それと同時に、私も右のハイキックを繰り出した。蹴り脚が交錯する。威力は、ほぼ同等だった。
「まだまだ…… くらえッ! シュッ!」
相手は、続けざまに左のミドルキックを放つ。先ほどと同じコンビネーションだ。これは避けられない。私は腕でガードして受け止めた。
「これでどうだッ!? シュッ!」
相手の勢いは止まらない。今度は、右のローキック。こちらの足元を狙って繰り出してくる。
「甘いですわ!」
私は、ジャンプしてローキックを避けると同時に、体を空中で回転させて後ろ回し蹴りを相手の腹部めがけて繰り出した。これは、プロレスでよく使われる打撃技だ。その名も……
「ローリング・ソバットですわ!」
「ぐぅッ!!」
相手は、咄嗟にガードしたものの威力を殺し切れていない。たまらず後ろへ後ずさった。
「今度は、こっちの番ですわ!」
後ろへ下がった相手に、助走をつけて駆け寄る。そして、飛び蹴りを放った。
「くッ! そんな大技、当たるものか!」
女暗殺者は、またもやガードして受け止める。私は着地と同時に、連続して蹴りを放つ。だが、相手はそれもガードする。
「おのれぇッ! ジェシカ・ジェルロードォォォッ!」
「ふッ! 負けませんわよ!」
こうして、一進一退の蹴り合いが始まった。仮面で素顔は見えないが、女暗殺者からは怒りと焦りが見て取れた。自分と互角の立ち技を持つ私に、業を煮やしているのだろう。
私の本職はプロレスだ。投げ技や関節技が主体となっている。しかし、私のいた現代プロレスでは打撃技を使うプロレスラーも多くいた。その対策として、立ち技も強化しているのである。
自分で言うのもなんだが、私の運動神経は常人離れしている。もし、プロレスでなくキックボクシングをしていたとしてもチャンピオンになれるほどの実力はあった。
仮面の女暗殺者と戦い始めて、既に5分以上経過していた。まだ、お互いにクリーンヒットは無いまま戦いは続いている。相手も焦っているのか、徐々に技のモーションが大きくなってきた。私の狙い通りである。
しかし、こっちも余裕のある状況ではない。何とか互角に打ち合ってはいるものの。やはり、本職はプロレスラーだ。長時間の打撃の応酬は、体力が削られる。ましてや、このジェシカ・ジェルロードの肉体では、多少は鍛えているとはいえ圧倒的に体力が足りない。
「はぁはぁ……! どうした? ジェシカ・ジェルロード! 疲れが見えるぞ!」
「はぁはぁ……! そちらこそですわ! 動きが鈍くなっていましてよ!」
お互いに体力は限界に近づいていた。どちらかの動きが止まった時点で決着はつくだろう。戦いは、まさに佳境を迎えつつあった。そんな時だった。
突然、理事長室のドアが開いた。
「誰かいるのかッ!? おいッ! そこで何をしている!?」
ドアを開けて中に入って来たのは、超イケメンの生徒会長。キース・エヴィンだった。
そういえば、生徒会室は理事長室の近くにある。たまたま、通りかかったのだろうか。異常を察知して入って来たのだろう。
「ちッ! 邪魔が入ったか…… 勝負はお預けだ。ジェシカ・ジェルロード! その首。洗って待っておけ!」
「あッ! お待ちなさいッ!」
仮面の女暗殺者は、私に背を向けると窓の方へと走って行く。そして、窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。
「ちょっと! ここ四階ですわよ!?」
私も急いで窓の方に駆け寄る。さすがに、校舎の四階から飛び降りるのは無謀だ。窓の外を見る。
信じられないことに、女暗殺者は上手いこと地面に着地していた。そして、走り去って暗闇へと消えて行った。10メートル以上の高さはあるだろう。それを飛び降りて無事とは、恐ろしい身体能力だ。
「おいッ! 動くなッ! ……君は!? ジェシカさんか!? 何故ここに……」
生徒会長のキースは、私のことに気づいたようだった。私は、振り向いてニッコリと笑う。
「あら? 生徒会長。ごきげんよう」
「ここで何をしているんだ? ジェシカさん。それに、今窓から逃げたのは……?」
さすがに、聡明な生徒会長のキースも事態が飲み込めていない。私は、彼に説明した。
「泥棒ですわ! わたくし、たまたま理事長室の前を通りかかりましたの。そしたら、中から物音がいたしましたの。中に入ると泥棒と思われる人影が…… 捕まえようといたしましたけど、取り逃してしまいましたわ」
理事長室の前をたまたま通りかかったというのは、もちろん嘘である。宵闇のマントを返すために侵入したからだ。それに、逃げたのは泥棒ではない。私の命を狙ってきた殺し屋だ。
だが、それを公にすれば大きな騒ぎにになる。私は、適当に誤魔化して答えたのだ。
「……しかし、ここは校舎の四階だぞ。窓から飛び降りて逃げていくなど、普通の盗賊とは思えないが……」
キースは、窓の外を見ながら明らかに不審がっていた。しかし、真剣な眼差しで私の方を向く。
「とりあえず、僕は学園の守衛に連絡してくる。ジェシカさん。君は、寮に戻っていてくれ。詳しい事情は、また明日にでも聞かせてもらおう。では!」
「分かりましたわ」
キースは、急いで走り去って行った。守衛室に向かったのだろう。私は、ホッと安堵のため息をつく。とりあえずは誤魔化せたようだ。
「しかし…… いったい何者ですの? あの女暗殺者は……」
私は、割れた窓の外を眺めた。相手は、明らかに私の命を狙ってきていた。私に闇属性の魔力があるから?
いずれにしても、今後は身の回りに気をつけた方が良さそうだ。そう思いながら、私は寮の自室に戻ることにした。