第1話 わたくし悪役レスラーでしたわ!
ここは、わたくしの通う魔法学園の中庭。まだ新学期が始まったばかり。春の麗らかな昼下がりのことでしたわ。
「ジェシカお姉さま!穴の深さはこれくらいでよろしいかしら?」
シャベルで一生懸命穴を掘っているのは、わたくしの妹分のキャシー。わたくしの言う事なら何でも聞く、可愛い子分の1人ですわ。額に汗を浮かべながら、わたくしの顔色を伺っていますわ。
「おほほほ。この教科書を穴に埋めてしまえば、あの生意気な庶民の娘が困った顔でオロオロするのが目に見えるようですわ。さすがは、ジェシカお姉さま!」
もう一人の子分、わたくしの隣にいるのはロッテ。腕には何冊かの教科書を抱えて微笑んでいますわ。
そう、わたくしたちはある人物の教科書をこの中庭に埋めてしまおうとしているのですわ。その、ある人物というのは新入生のフローラ。卑しい庶民の分際で、この魔法学園に特待生で入学してきたいけ好かない女。
わたくしの名前は、ジェシカ。本名は、ジェシカ・ジェルロード。実家は、名門貴族のジェルロード家の長女ですわ。
そして、ここはわたくしたちのような魔法の才能を持った貴族たちが通う名門の魔法学園。わたくしは、女子生徒の中で成績ナンバー1の才女でしたの。そう、あの女が来るまでは……
フローラ・フローズン。卑しい庶民の身分でありながら、魔法の才能を持って生まれてきた女。しかも、100年に1人といわれる光属性魔法の才能の持ち主。
魔法には、5つの属性がありますの。光・闇・火・水・風の5つですわ。しかし、この中で光と闇の属性を使える人間はほとんどいませんの。火・水・風の実質3つの属性しか使えない者がほとんどですわ。
それ故に、残りの2つ。特に、光の属性を使える者は聖者として崇められますの。女性ならば聖女と呼ばれるほどに。
そんなフローラが転入してきたのは、わずか1週間前のこと。わたくし、彼女のことが何もかも気に入りませんわ。
特に気に入らないのは、身分の違い。彼女は庶民の。しかも、貧しい農家の娘。同じ教室で同じ空気を吸っているだけで吐き気がいたしますわ。
いい加減、我慢の限界にきたわたくしたちは、ついに行動を起こしましたの。
わたくしは、子分のキャシーとロッテに命令して、休み時間の間にフローラの机から教科書などを盗ませ。そして、中庭に掘った穴に埋めて隠してしまおうと思いつきましたの。
あの子の実家は貧乏だから。教科書を買い直すお金なんてないでしょうね。おほほほ。いい気味だわ。
「さあ、ロッテさん。その教科書を穴の中へ……」
わたくしが、目で合図をするとロッテは持っていた教科書を穴の中に入れましたわ。
「さあ、埋めておしまい! キャシーさん」
今度は、キャシーに合図を送ると、キャシーはシャベルで穴を埋めていく。これで完璧ですわ!
おほほほ。次の授業の時間、あの子はどんな困った顔をするのかしら? 楽しみで楽しみで仕方がありませんわ。
わたくしったら、何て悪いことをしているのかしら。悪いこと…… こんな悪いこと…… うッ!?
「ジェシカお姉さま! 埋め終わりましたわ」
シャベルを持ったキャシーが嬉しそうに報告する。
「そう、ありがとう。キャシー。じゃあ、全部掘り出してちょうだい。すぐに!」
私が、そう言うとキャシーは目を丸くした。
「ええッ!? どうしてですか? ジェシカお姉さま! せっかく埋めたのに…… どうして、わざわざ掘り返すのですか?」
その時、私は口答えするキャシーの頬を強くビンタした。パチーンッ!
「シャーッ! ナロォーッ!(馬鹿野郎ッ!)ですわ!」
「……お、お姉さま!?」
目を涙ぐませて私を見つめるキャシー。ごめんなさい、キャシー。悪いのは私。でも、私思い出してしまったの。
……私は、悪役プロレスラーだった!
これは、私のきっと前世の記憶。ジェシカ・ジェルロードとして生きてきた17年間より、もっと前の記憶。
私がいたのは、この世界とは違う。日本という小さな国。そこでの職業はプロレスラー。
リングネームは、『ザ・グレート夜叉』
日本最強の悪役と呼ばれた男。それが、私なのだ。
いや、正確に言うと今の私にはグレート夜叉の記憶とジェシカの記憶が両方ある。どちらでもあり、どちらでもない。そんな複雑な何かになっていた。
「早く! 掘り出しなさい! キャシーッ!」
私が、強い口調で圧をかけると頬を押さえてボーッとしていたキャシーは、慌てて埋めた教科書を掘り返し始めた。
そして、掘り出した教科書を受け取るとパッパッと土を払う。
「さあ、キャシー! ロッテ! 行きますわよ!」
「えッ!? ジェシカお姉さま? どちらへ?」
戸惑うキャシーとロッテを引き連れて、私は中庭を後にする。そして、教室へと向かった。
教室に入ると、机の周りを困った顔でウロウロしているフローラがいた。次の授業で使う教科書がなくなってうろたえているのだろう。
「これをお探しかしら? フローラさん?」
私は、フローラに声をかけた。そして、持っている彼女の教科書一式を見せた。
「あ……! 私の教科書! で、でも。どうしてジェシカ様が持っていらっしゃるの?」
「返して欲しい? フローラさん?」
私は、挑戦的な目つきでフローラを睨みつけた。
「は、はい! 返してください!」
「そう…… だったら勝負よ! フローラ! わたくしと勝負なさい!」
私は、ビシっとフローラを指さして言い放った。
そう。こそこそと教科書を隠して嫌がらせなど、グレート夜叉である私の。いや、悪役プロレスラーである私のプライドが許さない。
正々堂々と勝負してこその私なのだ。