第11話 悪役プロレスラー令嬢 VS 美人メイド
「まずは、力比べですわ!」
私は、メイドのマリアに組みかかった。手と手を握り合い、がっぷりと組み合う。握力と握力、お互いの腕力が押し合う形となった。
プロレスラーたるもの力で相手をねじ伏せるのが何よりの誉れである。
しかし、私はプロレスラーの前世の記憶が蘇っただけで。中身は、ただの非力な貴族のお嬢様だ。
マリアは、余裕そうな笑みを浮かべた。
「その程度ですか? 所詮は、貴族のご令嬢ですね」
「ぐぐぐぐ…… ですわ!」
マリアの力に押されている。握力も腕力もマリアの方が上だった。さすが、ギュルネス家が決闘の代理に出すだけはある。普通の女ではない。かなりの腕力の持ち主だ。
マリアの力にどんどん押されて、私は地面に片膝をついた。このままでは地面に押し倒されてしまう。だが、私はあきらめない。
「何の! ですわ! 力で敵わないならば、わたくしには技がありましてよ!」
私は、マリアの顔面に頭をぶつける。私の頭突きを喰らって、マリアの手が緩んだ。
「今ですわ!」
マリアの手をふりほどき、逆水平チョップを見舞う。1発、2発、3発と連続して逆水平チョップを繰り出した。激しいチョップをマリアの胸元に打ちつける。
しかし、マリアは平然としている。
「そんな攻撃! 痛くも痒くもありません! えいッ!」
反撃とばかりに、マリアは前蹴りを放った。マリアのキックが私の腹部に突き刺さる。
「ぐほッ!? ですわ!」
私は、腹を押えてヨロヨロと後ろへ後退した。息が苦しい。何というキックの威力。やはり、このメイド。ただのメイドではない。
クローディスが言っていた「格闘技の経験がある」というのは、まんざら嘘ではなさそうだ。
「この程度ですか? ジェシカ・ジェルロード。期待外れですね。ですが、我が主ギュスターヴ様を侮辱した罰。まだまだ、これから味わっていただきます!」
マリアは勝ち誇ったような顔で、再び開いた距離をゆっくりと詰めてくる。このままではマズイ。
正直、現時点ではパワーは相手の方が上だ。もちろん体力も。正面からぶつかれば、パワーで押し負けることは必須。
「ふッ。まだまだですわ!」
私は、自分を鼓舞するように言った。
そう、私には悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』として戦ってきた記憶がある。幾千の敵と戦って打ち負かしてきた経験があるのだ。
グレート夜叉として戦っていた時代も、パワーでは敵わない相手と何度も戦ってきた。そんな時は、どうして来たかって?
「……狙うは、関節技ですわ!」
相手がどんなに屈強に鍛えていたとしても。所詮は、人間。関節を鍛えることはできない。つまり、関節技に持ち込めればこちらのものである。
「行きますわよッ!」
私は、マリアに飛びかかる。狙うのは腕の関節だ。しかし、マリアは不敵な笑みを浮かべる。
「甘いですね! 狙いが見え見えですよ。そんな技にひっかかるものですか!」
関節を取ろうとする腕を逆に取られてしまった、信じられないことに相手には関節技の知識もある。
「くッ…… ですわ!」
私は、関節を極められないように体を回転させる。しかし、その回転を逆に利用されてしまう。
私の体が、宙を舞った……
一瞬、何が起きたのか分からなかった。しかし、すぐに地面に打ちつけられる体。激しい痛みが押し寄せてくる。どうやら投げ飛ばされたようだ。
「ゲホッ! ゲホッ! ……ですわ!」
痛みで肺が苦しい。思わず咳き込んでしまった。しかし、すぐに我に返り起き上がろうとする。片膝をついた体勢でマリアを見上げると、彼女は勝ち誇ったような顔をしていた。
「どうです? ジェシカ・ジェルロード! これがパンクラチオンです!」
パンクラチオンだと?
パンクラチオンというのは、古代ギリシャの総合格闘技だ。その技は、打撃、投げ、関節技の多岐に渡り。目つぶしと金的以外は、何でもありの原始的な格闘技である。
だが、私の前世であるグレート夜叉がいた世界ならともかく。現在のジェシカである私がいる世界に、何ゆえ古代ギリシャの格闘技が存在するのか。
「くッ! パンクラチオンだろうが何だろうが! 負ける訳にいきませんわ!」
私は、立ち上がった。しかし、既に膝がガクガクと笑っている。かなりのダメージを受けている状態だ。このまま、まともに戦っては勝ち目がない。
パワーで戦っても押し負ける。関節技でも相手の方が上。これは、かなりの強敵である。
再び、マリアはゆっくりと距離を詰めてくる。
「さあ、ジェシカ・ジェルロード。覚悟しなさい! そして、我が主を侮辱したこと。死ぬほど後悔するのです!」
メイドであるマリアは、主人であるギュスターヴ・ギュルネスの名誉をやたら気にしている。それこそが、彼女にとって唯一の戦う動機なのであろう。
ならば、そこを突いて時間を稼ごう。私は、ニヤリと笑って言った。
「それにしても、あなたの主。ギュスターヴ・ギュルネスというのは、本当に情けない男ですわ。わたくし、あなたに同情いたしますわ」
「何だとッ!?」
私の言葉を聞いて怒りをあらわにするマリア。思ったとおり、私の挑発に食いついてきた。
「だって、そうでしょう? 自分は男だから女とは戦えないと言って、わたくしとの直接対決を避けて。あなたを代理に戦わせる。これが卑怯者でなくて何ですの? 本当に情けない男ですわ!」
「黙れッ! これ以上、我が主の侮辱は許さない! その汚い口を閉じろッ!」
怒りの感情で顔を歪めるマリア。
それが彼女の弱点だ。主人の悪口を決して許すことができない。忠義の厚いメイドだからこその精神的な弱点。
私が普通のプロレスラーならば、彼女に負けていただろう。しかし、私は普通のプロレスラーではない。悪役。そう、悪役プロレスラーなのだ。
相手に弱点があれば、徹底的にそこを突き。どんな局面でも有利に戦ってみせる。