第17話 ショッピングはお断り! ですわ!
「わかりましたわ。やってみますわ」
私が立ち上がると、執事が宵闇のマントを羽織らせてくれた。首の所に、小さな宝石みたいなボタンがある。ここに魔力を注入するみたいだ。
私は、深く深呼吸すると精神を集中させた。闇属性の魔力の素質があると分かったのは、ついこの間のことだ。前回の魔力測定と同じように、特に意識せずに魔力を注入してみた。
すると……
自分の手足。末端の方から、徐々に消えていく。自分の手足が無くなった訳ではない。目に見えない透明になっていくのが分かった。そして、ついに全身が透明になって見えなくった。
「まあ! なんてこと! まさか、本当に! 闇属性の魔術がッ!!」
理事長が驚きの声を上げた。さっきまで品があって落ち着いた様子だったのに、今は興奮気味である。
私自身も驚いていた。自分が透明人間みたいになったのだ。魔力より筋力に興味がある今の私ですら、この状況はちょっと面白いと感じた。
執事の男性が、私の方に鏡を向けた。そこに本来映っている私の姿はなく、背景が映っている。
「もういいわ。けっこうよ。ジェシカ・ジェルロード」
いまだ興奮冷めやらぬ声で理事長が言った。私は、宵闇のマントを外す。すると、透明だった私の体は元通りに見えるようになった。
理事長に促されて再びソファーに座った。執事に宵闇のマントを返す。理事長は震える手でカタカタとカップを揺らしながら紅茶を飲んだ。
「これで、はっきりしたわ。ジェシカ・ジェルロード。あなたの闇属性の魔力は本物よ…… これは、国王様に報告しないといけない案件だわ」
前回の魔力測定は、間違いではなかったのだ。私に闇属性の魔力があることが、はっきりと証明された。国のトップにまで報告されるとは、それほど重大なことなのだろう。
理事長は、私の目を真っすぐに見る。
「学園の生徒には、あなたに闇属性の魔力があることは伏せておきます。前回の魔力測定は、測定器の誤作動だと伝えます。いいですか? あなたに闇属性の魔力があることは、くれぐれも内密にしてください」
「分かりましたわ」
なぜ、他の生徒に秘密にするのかは分からないが。余計な注目を集めるのは、私も本意ではない。素直に従うことにした。
「ご苦労様でした。ジェシカ・ジェルロード。あなたの処遇に関しては、また追って伝えます。今日は、もう戻っていいわ」
「分かりましたわ。理事長。それでは、失礼いたします」
私は、理事長室を出る。
改めて自分の手足を見る。さっきの透明になる瞬間、ちょっと楽しかった。自分の姿が透明になるのだ。プロレスの演出に何か活かせないだろうか? そんなことを考えていた。
「いや、そんなことより筋肉ですわ! 筋肉をつけないと!」
私は、首を横に振って自分に言い聞かせる。自室に戻ってトレーニングすることにした。
次の日の午後――――
「ジェシカお姉さま! 次の休日なんですけど。一緒にショッピングに行きませんか?」
いつものように妹分のキャシーが楽しそうに話しかけてくる。
「ショッピング…… ですの?」
悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』の記憶が戻った今の私にとって、ショッピングほど興味のないものはない。
特に女のショッピングは苦手だ。特に買いたい物がある訳でも無く、店の中を長時間ウロウロするのだ。そんなものにつき合わされるのは、真っ平ごめんである。
しかし、キャシーは話を続けた。
「フローラさんもご一緒しますのよ。今度、学園主催のパーティーがあるでしょう? あの子ったら、制服以外に着る服を持っていないんですのよ。だから、パーティーで着る服や小物などを一緒に選んであげるの。ぜひ、ジェシカお姉さまもご一緒に!」
「パーティー…… ですの?」
ショッピングの次に興味のない言葉が出た。貴族のパーティーと言えば、みんな無駄に着飾って踊ったりするあれだ。そんなイベントよりプロレスの試合でもした方が、よっぽど盛り上がるだろうに。
「残念ですわ。キャシー。今度の休みは、わたくし大事な用(筋力トレーニング)がありますの」
ショッピングやパーティーより、優先されべきはトレーニングである。私は、キャシーの誘いを断ることにした。
「まあ、それは残念ですわ。ジェシカお姉さまのセンスで服を選んでいただきたかったのですけど…… 分かりましたわ」
キャシーは残念そうな顔をしている。ギュスターヴやクローディスの誘いを断るより、若干後ろめたいものはあった。だが、今の私のセンスで服を選ぶととんでもないことになりそうな気もした。
「ごめんなさいね。フローラにも、よろしく伝えておいてちょうだい」
そう、キャシーに言った時。私の頭の中を何かが過る。
フローラといえば、彼女に何か他に伝えないといけないことがあったような気がした。しかし、それが何なのか思い出せなかった。
「はい! ジェシカお姉さま。フローラさんに伝えておきます。今度は、一緒に遊んでくださいね」
キャシーは終始、楽しそうな表情を浮かべたまま去って行った。その後ろ姿を眺めたまま一抹の不安を感じる。
フローラに伝えないといけないこと。何か大事なことだったような気がするのだが……