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修羅の舞う夜に  作者: Lyrical Sherry
第四章 氾濫編
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第七十九話 ―身体は動く―

第七十九話です。


アーシス視点に戻ります。

 気が付くとあたしは騎士やハンターが魔物たちの対処をしていたはずの戦場に倒れていた。

 不思議と痛みはなく、起き上がりながら周囲を見ると多くの騎士やハンター達、そして”狐“達までもが血に染まって倒れていた。立っている人はひとりもいない。倒れている彼らの身体には無理やり引きちぎられたような跡や、喰いちぎられたような跡が残っていて、呻き声すらも聞こえない。

 更にはガーナまで、あたしの首から地面に落ちて、力なく倒れてしまっていた。


『きゃぁっ!?』


 突如聞こえた悲鳴に振り返ると、そこにいたのはあたしが気絶させられたヤツと、その目の前で倒れている一人の女性、氾濫開始の直前あたしが「誰も死なせない」そう伝えたカリナさんだった。そして今にも殺されてしまいそうになっている彼女は――たすけて――確かにあたしにそう言いった。

 彼女を助けるために動かなきゃいけないのに、ヤツを殺さなきゃいけないのに……何故かあたしの身体は動かない――ただ、カリナさんがソイツに首元を喰いちぎられる姿を見ていることしかできなかった。


 守ると言ったのに、一人も死なせないって言ったのに……あの時、あたしがコイツを仕留め損なったから、あたしがコイツに気絶なんてさせられたから。こんな時に守れるように鍛えてきたのに……何もできずに、見ていることしかできないなんて、あの時から――母さんが殺された頃から何も変わってない……。


「結局、あたしは何も……」


 もうすでにあたしに狙いを定めているアイツに、身体を動かせないあたしには何もできることはなかった――結局、何も守れなかった――その呟きだけ残して、あたしの意識は途切れた。



「アーシー!」「アーシス!」


 ライラとガーナのあたしを呼ぶ声で目が覚めた。”狐“があたしを回収してこの二人が看てくれていたんだろう。

 まだ少し頭や身体が痛むけど、まずは状況の確認をしないと……。


「今、どんな状況……?」

「まったく――」

「この子は――」


 二人が心配してくれたのは顔を見れば分かるけど、今は状況を知りたい。二人とも呆れた様子を見せながらも今の状況を説明してくれた。

 まとめると、今は「理由は不明だけど他の人にも魔物にも見向きもせずひたすら後方西側に向かっていて、チアーラさんとカイナート兄ちゃんが手が離せないから三人の”狐“が相手をしている」ということだった。

 それを聞いた瞬間、あたしは思わず立ち上がったのだが――全身に激痛が走った。

 そうだ、アイツに殴り飛ばされたんだ……前に羅刹が倒したやつよりも力が強くて衝撃を逃がしきれず、左肩が脱臼しているうえに全身打ち身だらけだ。


「っ……!!」

「何してるの、今は休んでおきなさい!」


 ライラがあたしの身体を押さえつけようとしてくるが、今はそんな事してる場合じゃない。あたしが気絶させられる相手じゃ、三人いても”狐“だけじゃアイツを仕留めることは不可能に近い。それに何にも構わず直進を進めるってことはその先の”何か“、あるいは”誰か“を狙っているってことだと思う。

 ”何か“ならまだ良いかもしれないけど、”誰か“ならまずい。その”誰か“を殺すまで執拗にその人を狙い続けるかもしれないからだ。片腕だけでもその人を抱えて逃げ続けることくらいならできる。

 というかあたしが標的かもしれないし……!


「すぐにあたしも合流しないと……!」

「ちょっとアーシー!」

「待ちなさい!」

「ガーナは危ないからライラと一緒にいて!」


 そう言ってあたしは近くに置いてあった二本の短剣を拾い、鞘に納めながらライラとガーナの静止を無視して天幕から出ていく。


 今の状況を聞いてからさっき見た夢の内容が頭から離れない。流石にあそこまで被害が大きくなる前にチアーラさんか兄ちゃんがアイツを仕留めるだろうけど……被害ゼロとはいかないかもしれない。

 だからあたしが行くんだ――誰も死なせないため、そしてあの夢を現実のものにしないために。



 アーシスと合流させるために向かわせた”狐“達から、気を失ったあの子を保護したと報告を受けて私はひと安心したのも束の間、”狐“から何故かソレが人や魔物に見向きもせずに真っすぐ後方西側に向かっていると報告が入った。

 ”狐“が何度斬りつけても意味がなく、かといってあの子たちでは仕留めることはできない。それなら私かカイナートが向かわなければいけないのだけど……少し前、前線に出ているハンターの一人が負傷したため、今私がこの場を離れることができなくなってしまった。それならカイナートに行ってもらいたかったのだけど、あの子はあの子で手が離せないみたいね。


 待機中のブラッドやモルガナは今は出すわけにはいかない。いくらあの子たちでも一晩中動き続けた後だもの、今動ける程体力は残っていないのよね……。


(私の負担が多くなるけれど、ガレリアに行ってもらうべきかしらね……)


 私たちの代わりに騎士団長であるガレリアに向かってもらうために通信をつなげようとした時、”狐“から通信が来た。その相手は天幕で待機している”狐“の一人で、この状況で通信を寄越して来る必要はないはず。となれば、アーシスに何かあったのかしら……。

 私は直ぐに通信に出ることにした。


《”絢華様“申し訳ございません!”般若様“が……!!》


 通信にでて”狐“がしてきたのは予想通りアーシスのこと。けれど、嫌に焦っているように思える。嫌な予感を抱えながら私がどうしたのか聞き返すと――


《”般若様“がライラ殿と”白蛇殿“の静止を聞かず飛びだしてしまったようで……!》


 ガーナと友達であるライラが止めればアーシスも大人しく休んでくれると思ったけれど、その予想は外嫌な予感が的中してしまった。

 ”狐“からの報告ではあの子は今左肩が脱臼していたはず……そんな状態では例のヤツをまともに相手にできるとは思えないのに。あの子への心配で頭が痛くなりそうだった。それでも私が今思考を止めるわけにはいかない――あの子を止めようとしてくれた二人のためにも、その報告をくれたこの子のためにも。何よりアーシスのためにも。


「よく報告してくれたわね。あの子とは私が話すわ……!」


 そうして通信を終え、今度は私からアーシスに通信をとばす。

 そして、通信が繋がった瞬間、私は思わず声を荒げてしまう。


「あなたは下がって休んでなさい!そんな状態じゃ――」

《”絢華様“も”絶狐“も手が離せないんでしょ!?待機中の二人だって今動ける程体力は無いんでしょ!?あたしはまだ動けるからあたしが行くの!!!》

「動けるってあなた……左肩が脱臼しているんでしょう!?」

《狙われてる人を右腕で抱えて逃げ続けるくらいはできるよ!!!》

「そういう問題じゃないでしょう!?」


 アーシスが言うことはもっともだと、私も頭では分かってる。私もカイナートも今は手が離せないで、私たちが助けに行くまでに何人の騎士やハンターの命が失われるか分かったものではない。

 ソロでも私はあなたが心配なのよ。私の立場で言ってはいけないのだけど、騎士はともかくハンター達よりもあなたの事の方が大事なのよ……!


《心配してくれるなら、できるだけ早く助けに来てね……!》

「アーシス……」

《あ、見つけた――》

「ちょっと話はまだ……!?」


 その言葉を最後に――ブツッ――私が何かを言う前に通信を切られてしまう。

 あの子は、私たちが心配していること自体は理解できてるみたい――いや、あの子それを分かったうえで無茶するから性質(たち)が悪いのよ!


「いえ、うちの子たちは皆そうだったわね……」


 なんでうちの子たちってそんな子ばかりなのかしら……?

 とにかく、さっきの話しからしてあの子も考え無しに行くわけでも無いみたいだし……少しくらい信用してあげないといけないわね。あの子だって子供じゃないんだから……。

 私は私で、いつでもあの子のところに迎えるように、この場にいる魔物共を殲滅しておかないといけないわね。

次話につきまして05/01を予定しておりますが、投稿が遅れてしまう可能性がございます。


可能な限り予定通りに投稿できるように尽力いたします。

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