第八十三話 ―骨が折れるかも―
第八十三話です。
前話読んでない方はそちらからどうぞ。
切り落とした首はそのまま――ドッ――と、身体はかなりの重さだからか――ズゥン――と地面に落下した。そうして、薬を使って変異し魔物を喰らって更に変異した元ハンターは絶命した。
気絶している間に見た夢のようにはならなかった。そのことに安心はしたけど……吐き気とかはないが、やっぱり気分は良くなかった。
(あたしがこの人を殺したんだ……動きを止めるなら手足を斬り落とせば出来たかもしれないけど、それでも暴れることには変わりなかったと思う。それに、あんな姿になっても人にそんな苦しませるようなことはさせたくなかったから……)
彼が絶命したことを確認した直後そう考え込みそうになったが、感傷に浸る前にあたしに声がかけられた。
「”般若殿“ご無事ですか!?」
「うん……大丈夫。それよりもこの後のことを考えなきゃ」
あたしを心配してくれるようなライラの声に大丈夫と返したものの、思うところがあるし、身体中も痛い。
脱臼を無理やり治した左肩もまだ痛むし、ヤツに殴り飛ばされた時の全身の打ち身も痛い。そのうえさっきの魔力の爆発で両腕の前腕も傷だらけだし、多分爆発の衝撃で肋骨に罅が入ったっぽい。その状態で思いっきり剣を振った。
正直言うと精神的にも肉体的にも結構ヤバい気はしてる……。
とはいえ、まだやらなきゃいけないことがあるから休んでいる暇はない。それに罅程度でどうにかなるような鍛え方はしていない。
なんでコイツが執拗にカリナさんを狙っていたのか分からない、それに何で魔物を喰らって鱗や牙が生えたのかもだ。とはいえ、これは今考えても分かることじゃないし、今は他のことが優先だ。
そうしてあたしは”白蛇“とライラを連れて、カリナさんを抱えている”狐“のもとに向かって行く。
「時間がかかってごめん、もう大丈夫だよ」
二人に駆け寄ったあたしがそう声をかけると、”狐“から降ろされたカリナさんがコクリと頷いた。ヤツはもう動かないけど、まださっきまでの恐怖が残っているようで少し震えている。
怪我は無いようだけど、この状態じゃ氾濫中の魔物の対処はさせられない。
「おい大丈夫か!?」
その声が聞こえたと思ったら、スモーカーのおじさんがカリナさんに駆け寄っていて、ふと彼の手に握られえた弓が目に入った。
弓?……もしかしてさっきのって――いや、今はこの後のことを考えないと。
カリナさんは無事だけどまだ震えているし、おじさんの方もまだ彼女のことが心配のようで、このまま氾濫の対処に戻ってもらっても動きが鈍ってしまいかねない。ただ、”狐“たちは怪我もないし疲れた様子もないけど、どうしたものか……ヤツを倒した今、これから氾濫もこれまでと同じように戻るはず。
「まず、ライラはガレリア騎士団長に、”狐“は”絢華様“に報告して。報告が終わったら氾濫の対処に戻って」
「わかりました」「承知しました」
あたしが指示を出すとライラと二人の”狐“のうちの一人がそれぞれ通信用の魔道具を取り出して報告を始めた。それを確認したあたしはスモーカーのおじさんとライラさんには天幕まで戻るように指示を出すために向き、それを伝えようとしたところで気が付いた。
「二人は……そう言えばもう一人は?氾濫中は三人一組で動いていたはずだけど、もしかして……」
「いや、俺たちは元々二人で組んでたから知り合いの四人組から一人だけ一緒に組んでもらってたんだが、今はソイツは他の三人の方に戻ってもらったんだ。流石に他のパーティーのメンバーは巻き込めないからな」
もしかしてアイツに襲われてしまったのかと思ったが、そうじゃなくて安心した。
その一人は元々他の組の三人と四人で組んでハンターの仕事をしていたらしいから、無理に下がらせる必要はないか、今下がらせて逆にその三人の動きが悪くなってもいけないから。
「それなら良かった、じゃあ二人は砦まで下がって休んで。氾濫前に話した事と今回の件について、氾濫が終わった後に話を聞くことになるだろうけど……今は休んだ方が良いよ」
「嬢ちゃんはどうするんだ……?」
「あたしは――ちょっと待ってて」
いつまでも兄ちゃんにあたしの担当範囲まで任せるわけにはいかないので、スモーカーのおじさんの問いには「残って魔物の対処をする」と答えようと思ったのだが、それは耳元で発せられた別の声に遮られてしまった。
あたしは彼に断りを入れてその声――報告を終え、小声で話して来る”狐“の言葉に耳を傾けた。
「”絢華様“への報告は完了いたしました」
「ありがと。二人には砦まで下がってもらって、あたしはこのまま魔物の対処に戻るから”狐“達も戻っ――」
「――”般若様“も砦に下がり治癒師の元へ行くように、とのことです。勝手ながら”般若様“の身体の状態も報告させていただきましたので、それを聞いての判断でしょう」
さっき遮られたおじさんへの返答を”狐“に対して伝えると、そう返された。
精神的なところまではバレていないようだけど……左肩の痛み、全身の打ち身、両腕前腕の傷、肋骨の罅、それらが全部”狐“にはバレていたようで、それをチアーラさんに報告したらしい。
痛みは我慢すれば良いだけなんだけど……この状態で動いてチアーラさん達に迷惑はかけたくないから、大人しく指示に従うことにした。
念のためスモーカーのおじさんとカリナさんに聞こえないように、あたしも小声で狐に返事を返す。
「……分かった、二人の護衛をしながら砦に下がるよ」
「それと”絢華様“より伝言です。『分かっていると思うけれど氾濫が終わった後はお説教ね』と。我々には先程の爆発の原理は分かりませんが、その腕と”絢華様“の反応を聞く限り相当危険なことだったのでしょうしお説教も仕方ありません」
「まぁ……そうだよね。分かった、あたしは砦に下がるから”狐“の二人は魔物の対処お願いね」
「「もちろんです」」
そう言い残して二人の”狐“はこの場を後にして、魔物の対処に戻って行った。
砦に戻ったらガーナの説教もあるだろうしその後にチアーラさんのお説教もあると思おうと、ちょっと気が重いけど……それも覚悟のうえだったし諦めるしかない。
と考えていると、ライラの方もちょうどガレリア騎士団長への報告が終わったようだ。
「”般若殿“私も一緒に砦まで下がるようにと指示を受けました。ヤツの回収は騎士に団長から指示が出ておりますので後はそちらにお任せください……それと、貴方がちゃんと砦の治癒師のもとに行くまで私に監視するようにと指示を受けておりますので」
「むっ……分かった」
あたしとライラで二人を護衛しながら砦に戻れ、でもってあたしはちゃんと治癒師のところに行けといことだった。ヤツの遺体は騎士達が回収するということなのでそこは言葉に甘えようと思う。今の状態であの巨体を運ぼうとしたら、言葉通り骨が折れるかもしれないから。
でもさ……あたしのことを心配してくれてるんだろうけど、最後のは必要ないんじゃないかな?これで治癒師のところに行かなかったら、後々ガーナとチアーラさんだけじゃなく皆から一日お説教コースになりかねないし……。
そう思いながらあたしはおじさんとカリナさんの二人に向き直った。
「っていうわけで、あたしもライラさん――こっちの騎士の人と二人を護衛しながら砦に下がるよ。おじさんはカリナさんを抱えて走って。魔物が襲ってきたらあたし達が対処するから」
「分かった――行くぞカリナ」
「はっ、はい……!」
あたしの言葉を聞いたおじさんは彼女を抱えて砦に向けて走り出した。あたしとライラも周囲を警戒しながら彼に続いた。
文字通り骨(肋骨)が(罅どころではなく)折れるかもしれなかったアーシスでございました。
ちゃんと治癒師のところに言ってね……。
★次回第八十四話は「05/25」を予定しております。




