第七十七話 ―捜索へ―
第七十七話です。
そして氾濫二日目。今日はあたしは騎士やハンターの手助けじゃなくて、”魔物の森“に例の薬を使って逃げたハンターの捜索に向かう。
昨日みたいに広い場所で動くなら棍と短剣を組み合わせた槍で良かったんだけど、森の中じゃ長柄の武器は使えないから、今日は単純に二本の短剣を使う。あたしのは短剣って言うよりもナイフに近い長さだから取り回しが良いんだよね。
「よっし、準備は良い”白蛇“?」
「ええ、良いわよ」
ガーナも準備ができていることを確認して、あたしは首から下げた通信用の魔道具を起動する。通信先はチアーラさんとカイナート兄ちゃんだ。
「今から森に捜索に向かうね」
《気を付けていくんだよ》
《あなたなら問題ないとは思うけれど……何があるか分からないから通信はこのまま繋げたままにしておきなさい》
あたしがチアーらさんとカイナート兄ちゃんに魔道具を使って、森に向かうことを伝えると、二人ともあたしを心配するような声色で言葉を返してくる。
「分かった、じゃあ行ってくるね」
あたしは二人にそう返すと、チアーラさんに言われた通り魔道具を起動したまま”魔物の森“へ移動を開始する。通信用の魔道具は起動したままだと魔力を注ぎつずけなきゃいけないから、常に消費していく――まぁ少量ではあるけど――だから魔法を使いすぎないように気をつけないと。流石に”魔物の森“の中で気絶するわけにはいかないからね。
「よし……大丈夫そう」
あたしが森の中に入っても魔物たちはこちらに目もくれず、人の多い砦の方に向かって進み続けている。おかげで例の逃げ出した元ハンターの捜索に集中できる。
何か手がかりでもないかな……と思ったところであたしは気付いた。
「なんか、森に入ってから血の匂いがするんだよね」
「確か、この時期って――」
「うん。魔物は普段は魔力を求めて人や魔物を襲うだけど、なぜかこの氾濫の時期だけは魔物同士で争わない……」
あたしはガーナの問いに答えながら、その血の匂いを辿って進んでいく。
魔物っていうのは、本来魔力を持たない動物が大量の魔力を浴びることで変異した存在で、魔力は魔物にとって自身を強くするための、いわゆる栄養。だからその栄養である魔力を持っている、人や他の魔物を襲って喰らい、成長していく。
ただし、氾濫の時期だけは違う。
氾濫が始まる大体八時間前から、氾濫が始まるまでの時間だけ、全ての魔物が大人しくなって魔物同士で争わないだけでなく、近くに人がいても襲わなくなる。
そして氾濫が始まると、なぜか今度は魔物同士では一切争わず、すべての魔物が人の多い場所に向かいだす。今だ原因は分からないけど、少なくとも記録を残し始めたここ七年間、必ずそうなっていたらしい。
「魔物たちはお互いに争わないで、ひたすら砦の方に向かうだけ。つまりこの森に逃げてきたソイツが目に入った魔物を襲ったってところかな――まぁ、今年も過去七年と同じっていうのが前提だろうけど……」
「それを言ったらキリがないわよ……とりあえずそれで探して、駄目だったら一度戻り――」
――ガァァァァァッ!
とガーナと話していたところで、ところで、背後から咆哮が響いた。魔物のようで、魔物とは少し違う、少し前にブラッドのおっちゃんが仕留めた薬を使って変異した盗賊の男が上げた咆哮と同じものだ。その声に振り返ると、皮膚の爛れた腕が目の前に迫って来ていた。
「ぬぐぅっ!?」
迫る腕を、なんとか左腕で受け止め、そのまま身体を捻って逸らす。しかしその力が強く左肩が無理な方向に持っていかれてしまい――ゴキンッ――激痛と共にそんな音が鳴った。そしてその瞬間、左肩から力が抜けあたしの左腕は力なく垂れ下がった。
多分、いや確実に左肩が脱臼した……!
(骨が砕けるよりましか!痛みはあるけど我慢できない程じゃない……まずは相手の確認をしないと!)
そう考えて脱臼の痛みに耐えながらも襲ってきた相手に目を向けてみると――異常な程に膨張した筋肉に、爛れた皮膚――どう見たって例の薬で変異し、ガレリア騎士団長の前から逃げた元ハンターだろうヤツがその場に立っていた。
「見つけたけどコイツ――くっ……!」
チアーラさんと兄ちゃんに目の前のソイツを見つけたことと、対処について確認しようとしたところで、ヤツの腕がまた迫ってきていることに気付いた。あたしもすぐにその場を離れ、近くに生えている木の上に移動する。
直後、さっきまであたしがいた場所は――ドゴォッ!――という音と共に抉れ、周囲に土煙が舞う。ヤツはきょろきょろと周囲を見渡すだけでその場から動く気配がない。土煙のおかげであたしのことを見失ったみたいだった。
「見つけたけど、コイツはどうす――」
「ちょっとどうし――」
《”般若“?》
《急に黙ってどうしたんだい?》
改めて対処を確認しようとしたところで、あたしは言葉を失った。あたしを見失ったヤツが突如、近くを通った狼型の魔物を襲い――それを喰らい始めたからだ。
どうしたのか分からないと言った感じだったガーナもその光景を見て言葉を失っていた。
急に黙ったあたし達にチアーラさんとカイナート兄ちゃんが心配そうに声をかけてくるが、あたしは見たままを伝えることしかできなかった。
「アイツ、襲った魔物を喰ってる……」
《《え?》》
二人は何を言っているのか理解できない様子だったけど、あたしには詳しく伝える暇がなかった。
更に衝撃的な光景が映ったからだ。魔狼を喰った瞬間ソイツが苦しそうに蹲り呻き声をあげたと思うと、ヤツの身体が――バキバキッ――と音を上げ、ソイツの歯が狼のような牙に生え変わり、手からは同じく狼のような爪が生えてきた。
「ねぇあれ……まずいんじゃない……?」
「だね――今すぐ仕留める……!!!」
《ちょっと”般若“!?》
《”般若“ちゃんいったい何が!?》
ガーナの言葉に同意したあたしは、チアーラさんとカイナート兄ちゃんの声を無視して、未だ苦しんでいるソイツに接近する。そして、一撃で仕留めるためにその首に短剣を振り下ろした。
しかしそれは――ギィンッ!――という音と共に弾き返されてしまう。
「なっ――」
弾き返されたことに動揺してしまったあたしの目の前では、ソイツは既にあたしに向けて右腕を振りかぶっていた。そして次の瞬間には、振られた腕があたしの胴に直撃し、腹に重い痛みが走った。
「――かはっ……!?」
生えた爪が当たらなかったおかげで生きてはいるものの、その怪力によって吹き飛ばされたあたしの身体は次々とぶつかる木々をへし折っていく。何とか木々に衝突する瞬間に殴ったり蹴ったりすることで衝撃を減らすが、あたしが吹き飛ぶ勢いは止まらない――ぶつかった気が木が折れやすかった、とかじゃなくただただ勢いが強すぎた。
「着地し――ぬぐっ!?」
それを繰り返しようやく勢いが収まってきたところで、地面に着地――しようとしたところで全身に激痛が走り、上手く身体を動かせなくなってしまう。脱臼や殴られた腹だけじゃなく、腕や脚で木々をへし折っていたのだから激痛に襲われてもおかしくなかった。
結局あたしは、着地どころか受け身もとれずに地面に激突し――その衝撃で地面に思い切り頭をぶつけてしまう。
「ちょっと、しっかりしなさい……!」
《”般若“何があったの!?》
《”般若“ちゃん!?》
頭をぶつけたせいで頭が朦朧とする……何か声が聞こえる気がするけど上手く聞き取れない。起き上がらなきゃいけないのに全身が痛い。身体に力が入らない……。すぐに立たないといけないと分かってるのに、身体が動かせない……。
「ガーナ……にげ……」
あ、これはダメだ……そう思った直後、あたしはそのまま気を失った。
次話につきまして04/20を予定しておりますが、今話と同様に近ごろ少々忙しく投稿が遅れてしまう可能性がございます。
可能な限り予定通りに投稿できるように尽力いたします。




