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修羅の舞う夜に  作者: Lyrical Sherry
第四章 氾濫編
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第八十五話 ―治癒魔法は……―

第八十五話です。


前話読んでない方はそちらからどうぞ。

 治癒魔法の効果について考えているのに気付いたのか、先生はあたしに質問してきた。


「……アーシス君、今まで治癒魔法を受けたことは?」

「ないけど……」

「じゃあ説明しておこう。治癒魔法はね患部やその付近に触れていないとできないんだ。つまり君の肋骨を治すには胸元に触らないといけない――背中からでは治せないからね。だから女性の治癒師を連れてくるんだよ」


 とのことだった。

 別に胸触られたくらいで今更気にしないんだけど。いや、そりゃ邪な考えで触られたら流石に嫌だけど、そういうわけでもなくただの治療なんだから別に気にすること無いと思う。

 それを伝えると、二人との呆れたような表情を浮かべた。ライラはともかく先生の方はあたしは初対面なのに何でそんな顔で見られなきゃいけないの……?


「「それは気にするべきだよ……」」


 と、ライラと先生が一緒に言葉を漏らす。

 確かに昔はあたしも嫌だと思ったんだけど、いつから気にしなくなったんだろう……あれかな、訓練を始めたばかりの頃は動けないくらい疲れて、一人でお風呂も入れなかったことが多かった。その時にチアーラさんやモルガナ姉ちゃんだけじゃなくて、カイナート兄ちゃんとかブラッドのおっちゃんにもお風呂に入れてもらったことも結構あったんだよね。

 今の時期は氾濫の対処のために皆この国にいるけど普段は国外を回ったりしてて、その時々で家にいた人が違かったから……兄ちゃんかおっちゃんしかいない時なんかは二人にお風呂入れてもらったり身体とか頭を洗ってもらってたんだよね。二人とも邪な考えなんてなく単純に世話してくれてただけだったから、多分それから気にしなくなったんだと思う。

 因みに姉ちゃんだけは胸とか触ってくるから邪な気配は分かるようになったんだけどね……まぁ姉ちゃんなら嫌悪感も湧かないけど。


「あなたが気にしなくても、多分あなたの保護者達に知られたら先生がどうなるか分からないわよ……?」

「保護者って……う~ん、チアーラさんと姉ちゃんなら……いや、多分クラウディア様も……何より兄ちゃんとおっちゃんがヤバいかも……」

「チアーラ様とモルガナさんは分かるけど……王妃殿下も……?それにカイナートさんとブラッドさん……あのお二人ってあまりそういうことに関心はないのかと思ってたんだけど……?」


 まず、チアーラさんとモルガナ姉ちゃんは、あたしが氾濫が始まる前に「兄ちゃんやおっちゃんだったらそういう(恋愛的な)対象になるかも」と冗談で言っただけでも殴りかかるくらいだからね、想像に難くない。

 クラウディア様も――あたしが言うのも変だけど――”修羅“の任務の事が無ければ自分の娘であるエリーゼの次くらいに可愛がってくれてるからね。実は、チアーラさんがクラウディア様に用があって会いに行くときは、エリーゼがいなくてもあたしを連れてくるようにって言われるくらいだし……。

 そして最後に、カイナート兄ちゃんとブラッドのおっちゃんなんだけど……正直この二人が一番大変。

 昔、城の訓練場でやたらと絡んでくる……というか口説いてくる(?)騎士の誰かの子の見習い騎士がいたんだよね。その時は訓練ばかりで口説かれてるってあたし自身気付いてなかったんだけど――それを「そう言えばこんなことがあったんだけど、あれって何なんだろ~?」ってポロッと話しちゃったんだよね。そしたらその後がさぁ大変……兄ちゃんは無言で黒い笑みを浮かべて、おっちゃんはあからさまな怒気を浮かべて「ちょっとシメてくる」って言いだすんだもん。いっつも真っ先に暴走するチアーラさんとモルガナ姉ちゃんが「ヤるのはダメよ(ッス)!」って止めるくらい――まだ子供だったあたしでも分かる程に殺気が駄々洩れだったからね……。

 チアーラさん曰く、普段可能な限り抑えている分、あたしの害になりそうなことが起きたらチアーラさんと姉ちゃん以上に暴走するんだとか。

 とそれを説明すると、ライラも先生も真っ青な顔になっていた。


「ごめん、大人しく女性の治癒師の人に直してもらうね」

「それがいいわ……」

「そうしてくれると助かるよ……じゃあ呼んでくるね」


 彼が部屋の入り口とは別の扉を開けてその中に声をかけると「はいはぁ~い」と声と同時に、おっとりした印象の女性が出てきた。なんというか、雰囲気がふわふわしてる人だ。

 そして、あたしを見るや否や少しだけ考える素振りを見せて、言葉を続けた。


「ふむふむ~不自然な力の入り方をしてますねぇ~、なるほど~肋骨にぃ~罅が入っているんですねぇ~。他の怪我はぁ~……その疲れようからするとぉ~ポーションで治してあるみたいですねぇ~」


 話し方だけだと凄く不安になるんだけど……あたしの姿を見て少し考えただけで肋骨の罅と他の傷をポーションで治したことを当てたことを考えると、怪我への観察力や知識量が凄いのかもしれない。

 あたしでも外傷や見てわかるような大怪我ならまだしも、姿を見ただけじゃ骨の罅は分からないから。


「それではぁ~治癒魔法をかけますねぇ~。あぁ~、骨の治癒はぁ~普通の治癒に比べてぇ~貴方の体力の消耗も激しいですからねぇ~。凄く疲れると思うのでぇ~、治癒が終わったらぁ~ちゃんとご飯を食べて寝てくださいねぇ~」


 その女性の治癒師がそう話しながらあたしの胸に手を置くと、胸のあたりが暖かくなって、だんだん肋骨の痛みが引いていった。そして同時に体力も消費されて疲れていく感覚に襲われた。また、治癒魔法をかけてくれているその女性の額にも汗が滲んでいるのが分かった。多分、骨の治癒はあたしの消耗だけじゃなくて、治癒魔法をかける彼女自身の消耗も激しいんだと思う。


「はぁ~い治癒は終わりましたぁ~。ですが疲労が溜まっているのでぇ~明日は一日安静にしてくださいねぇ~」


 考えているうちに治癒が終わったらしく、疲れはあるが痛みはもうない。あたしが彼女のお礼を言おうとした時、彼女は続けて口を開いた。


「それとぉ~治癒魔法は大抵の怪我は直せますぅ~。でもぉ~あまりに酷い怪我やぁ~欠損した部位を再生したりぃ~亡くなってしまった方を治すことはできません~。貴方が負傷した経緯は聞いていますけどぉ~、あまり無茶をしてはダメですよぉ~?貴方に何かあればぁ~悲しい思いをする人もいるんですからねぇ~」


 彼女のその言葉は、何と言うか……重く感じた。あたしの気のせいか、彼女も疲れていただけかもしれないけど、話している間の彼女はそれまで浮かべていた微笑みとは違い、暗い表情に見えたから。


「それでは私は休憩に戻りますねぇ~お大事にぃ~」


 直ぐに微笑みを浮かべなおして、そう言い残し元々いた部屋に彼女は戻って行った。

 そして彼女が入って行った部屋の扉が閉まると同時に、それを見ていた先生が口を開いた。


「治癒師をやっているとね治癒魔法の限界が見えるんだ。氾濫ではキミたちのおかげで治癒できない程の負傷をする人はいなくなったけれど……災害だったり事故で治癒しきれない程の怪我を負う人も、救えない命もたくさん見てきた……僕も彼女も。だから、彼女も言ったけど、あまり無茶はしないでね……」


 さっき暗い表情に思えたのは気のせいではなかったらしい。

 治癒魔法は万能じゃない。あの女性の治癒師も、目の前にいるこの人も、少なくない数の人の死を見てきたんだろう。それこそあたしよりも長い間。


 災害や事故はあたしにはどうしようもない……だからせめて手の届く限り、人の悪意や魔物の脅威で傷つく人を、増やさないようにしなきゃならない。今日初めて会っただけだけど、この人達の心をこれ以上傷つけないように。

前半は茶番みたいなことになりましたが、今回のタイトルは治癒魔法は万能じゃない、という話でした。


★次回第八十六話は「06/05」を予定しております。

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