第八十四話 ―ポーションは嫌―
第八十四話です。
前話読んでない方はそちらからどうぞ。
日が傾き始める前にあたし達四人は砦に戻ってこれたので、スモーカーのおじさんとカリナさんをハンター用の天幕まで送り、あたしとライラは砦の中にいる治癒師の元へ向かった。
因みにガーナはあたしの首に巻き付いて寝ている。なんでも一点に集まった魔力を視ていると目が疲れるんだそう――ガーナにも迷惑かけちゃったな、後でちゃんと謝らないと……。
「砦の中には騎士や関係者しかいないしもういいわよね……それで、さっきの爆発は何なのアーシー?」
「ぬ……ごめん、話せない」
その道中、目の笑っていない笑みを浮かべたライラからそんな質問が飛んできた。
さっきの爆発――あたしがヤツを仕留めるためにやった、魔力の爆発の事だ。あたしはガーナのおかげで見えるけど傍から見たら原理は全く分からないだろうから、気になっていたんだろう。何よりあたしの腕がズタズタだし……。
とはいえ、あたしもライラには話したいところだけど、砦に来る前に報告した時にローベルト様から口止めされてるから話すことはできないのだ。今のところガーナの視界を通して魔力を視ることができるあたししかできないということと、爆発の詳しい原理が判明していないとということが理由だ。
「……もしかして陛下が?」
「まぁ、そういうこと……」
にしても爆発の原理か……さっき爆発させた時に分かったけど、掌に集めた魔力の球体は前にやった時よりも大きくしていて、その時よりも多くの魔力を込めてようやく爆発し、威力も前腕が傷だらけになる程に強くなっていた。だから、魔力の爆発は制御できる最大量ではなくその範囲に込められる魔力の最大量で、その魔力量に応じて威力も上がるということなんだろう。
これは氾濫が終わった後にチアーラさんと陛下であるローベルト様に報告しないといけない。
そんなことを考えていると、ライラがため息をついて話を続けた。
「はぁ……話せないのは分かったわ。まずはポーションを飲んで、今なら傷跡も残らないでしょ?」
「げっ……不味いから飲みたくないんだけど……」
「あら、訓練するときに飲んでいたんじゃなかったの?」
「あれは飲まないと動けなかったし……飲まないと姉ちゃんに口移しで飲まされるから仕方なく飲んでたんだよ……」
魔力と体力を消費するが治癒機能を上昇させて、短時間で怪我を治すことができるポーション。訓練を始めた頃にあたしが飲まされていたものなんだけど、これは滅茶苦茶不味い。
不味い。本当に不味い。しかも魔力も体力も消費されて疲れる。凄く疲れる。飲みたくない。どうせこれから治癒師のところに行くんだし、飲まなくても良いじゃん。
「アーシー……治癒師に全部任せようとしたら治癒師の魔力が尽きるわよ。一般人や普通の騎士ならまだしも、あなたは鍛えたことで筋肉の密度が異常になってて治癒師の負担が大きいんだから。治癒師に任せるのは肋骨の罅だけよ」
治癒師の使う治癒魔法というのは、自然治癒力を高めるポーションとは違い言葉通り怪我を治すことができる。治癒魔法も魔力と体力を消費するんだけど、魔法を使用する治癒師が負担するため、ポーションを使うと死んでしまう程に重症を負った怪我人を治すことができるのだ。
しかし、詳しいことは研究中だから詳しいことは不明らしいが、何故か鍛えれば鍛えるだけ治癒師の魔力や集中力の消費が激しく、治癒魔法をかけるのが難しくなるらしい。今のところ一番可能性が高いのは、今ライラが言ったように「筋肉の密度が異常で干渉する隙が無いから」という説なんだとか。
また、ライラの言った「治癒師に任せるのは肋骨の罅だけ」と言うのは別に優先順位の問題ではなく、単純に骨はポーションでは治せないというのが理由だ。ポーションには肉体の治癒力を高める成分が入っているのだが、骨はその成分を吸収できずに効果が出ないんだとか。
……というわけで、現実逃避終わり。
「ほら、見た目相応な子供みたいなこと言ってないで早く飲んで」
「見た目相応は余計だよ…………うぇぇ」
結局あたしはライラに言われるまま、渡されたポーションを渋々、本っっっっっっ当に渋々ながら飲んだ。不味い。不味いが、両腕の前腕の傷が跡も残らずに塞がり全身の打ち身の痛みも引いていった。それと同時に魔力が消費され、どっと疲れが襲ってくる。流石に無理やり治した左肩に全身の打ち身、それに両腕の傷、これだけの怪我を治すとなると、やっぱり消耗が多いなぁ……。
不味いのも嫌だけど、これも凄く嫌なんだよね……。
「着いたよアーシー――先生いらっしゃいますか?」
『うん、どうぞ』
「失礼します」
話しているうちに着いた部屋の扉をライラがノックしながら声をかけると、その中から男性の――あまり覇気のない声が返ってきた。
その返答を聞いて断りを入れたライラと一緒にその部屋に入ると、丸い眼鏡をかけている白衣の男が椅子に腰かけていた。何と言うか……無精ひげを生やして気怠そうにしている彼は、失礼だけど「私生活ダメダメな物臭おじさん」と言った印象だ。
それと部屋の中から少し懐かしい匂いがした。部屋の戸棚には包帯や薬、薬草とかも入っているから多分その匂いだ。
「おや、キミが来るとは珍しいねライラ君。氾濫二回目の参加にして油断でもしたかい?」
「魔物相手に油断するようではこの国の騎士なんて務められませんよ。今日は私ではなく彼女です。今回不測の事態が起きたのは先生も知っているでしょう、その対処のために彼女が負傷したので治癒をお願いします」
ライラの言う”先生“の言葉に彼女がそう返すと、彼はチラッとこちらを見て口を開いた。
「キミは……あぁ”般若殿“――いや失礼、アーシス君だったかな、ガレリアから話を聞いているよ。い会うたびにアーシス君の話をして『姉妹ってのも良いよな』って言ってくるからね、彼」
「アーシー、先生は騎士団長と幼馴染なのよ」
呼び方で何となく分かったけどこの先生って人とガレリア騎士団長は幼馴染らしい……っていうか何言ってんのあの人……あたしとシンディーのこと姉妹みたいに見えてんの、あのオヤジ――あぁいけない、あの人っておっちゃんと雰囲気が結構似てるからついオヤジって言っちゃった。まぁ、口に出してないからいいか。
「さて、そろそろ治療に移ろうか、まず怪我の状態を聞いても良いかな?」
「肋骨に罅がはいっています。他にも左肩の脱臼を無理やり治して、全身打ち身だらけ、それに両腕の前腕が傷だらけになっていましたが……そちらは先程ポーションを飲ませました」
「あぁ、それで彼女はそんなに疲れているんだね……それで肋骨だったね。う~ん……今休憩中の女性の治癒師を連れてくるから待っていてくれるかい?」
ライラが彼にあたしの怪我の内容を話すと、何故か彼はそう答え椅子から立とうとした。ライラが先生と言っているあたり彼も治癒師だと思うんだけど、この人だと何かダメなのかな……人によって治しやすい怪我とかあったりするんだろうか?
「不味い」という、薬を嫌がる子供みたいな理由でポーションが嫌いなアーシスでした。
まぁ、実年齢はともかく見た目は子供なので、見た目相応なセリフではありますね……。
★次回第八十五話は「06/01」を予定しております。




