第七十五話 ―氾濫開始―
第七十四話目です。
今回からようやく氾濫開始です。
前話読んでいない方はそちらからどうぞ。
カリナさんの手を取りながら、あたしは彼女に伝える。
「大丈夫だよカリナさん。”修羅“は騎士やハンターの皆を守るためにいるんだよ。ここに移動する前に、騎士達から"自分は周囲の人が危険だと思ったらそれを使え"って照明弾を渡されたでしょ?」
「う、うん……」
「それはあたし達に対して救援の合図。それを使えばすぐにあたし達が助けに向かう――だから、心配しないで。あなたの前であたしが誰も死なせない。この氾濫で”修羅“が誰も死なせない」
と言っても、あたしは二日目は森に例の薬を使ったハンターの捜索に向かうから外すけどね。まぁその間は兄ちゃんが担当してくれるから安心だけど。
「なんで……」
あたしがそう言うと、カリナさんの瞳が揺れた。どうやらあたしの予想が当たっていたらしい。
こういう時って自分でも分からない程嘘に敏感になるから、嘘を言われても分かっちゃうんだよね。だからあたしも嘘は話しちゃいけない。とはいえあまり人に聞かせる話でもないからカリナさんだけに聞こえるように声を潜めて言葉を選ぶ。
「あたしも十年間夢に見続けるくらいには、色々あるから……同じく何かを抱えてる人って何となくわかるんだよね」
大切な人を失ったあの時の夢を……十年も見続けてる。拭いたくても拭えない、頭から離れない、そうして藻掻いてるうちに、心に何かを抱えてる人は何となく分かるようになってた。
「あたしは今は信頼できて頼れる人もいて、一人じゃないって分かってる。だから今ここにいられる。カリナさんもそういう人がいるんじゃないかな……だからここにいるんでしょ?」
あたしが”修羅“の存在が支えになっているように、カリナさんにも支えになっている存在がいるんじゃないかな。って言うかさっきからチラチラこっちを見てるスモーカーのおじさんがそうだよね……まさかカリナさんも自覚が無いとは思うんだけど。
それはそれとして、カリナさんからの言葉を待つが返事はない。昨日今日知り合ったばかりなのに踏み入りすぎたかな……あたしもすぐに皆を信じることなんてできなかったし……やっぱり皆みたいには――
――とん……
そこまで考えたところで、カリナさんはあたしに軽く身体を預けてくる――身長差があるからか自然にあたしの頭の上にカリナさんの頭がのってる状態になってる。
そうしてあたしがしたように、カリナさんはあたしにだけ聞こえる声で呟いた。
「ありがとう……」
「うん」
彼女の呟きに返したあたしの声で、カリナさんは少し元気が戻ったみたいだった。表情も声も明るさが戻ったように見える。
あたしなんかの言葉で彼女の不安を除けるか心配だったけど、少しでも不安が消えたようで良かった。この様子ならもう大丈夫かな。
「むっ……!」
カリナさんとの話もひと段落したところで、あたしは魔物の気配を感じた。その方向を見てみるとこっちに向かっている大量の魔物の姿が見えた。
氾濫によって森からあふれ出てきた魔物が、目視で確認できる距離まで迫っているところだった。
「さっ、魔物たちが来るよ」
「そうですね」「みたいだな」「はい!」
ライラ、スモーカーのおじさん、そして元気を取り戻したカリナさんが表情を引き締めながらあたしの言葉に答える。他の騎士やハンター達も迫って来る魔物たちに気付いたようで表情を引き締めている。
それを見たあたしも迫って来る魔物を見据えて、気を引き締めた。
「それじゃあ皆、気を付けてね。【結界】――ふっ!」
あたしはライラさん達に声をかけた後、頭上に結界を生成し鉄糸を使って結界の上に飛び乗った。あたしは特に背が低いから、高い場所に生成した結界から周囲を眺めないと状況を把握できないからね。それに、ガーナもこうした方が見てもらいやすいし。
「”白蛇“はあたしが見てない方向を見ておいて」
「ええ、分かってるわ」
首元にいるガーナにそう言いながら、あたしは背中から抜いた2本の棒の端同士を合わせ、カチンと音がするまで回して棍の形にする。そして短剣を1本だけ抜き、棍をと同じ方法――棍の端と短剣の柄を合わせて、これもまたカチンと音が鳴るまで回す。
そうすることで棍と短剣だったものが、槍へと形を変えた。
「アナタ槍なんて使えるの?」
「え、うん。剣、弓、双剣、斧、大体の武器は一通り使えるよ?」
「す、すごいわね……」
大体の扱いはおっちゃんから教わったから、何なら教えられる程に大体の武器を使いこなせてるおっちゃんの方が凄い。棍とか短剣ならまだしも、あたしはそのほかの武器は一応使えるだけで教えられる程じゃないし。
それはともかく、棍はリーチはあるけど殺傷力がなくて、短剣は殺傷力はあるけどリーチは短い。氾濫では様々な状況に対応しなきゃいけないからどちらの長所も必要なんだけど、今のあたしじゃ状況に合わせて使い分けるのは難しい。だからチアーラさんと相談して棍と短剣を槍にできるように作りなおしてもらったんだよね。
「ほら来たわよ」
「うん、じゃああたし達も行こっか」
こんなこと考えてる場合じゃないね。
騎士やハンター達も魔物との戦闘を始めた。あたしも周囲の騎士やハンターに気を配りながら魔物のもとへ向かっていく。
●
「ふっ――”白蛇“他の人達は大丈夫!?」
あたしは魔狼の首を斬り倒し、上に生成した結界に飛び乗りながらガーナとそう言葉を交わす。まだ始まって一時間程度。騎士やハンター達はまだ体力も集中力もあるから怪我一つなく対処できているんだろう。
しかし魔物は数えきれない程に多く、ハンター達の中には楽観視しすぎてしまう人もいるわけで――
「あそこ囲まれてるわよ!」
「了解!」
ガーナの言った方を見てみると三人のハンターが、八体程の魔猿――猿の魔物――に囲まれていた。
魔猿は他の魔物に比べて頭が良く、木の上を小回りが利かせて移動して獲物を翻弄しながら襲う。見たところあの魔猿は下級だし、この場に木は無いから厄介さも半減する。しかし、小回りが利くことには変わりないため、囲まれやすい。
どれだけ強い人でも数で圧されては無事ではいられない。直ぐに助けに行かないと!
『だから気を抜きすぎるなって言っただろ!』
『お前も言えたことじゃねぇだろ!』
『ちょっと二人とも無駄なこと言ってないで警戒して!』
やっぱりかぁ……ここまで来るのは殆どが下級の魔物だから、油断して囲まれたんだろう。
でもって、あの状況で二人の男のハンターが言い合って、もう一人の女性ハンターが諫めようとしてる……そんな余裕が無いのは誰が見ても明らかなのに!
「喧嘩してる場合じゃないでしょ!!」
あたしは囲まれているハンター達に怒鳴りながら、彼らと魔物の間に入り込んだ。
基本的に魔物を見ているのがアーシスで、危険な騎士やハンターがいないか見回しているのがガーナという感じです。
必要な時はアーシスもガーナに魔物の動きを見てもらうように言います。
★次話は04/10投稿予定です。




