第九十二話 ―泣かれるのは初めてで……―
今話から第五章開始、第九十二話になります。
これまでの話を見ていない方はそちらからどうぞ。
翌日、あたしとチアーラさんだけ先に王国に戻った。本来なら後片付けとかあるらしいけど例のカリナさんへの依頼の件があるから、片付けはガレリア騎士団長や他の皆に任せてることになった。
ハンターもその後片づけを手伝うんだけど、カリナさんとスモーカーのおじさんも同様に先に戻ることになっている。とはいえあたしとチアーラさんは来た時と同じように走って帰るから、二人はあたし達より少しだけ遅れて馬車で休みながら王国に戻ることになる。
「戻ったらまずは陛下達への報告ね――クラウディア様から話があるみたいだからあなたも来るのよ?」
「クラウディア様から……なんだろ?」
「私も連れてくるようにしか言われてないから、要件までは分からないわね……」
チアーラさんはそう言いながら「ほら」と一枚の手紙のようなものを渡された。
そこに書いてあったのは、今回の氾濫で起きた例の件の報告、カリナさんへの依頼の件、その他諸々に関するチアーラさんからの報告への返答だった。
何でこれを読ませられてるんだろうと思いながらも最後まで読んでみると――。
『ちょっと頼みたいことがあるからアーシスちゃんも連れてきてね』
とだけ書いてあった。多分、エリーゼか騎士に関することだとは思うんだけど……確かにこれだけだと要件は分からないね。
「まぁ、氾濫が終わったらエリーゼに会いに行くつもりだったし」
「そうね、時間がかかるようだったら泊まっていきましょ」
勝手に決めて良いのかな……とも思ったけどそう言ったのがチアーラさんだから気にしないでおく。
あと、泊まりになったらエリーゼも喜んでくれそうだし、それはそれで良いかも。
クラウディア様からの要件を考えながらも、あたしとチアーラさんは王国に戻って城に向かった。
●
報告のために城に来たあたしとチアーラさんは、いつもクラウディア様と会うときに使っている部屋とは違う、応接室のような部屋に案内された。
中には国王陛下であるローベルト様と王妃殿下であるクラウディア様、そしてチアーラさんとあたしの四人だけ。いつもは侍女や侍従の人達もいるんだけど、今回の報告は出来るだけ外に漏れないようにっていうことで護衛の騎士も侍女や侍従もいないんだとか。
「――先日の報告と相違はないな。これで調査が進めば良いが……いや、襲われたハンターを守ったとも聞いている――ともかくよくやってくれた」
「ありがとうアーシスちゃん」
チアーラさんからの報告が終わると、ローベルト様もクラウディア様もそう声をかけてくれる。
だけどその直後には、微笑みを浮かべたままのクラウディア様から寒い空気が漂ってきて、あたしは喉がヒュッと一瞬絞まった。
「――でも怪我をしたまま動いたうえに、魔力の爆発まで使ったのよね……?」
そこまで言われてクラウディア様の様子が変わった理由が分かった――あ、これクラウディア様からお説教される気がする……だって、雰囲気が怒ってる時のチアーラさんと一緒なんだもん。
「では私は他にも執務があるのでな、ここらで失礼する」
ローベルト様はクラウディア様の雰囲気が変わるや否や、そう言いながら早々に退室していった。
その後数時間、予想通りクラウディア様と、ついでとばかりにチアーラさんからもお説教を受けることになった。
「――あなた達に危険な仕事ばかりさせているのは私だから、危険なことをしないでとは言えない……そのハンターを守るためだということも分かっているわ――それでも心配しないわけでは無いのよ」
「――襲われたハンターの過去は私も把握しているし、あなたの過去のことを考えれば責めるようなことはできないけれど……少し間違えればあなたの肘から先が無くなってもおかしくなかったのよ?」
「心配かけてごめんなさい……」
お説教の最後にはクラウディア様とチアーラさんの二人から頭を撫でられながら、子供を諭すような声色でそう言われた。
チアーラさんはもちろんだけど、クラウディア様もあたしのことを心配してくれてるっていう事が分かるし、心配させるようなことをしたあたしが悪いのも分かってるから、あたしはそう返すことしかできなかった。
あたしが謝ると二人とも「分かってくれれば良いのよ」と、再び撫でながら優しく言ってくれる。
――ガチャッ!!!
と、二人のお説教が終わったところで、扉が勢いよく開かれる音が聞こえてきた。
扉の方を見てみると、そこにはこの国の姫殿下であるエリーゼが息を切らしながらなっていた。
「お姉様っ!!」
エリーゼと同じ呼び方で、だけどいつもと違って震えたような声であたしを呼びながら、勢いよくあたしに飛び掛かかるように抱き着いて来た。あたしはエリーゼの衝撃を減らすように二歩ほど後ろに下がりながら、彼女を受け止めた。
エリーゼはあたしに抱き着いて顔をあたしの胸に埋めたままグリグリと頭を押し付けてくる。
「どうしたのエリーゼ?」
あたしがそう聞いてもエリーゼは何も答えなくて、よく見てみると彼女の瞑った目の端に涙が溜まっているのが見えたけど、あたしにはその原因が何だか良く分からなかった。
「グスッ……氾濫中のことをっ、お聞きしました……」
エリーゼが泣いているのはあたしが氾濫中に怪我した上に無茶をしたことを誰かから聞いてしまったから。つまり、あたしが心配させてしまったせいでエリーゼが泣いてるということ。
なんか昔に似たようなことが――そうだ……あたしがチアーラさんに保護されて皆に慣れてきた頃、兄ちゃんが大怪我して帰ってきたことがあった。あの時兄ちゃんの治癒が終わるまではチアーラさんに抱き留められていたけど、治癒が終わると同時に今のエリーゼみたいにあたしも兄ちゃんに抱き着いて離れなかったような記憶が――。
「心配させてごめんね、あたしはこの通り元気だよ」
「ほんとうですか……?」
「うん、だからいつもみたいに笑顔を見せて欲しいな」
あたしは、昔兄ちゃんにされたように、エリーゼの額や頬に軽くキスをしながらそう言った。
普段自分からしないようなキスをしたのは、小さい頃に不安だった時にチアーラさんやモルガナ姉ちゃん、カイナート兄ちゃんにそうされて安心できたからだ――おっちゃんは頭をガシガシ撫でてくれるだけだったけど、それはそれで安心できたっけ……。
「はい……おかえりなさいっ!」
するとエリーゼは少しだけ目の端に涙を溜めながらも笑ってそう言った。そしてあたしも、エリーゼのその言葉に「ただいま」と返すと、更に強くぎゅっと抱き着いてくる。
少しだけ苦しくもあったんだけど、寧ろそれが、エリーゼがあたしのことを慕ってくれていることが分かって嬉しくもあった。
その後エリーゼも落ち着いて、クラウディア様からの話を聞くことになったんだけど、エリーゼは一向にあたしから離れなくて、あたしはエリーゼの膝の上に乗せながらクラウディア様の話を聞くことになった。
怒られること自体はアーシスは慣れたものですが、泣かれることは初めてだったので、昔自分がチアーラ達にされたことを思い出しながら頑張って対応しました。
★次話は08/05投稿予定です。




