第七十八話 ―役目を―
第七十八話です。
今回はお狐さん視点です。
私たち三人の”狐“は”絢華様“からの命で”般若“様に助力するために森の入り口付近まで来ました。しかしここまで来た途端、森の中から物凄い音が聞こえてきました。同時に通信用の魔道具から呼び出しの音が鳴り始めました。
《急いであの子を探しなさい!!》
「”絢華様“何が!?」
《あの子が気を失ったみたいなの。一人はあの子の保護を、残りの二人は私か絶狐が向かうまでヤツの気を引きなさい!》
「承知いたしました!」
”絢華様“は最後に「仕留めようとは思わないように、気を引くことに専念しなさい」と言い残し通信を終えました。上級の魔物をお一人で仕留めることのできる”般若様“が気絶させられてしまう程の相手です。中級までしか相手取ることのできない我々”狐“では到底仕留めることはできません。ですから”絢華様“も気を引くことに専念するようおっしゃったのでしょう。
”般若様“は気を失っってしまったとのことですから急がねばなりません。幸い先程の音で大体の方向は分かっています。我々は即座に行動を開始しました。
音のした方向にしばらく進むと半ばから折れた木々を見つけました。そしてその先に倒れている”般若様“を見つけました。しかし、周囲を探してもこの方を襲っていたという”ヤツ“が見当たりません。音もしませんし気配もありません。ともかくまずは一人は”般若様“をお連れして後方へ戻り、二人は引き続き周辺を捜索すると”絢華様“にお伝えしました。
その後私は、ハンターや騎士の皆様が絶えず迫って来る多くの魔物との戦闘を続けている中、”般若様“を抱えながら走り抜けます。
その途中「”狐殿“!」とこちらを呼ぶ声が聞こえてきました。騎士であり”般若様“のご友人であるライラ殿の声です。
「”絢華殿“より”般若殿“を後方へお連れするようにと要請を受けました。騎士団長にも許可を得ています」
「では……」
「”絢華殿“よりあなたは『捜索及び足止めに戻るように』との言伝を預かっています。」
「承知しました。よろしくお願いします」
ライラ殿に”般若様“をお任せし、私は捜索を続けている二人に合流するため、再び森へ足を向け――ようとしたところで通信用の魔道具から音が鳴りました。”般若様“をライラ殿にお任せした報告もしようと思っていましたから好都合です。
しかし、通信に答えた直後聞こえてきたのは、やけに焦ったような声でした。
《そちらの状況はどうなっていますか!?》
「こちらはライラ殿に”般若様“をお任せし、そちらに戻ろうとしていたところですが……そんなに焦ってどうしました?」
《ヤツを見つけて足止めをしていたのですが突如そちらに――後方に向かって走り出しました!”絢華様“には報告済みですが”絢華様“も”絶狐様“も手が離せないとのことです!》
聞き返した言葉に返ってきたのは、そんな衝撃的な事実でした。二人は追いかけながら気を引こうと斬りつけているようですが何故か見向きもしないらしく、”絢華様“がおっしゃることにはヤツは特定の誰かを狙っているのかもしれないとのことです。
それならばと我々は”絢華様“あるいは”絶狐様“がこちらに来れるまでその狙われている”誰か“を守り通すようにと”絢華様“よりご命令とのことでした。
そして我々は役目を果たすために行動を開始しました。
●
我々は何故か後方へ向かっている、異形のヤツを追い続けています。
”般若様“よりヤツが魔物を喰らったとのご報告がありましたが、今のところ周囲にいる魔物を襲うような素振りはありません。ヤツが特定の”誰か“を狙っている可能性があると”絢華様“が判断されたのは、”般若様“の報告があったにも関わらず周囲の魔物を襲うことなくは走り続けているからです。
どれだけ斬りつけようと見向きもせず、脚の腱を斬って止めようと試みましたが皮膚が硬く我々の力では斬ることができません。精々が浅い切り傷程度にしかならず、少しでもヤツの体力を奪えているのかすら怪しいでしょう。
「状況は変わらずですか?」
「ええ。我々の役目も先程話した通りです」
そう尋ねてきたのは”般若様“をお連れして下がった”狐“の一人です。あの通信からそれなりに時間は経っていますから、そろそろ合流する頃かと思っていたところです。
我々はそれぞれヤツに斬りかかりながら次の話へとうつりました。
「ヤツが向かっているのは後方西側のようですね」
「だからと言って何が分かるというわけではありませんね……」
一人がつぶやいたようにヤツは一心不乱に後方西側に向かっています。恐らくその方向にやつの狙いがあるのでしょうが、今のところ見当がつきません。
そもそも我々は”名持ち“の皆様の補助や情報収集が仕事です。元々命令されたことをこなすだけの生き方をしてきた者ばかり。あの方に拾われて少なからず自分の頭で考えるようになりましたが、そもそも自分たちで考えることは得意では無いのです。
「そろそろ後方に到着します、気を引き締めてください!」
結局何一つ検討もつかないまま、後方の手前に設置してある堀と柵が見えてきてしまいました。後方に配置されているのは一般の騎士と金等級以下のハンターです。そのような場所にヤツが到達してしまえば混乱は免れないでしょう――幸い熟練の騎士や長年ハンターを続けている者もおりますから、その方々に強力してもらうしかありません。
そうこうしているうちに奴は堀を飛び越え、柵を壊し後方西側へと到達してしまいました。幸い、と言うべきでしょうか、柵の裏に構えて上空の魔物を討伐していたハンターや騎士が襲われることはありませんでした。
奴はそのまま、迷う素振りも見せずに進み続けています。周囲にいるハンターや騎士達には一瞬で混乱状態となってしまいました。我々は予め”絢華様“より受けた指示通りに行動に移ります。
「ヤツは”キマイラ“です!推定で上級、我々が相手しますので決して相手をしようと思わないように!」
「この場にいる騎士およびハンターの皆様は引き続き魔物の相手をしつつ、この場にいない方々への共有をお願いいたします!」
”絢華様“の指示とは、ヤツを”キマイラ“とすることです。ヤツは人型ですが、爪や牙が生え、鱗までもあります。ですので猿科の魔物が基盤となった”キマイラ“と言っても通用するでしょう、とのことでした。
あの方の言う通り我々が”キマイラ“と伝えると「あれがそうなのか……」「俺らじゃ無理だなぁ」とそれぞれに呟き、魔物たちへの対処およびこの場にいない方々への共有に動き始めてくださいました。
”絢華様“がここまで予想していることにも驚きではありますが、彼らが直ぐに行動を始めたことにも驚きました。恐らく氾濫が始まる前に来団長であるガレリア殿がキマイラについての説明をしつこく話していらっしゃったおかげでしょう。あの方にも感謝せねばなりません。
「それから信号弾を!!」
我々がそう言うと近くにいた騎士が信号弾を打ち上げてくれます。
”絢華様“も”絶狐様“も手が離せない状況と分かってはいますが、お二人が直ぐにでも駆け付けられるように信号弾をあげておいてもらわねばなりませんから。
●
一人が先行して周囲の騎士やハンターの皆様に同じように声をかけ進行方向から皆様に退避してもらいながら、ヤツを追い続けます。
しかし――
「なっ……!?」
今まで向きを変えずに直線に移動していたヤツは、突然向きを左前に変えたのです。
進む方向を変えたヤツが向かう先には予想通り退避された騎士とハンターがいました。彼らは自分達のいる方向に向かって来ていることに気付き更に退避をしようと試みますが、ヤツも更に追っていきます。
『きゃっ!』
まだ少し先ですが、退避を続ける集団の中から聞こえた短い悲鳴が聞こえてきました。
そちらに目を向けると、一人――短い茶色の髪を後ろで結った女性のハンターが転倒してしまったようでした。彼女以外の騎士とハンターはそのまま退避を進めその場に残ったのはその女性と、その女性を起こそうとしている男性の二人のみ。
ヤツは更に退避を続ける集団には目もくれず、その二人のハンターに狙いを定めているようでした。つまり、彼らあるいは彼らのどちらかがヤツの狙いなのでしょう。
「そこのお二人逃げてください!」
我々は彼らにそう呼びかけましたが、その二人は逃げる素振りを見せません。どうやら、ヤツが自分たちを狙っていると気付いたか女性の方が恐怖で身体に力が入らない様子でした。
あの様子では男性の方はともかく、彼女は逃げることはできないでしょう。我々も彼女のもとに急いで向いますが、ヤツの動きが速く我々はヤツから離れないようにすることが精々で、彼女をあの場から逃がすことはできないでしょう……。
『いやっ……!』
既にヤツは彼女の目前にまで迫り、彼女に向けて腕を振りかぶっている姿が視界に移りました。
彼女を逃がすことができないとなれば、我々がするべきことは一つ。我々は互いに頷き合い、即座に行動に移します。
「覚悟を決めますよ!」
直後には、我々は彼女達とヤツの間に入り込みます。一人はヤツの腕を受け止めるために、二人はその隙に少しで二人のハンターを連れ出せるように。
(足止めの役割を果たせない我々にあの方は失望なさるでしょうか……?)
我々にとっては死ぬことなど問題ではありません、あの方に失望されることの方が怖いのです――それでも願わずにはいられません。どれだけもたせることができるか分かりませんが、我々という盾が無くなく前に”絢華様“あるいは”絶狐“様が来てくださることを。
そしてついにヤツの腕が振り下ろされました。
次話につきまして04/25を予定しておりますが、投稿が遅れてしまう可能性がございます。
可能な限り予定通りに投稿できるように尽力いたします。




