第10話 ジェシカ! ボンバイエ! ですわ
「ジェシカさん…… 決闘だなんて。大丈夫ですか? 私のせいで……」
フローラが不安そうな顔で私を見る。私は、微笑むと彼女の頭を優しく撫でた。
「あなたのせいではなくてよ。フローラ。心配なさらないで。わたくしなら、大丈夫ですわ」
「ジェシカさん…… でも……」
「それより早くお昼ご飯を食べましょう! わたくし、お腹がペコペコですわ」
まだ、心配そうな顔するフローラたちだったが。私は、かまわずに食事を始めた。
決闘については、むしろ私の望むところである。格闘技者の1人として、腕が鳴る。
その日の放課後――――
私は、体操服に着替えて運動場に出た。夕方のトレーニングを始めようとすると。また、あの男が現れる。
「どうして決闘なんか受けたんだ!? ジェシカ! 俺が、わざわざ事を荒立てないように、ギュスターヴのやつに頭まで下げたのに…… 何で、こんなことになるんだよ!?」
私の婚約者、クローディスがいら立った声を上げている。私は、特に気にする様子もなく言った。
「あら? クローディス。わたくしは、あなたに頭を下げろだなんて頼んでおりませんわ。相手が戦う気なら受けて立つまで! ですわ」
「あのマリアとかいうメイド。ただのメイドじゃないぞ! 格闘技の経験があるとかいう噂だ…… そんなやつと戦って大丈夫なのか?」
「ご心配なく。経験なら、わたくしにもありましてよ」
わざわざ決闘の代役に立てるくらいだ。ただのメイドでないことは分かっていた。しかし、格闘技の経験だけならこちらにもある。悪役プロレスラー『ザ・グレート夜叉』として戦ってきた幾千の経験が。
クローディスは、大きなため息をついて言った。
「はぁーッ。君には何を言っても無駄なようだな…… こうなったら仕方ない。負けるんじゃないぞ! ジェシカ」
「ええ。わたくし、必ず勝ってみせますわ!」
「だが、怪我をしないようにな。気をつけろよ。じゃあな!」
クローディスは、そう言い残して去って行く。彼なりに私のことを心配はしているようだ。悪い男ではないのだ。頼りないが……
そして、5日後――――
いよいよ決闘の日を迎える。
決闘の場所は、学園内にある決闘場だ。最初にフローラと戦った場所である。あの時は、生徒会に無断で使用したが。今回は、ギュスターヴが事前に許可を取っているらしい。
観客席には、大勢の生徒たちが座っていた。既に決闘の噂は、学園中に知れ渡っていたのだ。
「ジェシカ! ボンバイエ!(殺っちまいな!) ジェシカ! ボンバイエ!」
観客席から私の名前をコールする声が聞こえる。私が入場すると、大きな歓声が上がった。私は、両手を上げて歓声に応える。
今回の服装は、派手なフリルがついた体操服である。見栄えだけでなく動きやすさも重視していた。いわゆる勝負服というやつである。
「ジェシカさーん! 頑張ってくださーい!」
「ジェシカお姉さまー! ファイトーッ!」
ひと際大きな声がする方を見ると、フローラとキャシー、ロッテが大きな声援を送っていた。私は、手を振って答える。
続いて南の方角から歓声が上がる。見ると、ギュスターヴ・ギュルネスとそのメイド、マリアが入場してきた。歓声には、ギュスターヴが手を振って答える。戦うの彼ではないのだが。
対戦相手のマリアは、メイド服をモチーフにした勝負服となっている。質素なスタイルだ。
「よく逃げずに来たな! 褒めてやるぞ。ジェシカ・ジェルロード!」
「あなたの方こそ、吠え面をかかせてやりますわ! ギュスターヴ!」
円形のリングの中央で、私とギュスターヴは睨み合った。そこへ、メイドのマリアが間に入った。
「お下がりください。ギュスターヴ様。ここは、わたくしめにお任せを!」
「うむ。マリア! この女が二度と生意気な口をきけないように分からせてやれ!」
「はッ!」
ギュスターヴは、ニヤニヤと笑いながら去って行く。円形のリングの上は、私とマリア、そして審判の生徒の3人だけになった。
「それではー! これよりー! ジェシカ・ジェルロード対ギュルネス家メイド、マリアの60分1本勝負を行います!」
審判が観客席に向かって大きな声を上げる。私とメイドのマリアは、睨み合い視線が火花を飛ばした。
「ジェシカ・ジェルロード! あなたに恨みはありませんが。我が主、ギュスターヴ様の名誉のため…… 痛い目に合ってもらいます!」
マリアが私の目を見ながら言った。随分と落ち着いた佇まいだ。私も平然とした様子で言い返した。
「ギュスターヴ・ギュルネス。あんな情けない男に仕えるなんて、あなたも気の毒ね。そうね。恨むなら、わたくしではなくあの男を恨みなさい。おほほほほ!」
「黙れッ! 我が主を侮辱することは許しません! その汚い口を閉じなさい!」
私の挑発に怒り心頭のマリア。彼女にとって、主人を侮辱されることは何よりのタブーのようだ。とりあえず、口喧嘩だけはこちらに軍配が上がった。
そして、いよいよゴングが鳴らされる。
カァーンッ!という金属音が会場内に鳴り響いた。
「ふふふふ。さあ、参りますわよ!」
いよいよ勝負の時である。相手との距離をジリジリと詰めていく。対するマリアの方も慎重な立ち上がりを見せた。
円形のリングを時計回りに周りながら、私たちはゆっくりと距離を詰めていった。