第2話 悪役(レスラー)令嬢 VS 聖女ヒロイン
「勝負って…… な、何で私とジェシカ様が勝負なんてしないといけないのですか!?」
狼狽えた様子のフローラ。だが、私はかまわずに話を続ける。
「決まってますわ! フローラさん。わたくし、あなたのことが気に入りませんの。光属性の魔法がちょっと使えるからといって、庶民の分際で目の前をウロウロされるのは目障りですわ! だから、わたくしと勝負なさい! 身の程を思い知らせて差し上げますわ!」
丁寧なお嬢様言葉だが、中身は完全なヘイトスピーチ。この直球の悪口には、さすがのフローラもムッときたのだろう。私を睨み返してくる。
「わ、私だって…… 好きでここにいるわけじゃ…… みんなと身分が違う事だって分かってるし…… でも……」
フローラは、目に涙をためている。泣くのを必死にこらえている。彼女が、この魔法学園にいるのは彼女なりの理由があるのだろう。
「だったら戦いなさい! フローラ! わたくしと勝負して、自分の場所を勝ち取ってみなさい! じゃないと、あなたは一生かわいそうな庶民の娘として過ごすことになるわ! それでもよろしくて?」
「分かりました…… ジェシカ様。私、あなたと勝負します!」
ようやく、私の挑発に彼女は乗ってきた。フローラは、私との勝負を受けたのである。
そして、放課後――――
ここ魔法学園は、あらゆる施設がある。そして、私たちが今いるのは決闘場だった。円形のホールには、中央に円形の舞台がある。そして、それを囲むように観客席が並んでいる。
「ジェシカお姉さまーッ! ファイトォーッ!」
観客席から声援を送ってくるのは、私の子分キャシーとロッテの2人だ。他にも多くの生徒が観客席に集まっていた。
私とフローラは、動きやすい体操服に着替えていた。半袖、短パンの女子用体操服だ。腕や膝を伸ばして、軽い準備運動をする。
中央に審判となる女子生徒が立っている。彼女は、観客席に向かって大きな声を上げた。
「それではー! ただいまよりー! ジェシカ・ジェルロード対フローラ・フローズン! 60分1本勝負を始めますー! ファイッ!」
審判の合図とともにゴングが鳴らされた。「カーンッ!」と響くゴングの音に、私の中の悪役レスラーの血が騒いでいる。
そう、私は貴族の令嬢ジェシカ・ジェルロードであり。日本の悪役レスラー、ザ・グレート夜叉その人でもある。私の半分、いやそれ以上はレスラーなのだ。
「フローラさん。正々堂々と戦いましょう!」
私は、フローラに握手を求めた。拳を交える前に、まずシェイクハンド。スポーツマンシップというやつだ。
「はい! ジェシカ様……」
フローラは、何の疑いもせずに私の出した手を握り返してくる。甘い。蜂蜜のように甘い子ね。
「馬鹿ね! 勝負はもう始まってますのよ! ブゥゥゥーッ!!!!」
私は、口から緑色の液体を霧状に吹き出した。それは、フローラの顔面に目つぶしのように吹きかかる。
これは、私が悪役レスラーだった時の得意技。その名も毒霧である。だが、安心して欲しい。毒霧という名前だが、実際には毒は含まれていない。単なる目つぶしである。
「きゃあッ!」
可愛らしい叫び声を上げて、フローラは両手で目を押さえる。うまく視力を奪えたようだ。
「いきますわよーッ! シャーッ! ンナロォーッ!(訳:この野郎)」
私は、右腕のラリアットをフローラの顔に叩きつけた。彼女は「きゃあッ!」と悲鳴を上げて地面に倒れる。
「まだまだーッ! シャーッ! ンナロォーッ! シャーッ! ンナロォーッ!」
倒れたフローラの顔面にサッカーボールキック! サッカーボールキック! キック2連発!
「ッしゃー! どうだー!?」
私は、興奮気味に両手を上げて観客席にアピールする。プロレスラーたるもの観客へのアピールは、いついかなる時も忘れてはならない。
しかし、観客席は「シーン」と静まり返っていた。観客のほとんどは、同学年の女子生徒である。ドン引きの表情をしている。
「ジェシカお姉さま…… 卑怯ですわ……」
私の子分のキャシーとロッテですら、冷めた目で私を見ている。
当初、観客のほとんどは私と同じ。フローラのことをいけ好かない庶民の娘だと思っていた。光属性の魔法の才能があるだけで、身分に相応しくない魔法学園に転入してきた。いけ好かない女。
だから、キャシーとロッテだけでなく、観客のほとんどは自分と同じ貴族の令嬢である私の方に声援を送っていたのだ。
それがどうだろう?
握手を求めてからの毒霧による目つぶし。からのラリアット。からのサッカーボールキック2連発。
まさに、悪役レスラー定番コンボともいえる私の連続技を見て、観客たちは引いていた。「何て卑怯な……」という蔑んだ目で私を見ている。
「くくく…… たまりませんわ。悪役レスラー冥利につきましてよ!」
だが、その冷たい目線が私はむしろ心地よい。ここはホームではない! 敵地なのだ! 悪役レスラーは、いかなる時もアウェイで戦わねば。
「いつまで寝ている気ですの? 勝負は、まだまだこれからでしてよ? フローラさん!」
私は、地面に寝ているフローラの髪を引っ張って強引に立たせた。フローラは、髪を引っ張られて「痛い! 痛い!」と喚いている。
そう。これで終わらせるのは勿体ない。せっかくの勝負だ。もっと楽しんでもらわねば。