第九十五話 ―あたしは無理だなぁ―
第九十五話です。
前話を読んでない方はそちらからどうぞ。
あの後、あたしはエリーゼとお風呂に入ることになった。
「はぇ~……」
エリーゼと彼女の侍女に案内されて行ったんだけど……思わず変な声が出ちゃった。
家にも風呂はあるけど一軒家だから一人用なんだけど、今案内されたお風呂は「何人入れるの?」ってくらい大きかったから。
王城のお風呂だから凄く豪華なのを想像してたんだけど、ローベルト様もクラウディア様もあまり豪華すぎるのは好きじゃないのか、落ち着いた印象だった。
「お姉様っ、お背中をお流ししてもよろしいですかっ?」
「あたしは良いけど……」
あたしはそう言いながらチラッと傍にいるエリーゼの侍女を見てみてみる。
まだ子供とはいえこの国の王女様だよ?そんな添い寝ならまだしも、背中を流してもらうってやらせて良いのもなのかな……?
いやまぁ、侍女すら面々の笑みで頷いてるから問題無いってことなんだろうけどさ。
「じゃあ、エリーゼの背中はあたしが流してあげるね」
「本当ですかっ、嬉しいですっ!」
エリーゼはあたしの提案に喜んでくれて、侍女の方も満足そうにしてるし……なんだろう、エリーゼが幸せそうならそれでよいって感じなのかな。
ただ一応、力加減は気をつけておこう。”修羅“の皆の背中を流したことはあるけど、それ以外の人にしてあげたことってないからなぁ。
「お姉様はやくはやくっ」
「あっ、ちょっと――」
走ると危ないよ――って言おうとしたところで、エリーゼがツルッと足を滑らせた。
一応気を付けて見ていたから、エリーゼが倒れてしまう前に抱き留める――ちょうどお姫様抱っこをするような感じになったんだけど……本物のお姫様にすることになるとは思ってなかったよ。
それにしてもエリーゼは軽い、特別鍛えてるわけじゃないしまだ子供だから当たり前だけどね。
「走ったら危ないよ、エリーゼ?」
「ごめんなさいお姉様、ありがとうございます……!」
「怪我が無くて良かった」
あたしが声をかけると、エリーゼは顔を真っ赤にしてた――はしゃいじゃってたのが恥ずかしくなっちゃったのかな、可愛い。
抱えていたエリーゼをシャワーの前に置いてある椅子――バスチェアって言うんだっけ?っ――に座らせる。
「お姉様、先に私がお背中をお流ししますっ」
「そう?じゃあお願いしようかな」
だって「待ちきれないっ」とでも言いたそうな顔だったから。
エリーゼを座らせたばかりだけど……エリーゼの変わりにあたしが座って、エリーゼがあたしの後ろに回る。そうしてエリーゼはあたしの背中を流し始めてくれる。
「いかがですか?」
「うん、きもちいいよ~」
エリーゼはお姫様だから普段はお風呂も侍女が付き添ってくれてるんだろうに、洗い方も丁寧で本当に心地が良い……チアーラさんやモルガナ姉ちゃんにしてもらうのとは、また違った心地よさだねこれ。
「お姉様、その、御髪の方も……」
「うん、良いよ」
あたしの髪も洗いたいってことだろうから、エリーゼのやりやいようにさせてあげることにした。
そういえば、誰かに髪を洗ってもらうのも久しぶりだなぁ……最後にしてもらったのは六年くらい前にカイナート兄ちゃんに洗ってもらった時だっけ?
訓練疲れの凄い眠気のせいで一人でお風呂に入れなくて、いつもだったらチアーラさんか姉ちゃんが入れてくれてたんだけど……兄ちゃん以外は仕事で家にいなかったから「仕方ないなぁ」って言いながら洗ってくれたんだよね――確かあの後、帰ってきたチアーラさんに怒られてたっけ。
「お肌もスベスベで御髪も柔らかくて綺麗で……お姉様、とても綺麗です♪」
「綺麗って……髪はまだしも身体の方は傷跡だらけだよ?」
主に”修羅“に入る前の魔物の森での上級の魔物との戦いでついた傷跡――治り始めてたせいで治癒魔法でも傷跡が消せなかったから、身体中に残ってるからね。
見ててあまり気分の良い物じゃないでしょ。
「悪いことをしてできた傷であれば私も気分は良くありませんが……その傷はガーナちゃんを守るための傷なのですよね?――私はお姉様のその傷跡も素敵だと思います」
今まで聞いた事が無い、真面目な声色でエリーゼからそんな答えが返ってくる。
あたしって、皆に鍛えられたからか噓を言われると分かる――逆に言えば嘘じゃない言葉も分かるんだけど……エリーゼの言葉に嘘は感じられない。
つまり本心からそう言ってくれてるって分かるんだけど……ちょっと恥ずかしいなぁ。
「ありがとうエリーゼ……そう言ってくれて凄く嬉しいよ」
恥ずかしいけど、それでも嬉しいのは本当――優しい良い子だねエリーゼは。
あたしだってブラッドのおっちゃんの傷跡を見て気を悪くすることなんてありえないけど、エリーゼみたいに素直に言えるかって聞かれると……ちょっと恥ずかしくてあたしには無理だなぁ。
「おわりましたよお姉様」
「ありがとねエリーゼ――じゃあ、今度はあたしが洗ってあげるね」
「はいっ♪」
話している間にエリーゼはあたしのことを洗い終わったみたいなので、今度はエリーゼを座らせてあたしが後ろに回る。
う~ん、普段の姿を見ても思ってたけど、こうやってみるとエリーゼは華奢だねぇ……なんていうか、守ってあげたい感じ――庇護欲っていうやつかな。
「力が強かったり痛かったりしたら言ってね、”修羅“――あぁいや、特務の皆以外の人にするのって初めてだから」
あたしが”特務“って言い直したのは、単純に”般若“の仮面をつけてないから。
どっちでも正しいだけど……仮面をつけている時は”修羅“所属の”般若“で、つけていないときは”特務“所属の”アーシス“っていう感じだから、一応ね。
ちょっとややこしいかもしれないけど、仮面の有無で使い分けるだけだからあんまり気を張らなくて良いんだよね。
「みんな――チアーラ様とモルガナ様ですか?」
「そう、後はカイナート兄ちゃんと、ブラッドのおっちゃん……たまに家に来た”狐“の人達とかね」
そういえば”狐“は仮面の有無に関係なく”狐“なんだよね……なんでだろう?考えるのが面倒になったとか?――いや、そんなわけないか。
「カイナート様やブラッド様にも……ですか?」
「そうだけど……ってそっか、子供の頃の話だよ。ほらあたしって経緯が経緯だから、子供の頃は一人になるのが嫌でね、あたしが落ち着くまでは絶対誰かが一緒にいてくれたんだよ」
正直に言うと大体十歳くらいまでなんだけどね。
あの家に来て一年くらいで落ち着いて一人でも平気になって、いつも誰かが一緒にいるってことはなくなった。だけど、その後に訓練を始めた直後は疲れすぎて一人で動けなかったからね……あたしが訓練に慣れるまでの間、また誰かが一緒にいるようになったってわけ。
”狐“なんかもその時は年に数回は帰って来てて、チアーラさん達が四人共家を空ける時にはあたしの面倒を見てくれてたんだよね。
「そうだったのですね……」
エリーゼが知ってるあたしのことって、あたしがチアーラさんに保護された簡単な経緯だけだっけ……家に来た直後とか訓練中とかの話はしたことかった気がする。
「――って、そろそろ洗わないと!身体が冷えて風邪ひいてもいけないからね」
「お姉様のお話が興味深くて、私も忘れてしまっていました」
「じゃあ、洗うね――っ……」
そうして、エリーゼにシャワーをかけて、その髪を洗おうとしたところで……あたしは手を止めてしまった。
これまで暇が無くて考えることを忘れていた事を、今になって思い出してしまったから――そして、そのせいでこの手でエリーゼに触れることが怖くなってしまったから。
家に帰ってから……せめてエリーゼが眠ってから思い出したかった……なんで今思い出しちゃったんだろう……。
エリーゼとのお風呂です。
この二人の掛け合いをかきたかったのよねぇ……。
★次話は09/05投稿予定です。




