第20話 わたくし参上ですわ!
※ エピソードの前半は、前回に引き続きフローラ視点の三人称ですが。
途中からジェシカ視点の一人称に変わります。ご注意ください。
状況をどうすることもできず、時間だけがただ過ぎていく。フローラは焦っていた。自分が何とかしなければと。しかし、どうすることもできない。焦りはやがて絶望へと変わっていく。そんな時だった……
ガチャ! ギィィィィー
入口のドアが開いた。ニーナと不良貴族のリーダーの男が慌てて振り向く。しかし、そこには誰もいなかった。ドアはひとりでに開いたようだった。
「何ですの?」
ニーナは、不審そうな目を入口に向ける。不良貴族のリーダーの男は、落ち着いた声で言った。
「ああ。古い建物だからな。建付けが悪くなってるんだろう」
確かにフローラたちが監禁されているこの家は、古い建物だった。元は貴族の別荘と思われる立派な家だが。あちこちに痛んでいる部分が見受けられる。
しかし、今のドアの開き方にフローラは違和感を感じた。ノブが回ったように見えたのだ。誰もいないはずなのに。
「ったく。しょうがねえな……」
不良貴族のリーダーの男が入口のドアへ向かって歩く。ドアを閉めようと思ったのだろうか。しかし、その時だった。
「ぐわッ!?」
不良貴族の男は、大きく後ろへのけぞった。まるで、透明な何かに殴られたかのように。
ドカッ! バキッ!
その後も不良貴族のリーダーの男は、誰かに殴られたかのような動きを2,3回すると床に倒れた。どうやら気絶してしまったようだ。
「な、な…… いったい何事ですの!?」
これには、ニーナも驚いたように叫ぶ。
すると、不良貴族のリーダーの男が倒れている場所に、パッと人間が現れる。まるで大掛かりな手品のように。それは、黒いマントを羽織った女性の姿だった。煙のように一瞬で現れたのだった。
「お待たせですわ! ジェシカ・ジェルロード! 約束どおり1人で参上いたしましてよ!」
聞き馴れた凛としたよく通る声。間違いなくジェシカ本人だ。フローラとロッテは、思わず声を漏らす。
「ジェシカさん……!!」
「ジェシカお姉さま!!」
その声に、ジェシカは反応すると優しい声で言った。
「フローラ! ロッテ! 大丈夫? 怪我はなくて?」
フローラとロッテは、思わず涙ぐむ。ジェシカが助けに来てくれたのだ。
ニーナは、慌てて大きな声を上げた。
「敵襲よッ! ジェシカ・ジェルロードが来ましたわ! 誰か!? 早く来なさい!」
他の部屋にいる不良貴族の男たちを呼ぼうとしているのだろう。しかし、誰も現れる様子はない。ジェシカはニーナに冷たい視線を向けた。
「やはり、あなたの仕業でしたのね。ニーナ・ニルヴァーナ! 叫んでも無駄ですわ。他の男たちは、みんな仲良くお寝んねしていますわ」
「ぐッ! ジェシカ…… ジェシカ・ジェルロードォォォ!」
ニーナは怒りと悔しさで引きつった顔をしている。
「さあ、観念なさい! ニーナ・ニルヴァーナ! あなたの負けですわ!」
ジェシカは、ビシっとニーナを指さして言った。
☆ ☆ ☆
時間は一時間ほど前にさかのぼる。
キャシーから、フローラとロッテが捕らえられた話を聞いて、すぐに私は助けに向かおうとした。しかし、相手は不良貴族の男たちが10人以上。すぐに冷静になって立ち止まる。
10人以上の男に1人で立ち向かってもさすがに勝ち目は無い。だが、すぐに良いことを思いついたのだ。
「そうですわ! アレがありますわ!」
今日は、休日で学園にはほとんど人がいない。生徒だけでなく教師もだ。目的の物は、理事長室にあった。
「まったく、この学園のセキュリティーは甘いですわね!」
私は、難なく理事長室に忍び込むとある物を手に入れた。それは、私にだけ使用できる闇属性の魔道具。そう『宵闇のマント』である。
大変、貴重な魔道具らしいので、無断で持ち出したことがバレるとヤバいのだが。今は、そうも言ってられない。後でちゃんと返せば問題なしだ。
そして、私はそのままフローラとロッテが捕らえられている郊外の空き家に向かった。
宵闇のマントの力を発動させて姿を消す。透明人間になった私は、見張りの男たちを殴って気絶させた。そして、家の中に侵入する。
別室にいた男たちも透明になった私には一切気づかなかった。背後から頭部を殴りつけて、次々と気絶させていった。
そして、ついにフローラとロッテが監禁されている部屋にたどり着いたのだった。
「さあ、ニーナ・ニルヴァーナ! 観念なさい! 大人しく降伏すれば、痛い目に会わずに済みましてよ!」
私は、勝ち誇った顔でニーナ・ニルヴァーナを見る。ニーナ・ニルヴァーナは、怒りで肩を震わせていた。
「ぐぐ……! ジェシカ・ジェルロードォォォ! お前だけは! お前だけは、絶対に許さないッ!」
ニーナは、懐から短剣を取り出して鞘から抜いた。金属の刃がキラリと光る。
「無駄な抵抗はおやめなさい! あなたでは、わたくしに勝ち目はなくてよ!」
「うるさいッ! ジェシカ・ジェルロードォォォッ! 私は、お前のせいで何もかも失った! ギュスターヴ様との婚約を破棄されて、何もかも失ったんだ! もう何も怖いものなんてあるものかッ!」
ニーナは、興奮している。私に向かって短剣の刃を向けてくる。婚約破棄されたのは私のせいでは無いと思うのだが。今の彼女に何を言っても無駄だろう。
「死ねぇええええッ! ジェシカ・ジェルロードォォォッ!」
ニーナは、短剣をかまえて突っ込んできた。後ろにいるフローラとロッテが悲痛な声を上げる。
「ジェシカさん! 危ないッ!」
「ジェシカお姉さまッ!」
短剣を持って突っ込んでくるニーナは、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。