第八十七話 ―ほのぼの空気は過ぎ去って―
第八十七話です。
前話読んでない方はそちらからどうぞ。
モルガナさんに見送られた後、私は簀巻きにされているアーシーを連れて、天幕の外に向かう。
アーシーは簀巻きにされていることが納得いかないみたいだけど、こうしてこの子を運ぶのって新鮮ね――いつもは訓練で疲れて動けなくなった私をアーシーが運んでくれるから。
それに彼女は不満かもしれないけれど、されるがままに大人しくしているのは可愛いわ。この子を抱き枕にしていたモルガナさんが少し羨ましく思う――私も今度頼んだら抱かせてくれないかしら……。
「お待たせしました、お二方」
天幕から出ると、昨日アーシーが助けたスモーカーという男性とカリナという女性の二人のハンターが、天幕前に置いてある焚火で座って待っていた。
それを見た私は、騎士としての対応へと変える。友人のアーシーと話すのは楽しいけれど……騎士としては”般若殿“と接する時は同じような対応をするわけにはいかない。
「いや、こっちが無理言ったんだ気に――どうしたんだ、それ……?」
「だっ、大丈夫なんですか……!?」
アーシーを下ろしながら声をかけた私を見た二人は驚いた反応を見せたけれど、簀巻きにされているんだから、誰だって驚きます。
もちろん”修羅“の皆様は除きますが――アーシーもだけど、皆さんも慣れた様子なのよね……。
「抜け出さないように捕まってるだけだから気にしないで」
アーシーは何でもない事のように返すけれど、二人のハンターは彼女の言っている意味が分からない、といった様子を見せている。
寧ろ何でその状態で普通にできるのか分からない。説明は必要だともうけれどアーシーに説明を任せると、色々と省略して繰り返しになりかねないため、私から彼らに説明することにした。
「私から説明いたします。般若殿は我々騎士とは異なる少々特殊な部隊の方なのです。彼女は既に成人済みなのですが、その部隊の皆様にとても可愛がられて大事にされていまして――」
アーシーが”修羅“の皆さんに大切に思われていることを二人のハンターに、そしてアーシー自身にも改めて自覚してもらうために、あえて前置きとして説明を始めた。
詳細は伏せながらも、全身打ち身だらけで左肩が脱臼し気を失っていたこと、無茶な方法で 脱臼を治した事、そして昨日のヤツを仕留める際に両腕が傷だらけになり肋骨に罅も入っていたこと。その治療のためポーションと治癒魔法で体力を大きく消耗したこと。
それを聞いていた二人は、みるみるうちに表情を変えながら聞いていた。
「というように、無茶をしたうえ体力も消費してしまっているので……その部隊の隊長殿が、無茶をした反省と、大人しく休ませるための方法として選ばれたのが……こちらです」
簀巻きにされていながら平然と座っているアーシーを手で示しながら説明を終えると、二人とも最後には唖然としていた。
念のため、この簀巻きを解くと私やアーシーだけでなく、彼ら二人までチアーラ様のお叱りが飛びかねないので、二人には我慢してもらうように伝えると、困惑しながらも頷いてくれる。
「それでどうしたの、二人も今日は休むように言われてるんでしょ?」
未だに困惑しているハンターの二人をよそに、アーシーがそう尋ねると、その言葉に本来の目的を思い出したのか、はっとしてスモーカーという男性のハンターが口を開いた。
「昨日の礼を言いたくてな……キミも怪我をしていたのに、カリナを守ってくれてありがとう」
「本当にっ、ありがとうございますっ……!!」
実は、昨日の件もあって二人とも休むように騎士団長から指示があったのだけど、アーシーにお礼がしたいと砦に尋ねてきたのが、私が天幕に来る少し前の話。
そして、私がこの二人とは昨日面識があり、アーシーの友人でもあるということで、この”修羅“用の天幕への案内を任されたのだ。
「ううん……ちょっと用事があって森に行ったときにアイツを見つけたんだけど、そこで気絶させられちゃって――あたしがそこで仕留めきれなかったせいでカリナさんが狙われちゃったから……二人は気にしないで、寧ろ私が謝らなきゃいけない。ごめん」
アーシーはヤツを見つけるために森へ行ったのだけど、それをハンターに教えるわけにはいかないため、少しだけ嘘を混ぜて……礼を言った二人に、謝罪をした。
そう話したアーシーは表情こそ仮面で見えないけれど、声がいつもよりくらいような気がした。
「それでもっ……ボクがアナタに助けてもらったことは事実ですっ……だから、ありがとうございます!」
「……そっか……うん、あたしも守れて良かった、ありがとねお姉さん」
その謝罪を受けながらもカリナという女性は再度アーシーに礼を言いました。
騎士という立場上、私は人の嘘に敏感ですが……この女性の言葉には嘘は感じられませんでした。
それはアーシーも同じだったのか、少し声色が明るくなりました。スモーカーという男性のハンターの方もその姿を見て笑みを浮かべていた。
「今日無理言って連れてきてもらったのは礼を言いたかったのもあるが……実は、もう一つ話したいことがある」
しかし、アーシーとカリナという女性ハンターのやり取りも済み、用事は終わったと思ったところで、今度は非常に真剣な表情で彼が話出しました。
彼のこれ以上ない程、強張った表情を見た瞬間、私は嫌な予感を感じた――アーシーも同じだったのか、少し強張ったように見えた。
ただ、話を聞かなければ何も分からないため、私たちは大人しくその話を聞くことにした。
「まず、前提として、このことは他のハンターや騎士には話してない――カリナの魔法適性を知らないヤツに話しても信じられないだろうからな……それを話しに来たのは、それに昨日までの様子を見て……仮面の嬢ちゃん、般若だったか――キミがそれなりに立場のある身だと思ったからだ」
確かに私も彼女の魔法適性は把握していないし、他の騎士もそうだ。
他の騎士やハンター達に話していないということは……それだけ重要な、あるいは混乱が起こる可能性がある要件なのかもしれない。
アーシーがその魔法適性を知っている理由は気になるけれど、今はそれどころじゃなさそうだ――スモーカーという男性ハンターはそのまま話を続けた。
「実は、昨日カリナを襲ったやつなんだが……般若の嬢ちゃんがあれとやり合っているときに、【解析魔法】で見ちまったみたいでな……」
私はカリナという女性の魔法を知らなかったので、非常に希少な魔法適性であることに驚きはしたものの、驚く暇はなかった。
そこまでの話を聞いた時点で、私もアーシーもその話の内容を察してしまったから。
昨日アーシーが仕留めたのは、とある薬で変異してしまった元人間であはあるけれど、それは混乱を防ぐために、ハンター達には伏せられていた。
それを解析してしまったということは……。
「カリナの【解析魔法】によると、あれは……人間だった、らしい……」
嫌な予感が当たった私は、額から汗が流れるのを感じながら……その言葉にどう返答するべきか考えるのだった。
今回はライラ視点でお送りしました。
初めはほのぼのとした入りでしたが、最後におじさんがとんでもないことを口にしてしまいました。
さて、ライラとアーシスはそれにどう返すのか……。
★次回第八十七話は「06/15」を予定しております。




