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修羅の舞う夜に  作者: Lyrical Sherry
第四章 氾濫編
89/103

第八十六話 ―ほのぼのする―

第八十六話です。

前話読んでない方はそちらからどうぞ。

 現在、氾濫三日目の朝。

 治癒魔法による治療が終わった後、ライラと別れて天幕に戻ると交代したチアーラさんとカイナート兄ちゃんが待っていたんだけど……今は氾濫中だし二人とも休まなきゃいけないから、お説教は家に戻った後でということになった。


 既に日は上り、チアーラさんもカイナート兄ちゃんも、姉ちゃんとおっちゃんと交代して氾濫の対処に向かった。今はモルガナ姉ちゃんとブラッドのおっちゃんが天幕にいるんだけど、戻ってきたばっかりで休んでいる――狐達もそう。

 そして今のあたしはというと――。


「すぅ……すぅ……アーちゃん……」

「簀巻きにする必要無くない……?」


 抜け出したりできないようにガチガチにチアーラさんに簀巻きにされて、モルガナ姉ちゃんの抱き枕になっている。

 姉ちゃん良い匂いだし、寝顔も、たまに摺り寄せてくるのも可愛いんだけど……ちゃんと大人しく待ってるって言ってるのに、信じてくれないのは納得いかない……もうそんな子供じゃないのに。


『般若殿いらっしゃいますか?』


 あたしも暇なんだけど、さっき起きたばかりで眠れないし、簀巻きの状態じゃ何もできないし、どうしようかと考えていると天幕の外からあたしを呼ぶ声が聞こえてくる。声からしてライラの声かな。

 ただ、ここは”修羅“用の天幕なんだけど、彼女ならここに来るならあたしのことを名前で呼ぶはず……でもそうしないってことは、ライラ以外の誰かがいるんだろう。


『昨日のハンターのお二人が般若殿とお話がしたいとのことですが、よろしいでしょうか?』


 予想通り他に人がいたみたいだ。昨日の二人って言うとスモーカーのおじさんとカリナさんかな?

 ライラや騎士の人だけなら、あたし達の素顔も知っているから問題無いんだけど、それ以外だと基本的には知らされていない――天幕にいる間は皆仮面を外しているからね……入って来られるのは良くないかな。

 姉ちゃんが起きてしまうかもしれないけど、動けないから仕方なく、一旦ライラだけ入って来るように声だけで答える。


「なにやってるの……アーシー……?」

「抜け出さないように捕まってる……」


 まぁ、驚くよね、簀巻きで抱き枕にされてるのを見たら。あたしだってそんなの見たら同じ反応するよ。

 あたしのこの状況を説明すると、ライラも「自業自得よ……」と言ってくる。解せない。

 と思っていると、眠っていた姉ちゃんがライラの方に手を伸ばした。


「って、きゃっ……!?」

「んぅ……ライちゃん久しぶりっスね……んぎゅぅ」

「モルガナさんっ……私に抱き着かないでくださいっ……!」


 寝ぼけてる姉ちゃんも、ちょっと困ってるライラも可愛い……。

 あたし達の声で目が覚めた姉ちゃんが、傍に立っていたライラをぐいっっと寝転がっている自分の方に引き寄せて、ぎゅっと抱き着いていた。


「普段の姿から想像できないと思うけど、姉ちゃんってあんまり寝起きは良くないんだよね」

「それは知ってるけど……チアーラ様やアーシーにしか抱き着かないんじゃなかったの……?」


 あたし達は基本的に早くに起きて訓練をしてるから、寝起きも良い方なんだけど、姉ちゃんだけは違い、家にいる時は起こしに行ったチアーラさんやあたしも良く抱き着かれてる。

 ライラの言う通り、いくら眠くても抱き着くのはあたしかチアーラさんにしかしない――あたしもそう思ってたんだけど……姉ちゃんからしたら、ライラも抱き着き対象らしい。


「多分、ライラのことも妹認定してるんじゃない?」


 姉ちゃんにとって、チアーラさんは”姉“みたいなもので、あたしは”妹“みたいなもの――狐達にも女性はいるけど、多分飽く迄部下っていう認識なんだと思う。

 で、妹認定しているあたしが一番仲の良いライラは、他の騎士に比べてチアーラさんやモルガナ姉ちゃんとも会うことが多い――だから、あたしと一緒に妹認定されてるんじゃないかと思うんだよね。というか、じゃなかったら抱き着かないと思う。


「モルガナさんっ、私はアーシーを呼びに来たので……!」

「ライちゃんも抱き枕になるっス……」


 ライラは頑張って説明しようとしてるけど、姉ちゃんは寝ぼけているからライラを抱き枕にすることしか考えてない。

 ……うん?「も」っていうことは、あたしとライラ二人とも抱き枕にするつもりなのかな……あたしはそれでも良いんだけどね。


「ちょっ、あのっ、人を待たせてるので……!」

「んみゅ……じゃあ終わったらくるっス……」


 そう言えば二人のハンターが来てるって言ってたな……二人のやりとり見てたらすっかり忘れてたよ。

 ようやく姉ちゃんも納得してライラを話したんだけど、結局後でライラも抱き枕になることが確定した。ライラと訓練することはあっても一緒に寝ることってないからなんか新鮮かも。


「アーちゃんは解いちゃダメっスよぉ……」

「あ、やっぱり……?」


 あたしは簀巻きのままらしい……ちょっと期待はあったんだけど……ダメだって。

 いやまぁ、ライラじゃ解けないだろうし、あたしも絶妙に力が入らないようになってて自力で抜け出せない。”修羅“の誰かに解いてもらうか、誰かに斬ってもらうかしかないから、どうしようも無いんだけどね……。


「じゃあライラ仮面はそこにかかってるから、それつけて運んでー」

「はいはい……」


 あたしは動けないので、ライラに壁にかけてある”般若“の仮面をとってつけてもらうように言うと、ライラも仕方がないといった様子で、仮面を取りに行ってくれる。


「アーちゃん……いってらっしゃぃ……ちゅっ」

「うん、いってきます」


 その間、再びあたしに抱き着いて来たモルガナ姉ちゃんから、額にキスをされる。

 別に長期間出かけるわけでも無いけど……訓練を始めてからはあんまりこういうやりとりはやってなかったから、何か懐かしいくて、嬉しい。

 やっぱりちょっと恥ずかしくはあるけどね。


「はいアーシー」

「ライちゃんも……」


 仮面を持って戻ってきたライラがあたしにつけていると、姉ちゃんは今度はライラに手招きして近くに呼んだ。

 さっき抱き枕にされかけたこともあってライラは警戒していたみたいだけど、流石に無視するわけにいかなかったのか、大人しく姉ちゃんによっていった。

 すると――。


「いってらっしゃぃ……ちゅっ」


 ライラが近づくと、軽く体を起こした姉ちゃんは彼女の頬を両手で抑えて、額にキスをした。

 それをされたライラは、あまりそういうことをされ慣れていないのか、ボッと顔を真っ赤にして、姉ちゃんに答えた。


「は、はい……いってきま、す……」


 う~ん、可愛い……あたしも今度ライラにしてみようかな……。

 そんなほのぼのとしたことがありつつも、再び眠った姉ちゃんを後にして、あたしはライラに抱えてもらって、外で待っているであろうハンター、スモーカーのおじさんとライラさんのもとに向かった。

何気に寝起きが悪いモルガナと、それに困惑するライラ。

それでもって、氾濫期間に似合わぬ可愛いやり取りでした。


★次回第八十七話は「06/10」を予定しております。

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