第12話 サプライズ! ですわ!
「あなたの主人ギュスターヴ・ギュルネスは腰抜けですわ! 腑抜けですわ! 最低のダメ男ですわ! お前の母ちゃんデベソですわーッ!」
私は、ここぞとばかりにマリアを挑発する。私の言葉に、マリアは怒りで体を震わせていた。
「黙れッ! 黙れ黙れ黙れッ! これ以上、我が主ギュスターヴ様を愚弄することは許さない! その口が二度と聞けないようにしてやるッ! ジェシカ・ジェルロードォォォッ!」
叫びながらマリアは突撃してくる。怒りで我を忘れているようだ。私は、ニヤリと口元を緩ませた。
「かかりましたわね! 喰らえッ! 毒霧ですわ! ブゥゥゥーッ!」
突っ込んできたマリアの顔面に、私は緑色の液体を口から霧状に吹き出して浴びせた。
これは私の得意技。フローラ戦でも見せた毒霧殺法である。口の中に緑色の液体(実際に毒は入っていませんわ)が入った袋を仕込んでおり。それを歯で嚙み切って口から吹き出すのである。
「ぐッ!? 目が!?」
毒霧が目に入って、マリアは両目を押さえた。目つぶしの効果で隙だらけになっている。
「行きますわよッ!」
マリアの胸元に向かって逆水平チョップを放った。パシィーンッ!と破裂音が響く。
「そんなチョップが効くものかッ! ふんッ!」
マリアは、すぐに反撃のキックを繰り出した。しかし、目が見えていないため距離感がつかめていない。中途半端な蹴りになっている。私は、それを見逃さない。
マリアの右足を両腕でキャッチした。そして、左わきに挟んでかかとをホールドする。いわゆる、ヒールホールドの体勢に入った。
「行きますわよッ! 必殺ッ! ドラゴン・スクリューですわーッ!」
マリアのかかとをホールドしたまま、内側に体をきりもみ回転しながら倒れた。脚をつかまれたマリアは、その回転力によって必然的に同じ方向に回転しながら転倒する。
これは、ドラゴン・スクリューという技で。元は、別のプロレスラーの技である。レスリングの相手の脚をつかんでテイクダウンを取る技から着想を得ており。別名『飛竜竜巻投げ』とも呼ばれる技だ。
技を受けた相手は、受け身をとらなければ膝や靭帯を損傷する恐れのある大変危険な技である。(よい子は真似をしちゃダメですわ!)
「ぐああああーッ!」
マリアは倒れたまま痛みで絶叫している。
このドラゴン・スクリューは、いわゆるキックに対する『返し技』である。繋ぎの技である。しかし、私はこの技に改良を加えて必殺技にまで昇華させることに成功した。
「今ですわッ!」
倒れたマリアの両足を取り、関節技を決める。『足四の字固め』と呼ばれる関節技だ。
そう、このドラゴン・スクリューで相手を転倒させてからの足四の字固めこそ。現役時代、グレート夜叉である私の必勝パターンである。
「完璧に関節を極めましたわ! もう逃がさなくてよ!」
「くそッ! ぐぅぅぅーッ!」
苦痛に顔を歪めるマリア。ジタバタして技を外そうと試みるが、脚の関節はガッチリと極まっており抜け出せない。ギリギリと関節を締め上げられていく。
「さあ、わたくしの勝ちですわ! ギブアップなさい!」
「ぐぅぅぅぅぅーッ! だ、誰がギブアップなどするものかッ!」
私は、降伏するよう呼びかけるがマリアは耳を貸さない。
「このままだと関節を破壊して、二度と立てなくなりますわよ! 早くギブアップなさい!」
「ぐぅぅぅッ! 嫌だッ! ギュスターヴ様の名誉と私の誇りにかけて! 負けることは許されない! ギブアップするくらいなら死んだ方がマシだッ!」
「なんて強情な女ですの!?」
マリアは、頑なに負けを認めようとしない。かといって私も技を緩める訳にもいかない。このままでは、本当に膝の関節を破壊してしまう。そう思ったその時だった……
カンカンカンカンカン!
ゴングの音が連続して鳴り響く。審判の女子生徒が、私とマリアの間に割って入った。
「勝負ありだ! ジェシカ選手! 技を解きなさい!」
その声を聞いて、私は足四の字固めを解いた。見るとリングにタオルが投げ込まれている。相手側セコンドにいたギュスターヴが投げ込んだようだ。これは、マリアに代わってギュスターヴが負けを認めたという事だ。
「勝者! ジェシカ・ジェルロードォォォッ!」
立ち上がった私の手を審判が高々と挙げた。観客席から大きな歓声が上がった。
「勝ちましたわ……」
ジェシカ・ジェルロードとして初めての勝利である。(前回のフローラ戦は中断のため引き分けですわ)
マリアの方を見ると、ギュスターヴの肩を借りてヨロヨロと立ち上がっていた。目から涙を流している。
「……申し訳ありません! ギュスターヴ様…… ううッ!」
「気にするな。マリア。お前は立派に戦った。何も恥じる必要はない」
ギュスターヴは、負けたにも関わらず穏やかな顔でマリアに労いの言葉をかけている。意外な優しい一面を見せていた。
しばらくして、敗者であるマリアの代わりにギュスターヴが私の前に歩んできた。
「君の勝ちだ。ジェシカ・ジェルロード」
「当然ですわ!」
勝ち誇る私に対して、ギュスターヴは深々と頭を下げた。
「約束どおり謝罪する。僕の婚約者ニーナ・ニルヴァーナが君の友人たちを侮辱したことを心からお詫びする! 本当にすまなかった!」
「ふふん! 分かればよくってよ?」
ギュスターヴは、顔を上げると真剣な目で真っすぐ私の目を見た。
「僕、ギュスターヴ・ギュルネスは今回の不始末の責任を取る! 婚約者であるニーナ・ニルヴァーナとの婚約を破棄することをここに宣言する!」
「えッ!? 何ですって!?」
信じられない言葉がギュスターヴの口から飛び出た。私は目を丸くして驚く。さらに、ギュスターヴは観客席にも聞こえるような大きな声で言った。
「そして! ジェシカ・ジェルロード! 僕は君に婚約を申し込むッ! どうか、僕の婚約者となってくれ!!」
「なななな、何ですってッ!?」
さらに信じられない言葉が飛び出して、私は口をポカーンと開けた。