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修羅の舞う夜に  作者: Lyrical Sherry
第四章 氾濫編
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第七十三話 ―氾濫前、修羅の戯れ―

第七十三話目です。


今回は氾濫には直接関係ないですが、ちょっとした戯れ回です。

早く氾濫の話しに入ってくれって方には申し訳ない……。

 あたしは”修羅“の皆と一緒に砦まで来ている。砦の前の広場には騎士やハンター達も集まっている。

日の出前でまだ空は暗いけど、数時間後には日が出て氾濫が始まる。その前にこの氾濫対処の総指揮であるガレリア騎士団長からの挨拶があるんだよね。


 昨夜も例の薬関連の騒ぎについて――正確には騒ぎがあったってことだけだけど――話してるけど、ハンター達も『あれは吃驚したなぁ』って反応で不安とかは見られない。ガレリア騎士団長も軽い話方をしているから、そのおかげもありそう。とにかく色々警戒は必要そうだけど、今日から三日間の氾濫はハンター達も含め集中して対応に臨めそうだ。


 因みにあたし達はその場から離れた場所にいるから、今はまだ仮面はつけてない。ガレリア騎士団長の話が終わったらあたし達も仮面をつけて配置に着くことになる。


 ガレリア騎士団長の挨拶の主な内容は自分の役割と連携を大事にすること、負傷した者は即時砦まで下がること――そして、”キマイラ“が現れる可能性があるということ。”キマイラ“はこの国の付近では姿を見ることはなかったけど、以前盗賊を捕らえる際にチアーラさんが魔物の森とは別の王国の南方の森で遭遇した。あの時は魔道具によって従えられていたから生息地から()()()()()()()()()の可能性が高いんだけど、周知して警戒するに越したことはない。


「う~ん、こういう姿見てるとガレリアさんも騎士団長らしくて格好良いよね」

「アーちゃん、ああいうのが好みっスか……?」

「「「「えっ」」」」


 何言ってんの姉ちゃん、皆も――って、ガーナまでそんな顔しないで、いつも『ワタシは人間の感覚分からないわよ』っていうのに。

 格好良いとは言ったけどそんな気は無いよ。


「あの人の騎士団長としての姿って見たことないから新鮮だなぁって思っただけだよ」

「そういうことね、安心したわ」


 全く見たことないわけじゃないけど、どっちかというとあたしは”シンディーのパパ“って言う印象の方が強いから、騎士団超然とした姿は新鮮なんだよね。

 っていうかあたしは一体何を安心されたんだろ……皆してホッとしてような顔してるし。


「今は皆がいるんだから、そう言うのは興味ないか――っまたぁ!?」

「だって嬉しいんだもの」「だって嬉しいんっスもん」


 言い切る前に両側からチアーラさんとモルガナ姉ちゃんに抱きしめられた。

 抱きしめられるのはもう二人とも何度言ってもやめないから諦めてるんだけど、他の人がいないとはいえ外で抱きしめられるの恥ずかしいんだけど!?


――ちゅっ


「――!?」


 抜け出そうと藻掻いていると、両頬になんか当たった感触がした。

 何をされたのか、音とか感触とかで見なくても分かる。


「抱き着くのはもう良いけど、何でキスまですんの……!?」

「昔はよくしてたじゃない?」

「おはように、いってきますと、ただいま、それとおやすみ。アーちゃんからしてほしいって言ってたっスのに……もしかして反抗期ってやつっスか!?」

「それは子供の時の話でしょ!?」


 言葉に出されると恥ずかしい……!

 姉ちゃんの言う通り、『ぎゅってして』とか『お休みのちゅーして』とか、あたしからねだってたなぁ。あー……思い出すと更に恥ずかしくなってくる……!!


 でも、それは子供の時の話で、不安とか寂しさが小さくなってからはねだってない。だって恥ずかしいから。

 だけど、今度はそれが二人にとっては不満らしくて、今では二人から抱きしめてくるようになってる。それでもキスはしてこなかったから流石に驚いた。自分の発言が原因だって分かってるから今後はもっと発言に気をつけよう……それはそれとしてだ。


「ねぇ兄ちゃん!おっちゃん!二人からも何か言っ――って、目逸らしてないで助けてよ!」


 二人ともそんな反応するのは分かってた。分かってたけど納得いかない……!

 姉ちゃんとチアーラさんに抱き着かれた時はこの二人は絶対に助けてくれない。一度あたしから剝がそうとしてくれたことがあるんだけど、その時は二人とも姉ちゃんとチアーラさんに殴り飛ばされてたもん。

 でもね、今回はあたしも考えがあるんだよ……!


「……でも兄ちゃんとかおっちゃんみたいな人だったら、良いかもなぁ」


 そう言うとチアーラさんもモルガナ姉ちゃんもあたしから離れ、兄ちゃんとおっちゃんのいる方から――ガッ――と音が聞こえてきた。

 見てみると、カイナート兄ちゃんがモルガナ姉ちゃんの腕を掴み、ブラッドのおっちゃんがチアーラさんの腕を掴んでいた。


「モルガナちゃんなんで僕に殴りかかってくるのかな……?」

「急に殴りかかるのはやめてくれ姉御、姉御の拳はマジで死にかねん……!」


 チアーラさんと姉ちゃんが殴りかかったのを、二人が腕を掴んで止めたらしい。

 いや、あたしが誰を好きになっても皆にあまり関係ないと思うんだけど――いや、チアーラさんや姉ちゃんが男連れてきたら、あたしもまずはその男に殴りかかりそうだ。うん、チアーラさんと姉ちゃんの気持ちは素直に受け取っておこう。あたしのことを思ってくれてるんだもんね!そう考えるとやっぱ嬉しいや。


「二人とも、もしアーシスに手をだしたら――」

「――分かってるっスよね?」

「出すわけねぇだろ!?」「出さないです!!」


 あたしが一人で考えてる間も、チアーラさんも姉ちゃんもすごい剣幕で二人を睨んでた。下級の魔物だったらあの剣幕だけで逃げ出しそう……

 兄ちゃんとおっちゃんは恨めしそうにこっちを見ながら叫んでるけど、姉ちゃんとチアーラさんの思いが分かって嬉しい今のあたしにはその視線は届かないし、声も聞こえない。知らないったら、知らない。


「アナタ冗談にしてもなかなか酷いことするわね……」

「二人とも助けてくれなかったからね!」


 ガーナは分かってたみたい。兄ちゃんとおっちゃんが悪くないのは分かってるけど、少しも助けてくれようって素振りも見せないのは酷いと思う。だからちょっと意趣返し。チアーラさんと姉ちゃんの気持ちが嬉しいからもうちょっと見ていたい気もするけど、流石に兄ちゃんとおっちゃんが可哀そうになってきた。

 あ、このままだとおっちゃんがチアーラさんに殴り飛ばされそう。そろそろ止めてあげよう。


「チアーラさん、姉ちゃん、冗談だよ」

「そう」「なら良いんス」


 あたしが冗談だと言葉をかけると、さっきまですごい剣幕で兄ちゃんとおっちゃんに襲い掛かっていた二人は清々しい笑顔でこちらに振り返ってきた。


「兄ちゃんもおっちゃんも助けてくれないから、つい揶揄(からか)っちゃった」


 肩を揺らして息をしながら睨んでくる兄ちゃんとおっちゃんは無視して、全力の笑顔でチアーラさんと姉ちゃんにそう言う。

それを聞いた二人は今度こそ――ほっ――っとしたように息をついた。


「兄ちゃんもおっちゃんも、今度から助けてね?

 無視したらまた――」

「わ、わかった!」「悪かったよ!」


 あたしが脅すように二人に声をかけると、言い切る前にかぶせるようにそう答えてきた。

 まぁ、今までの様子を見る限り姉ちゃんはともかく、チアーラさんが抱き着いてきた時は二人も止められないだろうけど。だって、あたし達全員が全力でかかってもチアーラさんに勝てないんだから。

 今回はほんの意趣返しのつもりだったし、あんまり期待しないでいよう。


『各員配置につけ!交代の時間を忘れるなよ!』


 そんなやり取りをしているうちに、ガレリア騎士団長の話も終わったみたいだ。

 あ、ちょっと呆れたような表情でこっち見てるからあたし達が騒いでたの見てたみたい。ごめんね団長さん。


「ほら、団長さんの話も終わったんだからあたし達もいくよ」


 姉ちゃんとおっちゃんはまた天幕に戻って待機にはなるけど、あたしとチアーラさんと兄ちゃんは氾濫の開始に備えて配置につかなきゃいけないんだから。

 そうしてほんの戯れを終えて、モルガナねえちゃんとブラッドのおっちゃんは天幕に戻り、あたしとカイナート兄ちゃん、そしてチアーラさんは氾濫に備えてそれぞれの配置に向かった。

アーシスが何か言うたびにチアーラとモルガナが抱き着いて、カイナートとブラッドは我関せずと目を逸らす。そんなやり取りが最低週一で起こります。(仕事で家を空けているときは除きますが)


★次話は04/01投稿予定です。

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