第18話 ナイスアイディア! ですわ!
次の休日――――
私は、朝から張り切って運動場に出る。外は晴れていて絶好のトレーニング日和だ。
ギュスターヴやクローディスのデートの誘いも断り。キャシーたちのショッピングの誘いも断った。思う存分、トレーニングに打ち込むために。
しかし、めずらしく運動場には先客がいた。超絶イケメンの男が1人ランニングをしている。
この魔法学園の生徒は、貴族ばかり。休日となれば、我先にと街へ遊びに繰り出すのだ。運動場でトレーニングをするなんて物好きは、私だけだと思っていたが……
ランニングをしている男子生徒は、生徒会長のキース・エヴィンだ。前に会ったことがある。向こうも私を見つけたのか、こちらの方に駆け寄って来た。
「やあ。いつかのお姫様…… じゃなかった。ジェシカさんだね。こんな所でどうしたの?」
キースは、爽やかな汗を首に巻いたタオルで拭きながら話しかけてくる。
「生徒会長こそ、いかがなされたの? せっかくの休日なのに、こんな所で走っていて」
「ははは。たまには体を鍛えないと、なまってしまうからね。今日は、これから生徒会の仕事があってね。その前に軽く汗を流していたところさ」
私が、質問に対して逆に質問したのに、キースは爽やかに答えた。休日なのに生徒会の仕事とは。生徒会長というのは忙しいようだ。
「わたくしもこれから汗を流すところですわ。今日は、1日トレーニングをいたしますの」
私がそう言うと、キースは一瞬目を丸くするが、すぐに元の爽やかな笑顔に戻る。
「そうかい。それは、けっこう。ご一緒したいところだけど、僕はもう行かないと。副会長のエミリアがうるさいからね。では、失礼」
キースは、そう言って去って行った。広い運動場に私1人が取り残される。
「さて、始めますわよ」
まず、念入りにストレッチをする。トレーニングで怪我をしたら元も子もない。トレーニング前の柔軟体操は必須なのだ。
それから、運動場をランニングする。走って体力をつけるのは基本中の基本だ。つい数週間前は、1キロも走れないほどの軟弱な体だったが、今では10キロも余裕で走れる。
腕立て伏せも100回以上できるようになった。今の私は、もう貧弱なお嬢様ではない。かなり運動ができるタイプの女の子レベルになっている。
だが、私が目指しているのはその程度ではない。目指すは世界一の女子プロレスラーなのだ。もちろん悪役の。
まあ、この世界にはプロレス自体が存在しないので。まず、プロレスを世に広めないといけないのだが。
しかし、今は体を鍛えるのが何より先である。プロレスラーと呼ばれるに相応しい肉体に仕上げなければならない。
お昼は、お弁当を食べてしばらく休憩する。オーバーワークにならないよう適度に休憩を挟み、水分を取ることも大切だ。
筋肉は1日にして成らず。プロレスラーの仕事は、試合でアピールすることも大事だが。日頃のトレーニングが何よりも大事なのだ。
グレート夜叉としての現役時代も私は1日たりともトレーニングを欠かしたことはなかった。試合で良いパフォーマンスを維持するためには、日々のトレーニングが重要なのだ。
休憩が終わり、午後のトレーニングを開始しようと思った時だった。運動場に誰かがやって来る。お出かけ用のドレスを着ているが、見覚えのある女子生徒だった。
「はぁはぁ! ジェシカお姉さま! よかった…… こんな所にいらしたんですね!」
駆け寄って来た女子生徒は、私の友人のキャシーだ。今日は、ロッテとフローラと一緒に街に買い物に出かけていたはず。フローラの服を選ぶとか言っていたはずだが。
「どうしたんですの? キャシー。フローラたちとショッピングに出かけていたのではなくて?」
「そ、それが! 大変なんです! お姉さま! ロッテとフローラが知らない男たちに連れて行かれたんです!」
「何ですって!?」
私は、思わず耳を疑った。事実だとすれば、大変な事態である。キャシーの話を落ち着いて聞くことにした。
「街を歩いている時に突然、不良貴族みたいな男たちに囲まれて…… 私、恐くって…… 男たちは、ロッテとフローラを連れて行って。私には、こう言ったんです。学園に戻ってジェシカお姉さまに伝えろって……」
「わたくしに?」
「ロッテとフローラを返してほしかったら、ジェシカお姉さまが1人で来いって……」
キャシーは、泣きながら話した。ロッテとフローラをさらった不良貴族の男たち。先日、ギュスターヴから聞いていた。
ギュスターヴの元婚約者ニーナ・ニルヴァーナ。彼女が、不良貴族とつるんで私とフローラを狙っているという話だ。フローラに伝えるのは忘れていたが。
もし、そうだとしたら。フローラたちの身が危険である。
「場所はどこですの!? すぐに助けに行きますわ!」
私は、すぐに向かおうとするが。キャシーが引き止めた。
「だ、ダメです! お姉さま! 向こうは男が10人くらいいるんです! いくらお姉さまでも1人で行っては勝ち目がありませんわ!」
「しかし……」
男が10人以上か…… 前世のグレート夜叉の肉体なら、どうとでもなっただろう。しかし、今は貴族のお嬢様ジェシカ・ジェルロードの肉体だ。
多少鍛えているとはいえ、10人以上の男たちとまともに戦って勝ち目は無い。
誰かに助けを求めるべきだろうか? しかし、向こうは私1人で来るように指定している。助けを呼べば、フローラたちの身に危険が及ぶかもしれない。
「いったい、どうすれば…… ん? そうですわッ!!」
その時だった。私は、あることを閃いた。悪役プロレスラーならではのクールでデンジャラスなナイスアイディアである。