第八十九話 ―おじさんは頭が良い―
大変お待たせいたしました。
第八十九話です。
前話読んでない方はそちらからどうぞ。
この場に一瞬の沈黙が流れた。
カリナさんが襲われたのは、あたしが森であの人を仕留めきれなかったせいだから、何も言葉が出なかった。ライラもそのことを知っているから何も言わなかったんだと思う。
「ええ、知っていますよ。あなた方には――」
「知ってたなら何で……!」
その一瞬の沈黙の中で、淡々とそう言葉を発したのはネスさんだ。
更に続けて説明しようとしたその言葉は荒げたおじさんの声に遮られ、その様子にネスさんも口を閉じざるを得なかったらしく、そこで言葉を止めた。
「……いや、スマン……分かってる」
彼の気持ちを考えると、ここであたしやネスさんに怒鳴っても、何なら殴りかかってもおかしくないはずなのに、おじさんはそうせずに謝ってくる。
そして彼はネスさんやあたしに確認するような目を向けながら口を開いた。
「混乱を防ぐため……こと今に限ってはそっちに気を取られて氾濫の対処どころじゃなくなる方が危険だってことだろ?――アンタらがそこまで焦ってない様子を見るに前々からこのことは分かってたんだろ。俺もいくつか国を回ったことはあるがそんな話を聞いたことはなかった――つまり各国が混乱が起きないよう情報を規制してるってところか」
おじさんのその言葉にネスさんもあたしも頷いて答えと、それを確認した彼も「それなら納得だ」と落ち着きを取り戻した。
カリナさんの方も、おじさんの様子を見て「うんうん、仕方ないですよね」と頷いてるのが見えた――何でこの人一番の被害者なのにそんな様子何だろう……ネスさんも「なんで?」って顔してるよ。
って、あぁ……ハンター協会に勤めていた時に似たようなことがあったのかも……。
「でだ、さっきチラッと聞こえた依頼って言うのは……カリナにアイツを視てもらいたい……いや、その原因になる物が回収できたからそっちの調査か?」
「!?」
続けて言われたおじさんの言葉にネスさんが目を見開いた。
この人いつも落ち着いて焦った様子とか見たこと無かったけど、こんな表情もするんだね。
おじさんの発言にあたしが驚かなかったのは、あたしが例の薬を回収した時、その場に――正確にはその直後だけど――いて回収したところを見られたかもしれないと思ってたからだ。
その場面を見たこと、あたしがあの時の急いでいたこと、そして今回のカリナさんによる解析のこと、それらから推測したんだと思うけど……もし仮にそれだけでこの結論に至ったんだとしたら、このおじさん頭の回転が早い。
「氾濫開始の前夜にハンターが暴れた時にハンター達は直ぐに移動させられて誰もそのハンターがどうなったか見てない――まぁ拘留されたって聞いたからそれで納得はしてたんだが……今回のカリナの解析の件、それに氾濫前にこの般若の嬢ちゃんが拘束したハンターから何か注射器みたいな物を回収してたし、あの焦り様も含めて考えると……まぁ、ある程度の予想はつくぜ……」
おじさんはそう言いながらやれやれ……と言った様子で、額に手を当てている。
思った通り、おじさんはそれらの情報からあたし達がカリナさんに例の薬の解析を依頼しようとしていたんじゃないか、という結論に至っていたらしい。
やっぱりこのおじさん、頭良いなぁ……チアーラさん達ならできそうだけど、あたしはそんなの無理。
「ふぅ……だから、昨日のことであたしにお礼を言ってくれる必要は無いって言ったんだよ……」
「それとこれとは話が別だ」
「それとこれとは話は別です……!」
おじさんも落ち着きを取り戻したところで、あたしが改めてそう言うとおじさんからも、当事者であったカリナさんからもそう言われた。
二人とも情報の規制は仕方ないことだとか、規制してなかったら全体で混乱が起きてたかもしれないとか、しつこく説明された……いや、その辺りはあたしも分かってるけど……それだけで抑えられるものじゃないと思うんだけど。
「カリナがアレに襲われちまったのは、別に嬢ちゃんのせいじゃねぇ」
「はい、どんな経緯があったにしろ、ボクがキミに助けてもらったのには変わりありませんから」
二人とも気にした様子もなくそう言ってくる――カリナさんなんて怖い思いをしたのに笑顔で。
あたしも二人が本心からそう言ってるって、嘘じゃないって分かったから何も言えなくなった。
「ともかく、色々と詳しく説明してはくれるんだろ?」
「まぁ、そのために連れてきたわけだからね……」
結局スモーカーのおじさんが話を切り替えたから、あたしは結局そう返すしかなかった。
と、そこでおじさんはネスさんを見ながら口を開いた。
「そういや、この人は?」
「自己紹介がまだでしたね、失礼しました――私はラプラド王国騎士団団長補佐のネスと申します」
そう言えば信用できる人ってしか言ってなかったね。
ネスさんがスモーカーのおじさんの質問に答えると、おじさんは驚いた顔をしてこっちを見てきた――あたしは今の立場から直ぐ会える――いや、用が無かったらあまり会うことはない――けど、騎士団の団長補佐とかってそうそう会うことってないよね。見ることはあっても会うことはできないものだし。
「いや、ごめん……わざと言わなかったんじゃないよ……?」
「嬢ちゃんが急いでたのも分かるし、その様子からある程度の立場なのは分かってたが……流石に団長補佐は驚くわ」
「ハンターって言っても、結局のところ一般人とあまり変わらないですからねぇ……」
いや、ほんとごめんって……だって急いでたんだもん。
二人だって団長補佐って聞いてたら緊張するだろうから――嘘です、ただただ忘れてました……。
「では、説明をさせていただきますね。まず――」
あたし達の様子を見て一つ咳払いをしたネスさんが、スモーカーのおじさんとカリナさんに説明を始めた。
以前から一部の国でその存在が確認されていたこと、ハンターの一人が昨日のあの姿になった事、その原因となった薬のこと、その薬を使った人は理性をなくして暴れ人を襲うこと、あたしが別のハンターから現物を回収したこと。
ただ、昨日の彼が魔物を喰らって、その特徴が身体に現れたことは話さなかった。今までそんな事象は各国の情報でもなく、情報の整理も出来ていないから。
「で、初めてその薬の回収に嬢ちゃんが成功したから、その解析をカリナに任せたいってことか……」
「まぁ、回収はたまたまだね、絡んできたハンターが持ってただけだから――薬自体は城に届けてもらってるから、氾濫が終わった後になるけどね」
そうして一通りの説明が終わったあと、あたしとネスさん、それにスモーカーのおじさんはカリナさんに目を向ける。
説明だけならまだしも、薬の解析に関してはカリナさんの意思次第だからね――解析の結果、何が分かるかはわからないけど、人があんな姿になる薬だから、嫌なものを知ってしまうかもしれないし。
「それでどうかな、カリナさんが嫌なら無理にとは言わないよ――解析魔法を使える人はいないけど、国にも研究者がいるんだから」
あたしがそう言うと、カリナさんは大きくひとつ深呼吸をした。
そして、少しの間の後、その口を開いた。
何気に色々な情報から結論を導くおじさんでした。
自分で書いておいて何でこんな頭良くなったんだろ……。
★次回第八十七話は「07/05」を予定しております。




