第六十四話 ―次から次へと?―
第六十四話目です。
面倒ごとってなんでか次から次へと舞い込んでくるんですよね……頑張ってアーシス。
あたしもまだ仕事がやらなきゃいけない作業も残ってるし、手短に済ませないと。
とはいえあたしは木箱を持ったままだし、今いる場所は物が多いから木箱をおろせない――それなら。
「ほいっ――【結界】」
あたしは木箱を上に放り投げた。中に入っているのは携帯食料だから少し揺らしても問題ない。後は木箱の真下に結界を生成して、その上に木箱が乗るようにしておく。
同時に二人の男の方に振り返ると、小柄で赤毛のアランが右の拳を振りかぶっていた。
「オラァ!」
「子供に殴りかかるのは大人としてどうなんだろう――いや、あたしは子供じゃないけどさ……」
「ぐぅぅっ!?」
そんなことを呟きながら、アランの右腕を掴んで兄ちゃん直伝の柔術によってその場に組み伏せる。もちろんこの場においてある物資を巻き込まないように。物資を荒らしたら絡まれた側だとしてもあたしの責任――というかあたしの上司であるチアーラさんの責任になるから。
あたしが組み伏せると、軽くしたはずなのにアランは大げさに声を声を上げた。
「これで金等級?やっぱり良くて銀等級程度だと思うんだけど……」
「調子こいてんじゃねぇぞガキィ!」
組み伏せたアランは動きは遅いし体幹もぶれていて、呆れすぎてつい本音が出てしまった。ボソッと呟いただけなのに、もう一人のスキンヘッドの男”ゴル“は聞き逃さなかったのか怒りを露わにしてあたしに殴りかかってきた。
さっきも子供じゃないって言ったのにガキ扱いって……
「これでも成人してるんだけどなぁ……」
あたしはアランを抑えながら、脚を伸ばしてゴルの脚を払う。
坑道に移した瞬間、単純な対処だから避けられるかも、と思ったんだけど杞憂だった。
「うぉっ!?」
ゴルは驚いたような声をあげながらこっちに向かって倒れてくる。あたしはアランを抑えていたその場から移動する。
あ、これ下敷きになりそう。
「「ぐえぇぇ!?」」
結果、思った通りゴルはアランを下敷きにするようにして倒れ、つぶれたカエルのような声を出す。
軽く絡んでくるだけなら無視で良かったんだけど、ここまでくると拘束して騎士達に身柄を渡さないといけない。
「ふざけやがって、このガキがぁ!」
「まさか――」
あたしが拘束しようとしたところで、下敷きになっていた小柄な方”アラン“が大柄な男”ゴル“をどかすと同時に、腰に着いたバッグから注射器のようなものを取り出した。
「『白蛇』あれって……!?」
「あれ、嫌な感じがするわ……前の盗賊の人間が持ってたのと同じみたいだわ……」
「やっぱりか!」
あたしの初任務の時に対峙した盗賊の男が使った注射器のようなもの。ガーナがあの時と同じ嫌な感じがするって言ってるってことは、恐らく目の前のアランが持っているのも、あの盗賊が持っていたものと同じ可能性が高い。
「使わせないよ!」
「ガッ……!?」
すぐさまアランに近づいて、立ち上がろうと中腰になっていたその顎を蹴り、脳を揺らして気絶させる。あたしが組み伏せたことで身体を痛めていたのか、少し反応が遅れちゃったけど使う前に止めることができて良かったよ。
あぁ、因みに大柄な方――ゴル――もガキガキってうるさかったから一緒に気絶させておいた。
「危なかった……!」
「このことは早く”絢華“や騎士団長にも伝えた方が良いんじゃない?」
あの時みたいな盗賊ならまだしも、いくらこんなのでもハンターがこんな物持ってるとは思わないよ!?
盗賊が変異してしまった薬――使う前に止めたから同じものかは分からないし、ガーナも前のとは違うとは言ってるけど――それをハンターが持っていた。他のハンターにも持っている者がいる場合、氾濫中に使って暴れだす輩がいてもおかしくない。
あたしはガーナの言葉に頷き、注射器を回収して二人を拘束――
「おい、なにやってんだ……?」
「うげ……」
――しようと思ったところでまた別の男の声が聞こえてきた。また面倒ごとかと思わず声が出ちゃったよ……
急いでるから面倒ごとは勘弁してほしいんだけどなぁ。
「君大丈夫だったか?」
「え、うん」
と思ったらそうでも、今度の男はあたしのことを心配している風だった。
その男は珍しい灰色の髪で、無精ひげを生やし草臥れたようなおじさんだった――確か”スモーカー“っていう銀等級のハンターだったはず。等級は銀だけど、筋肉の付き方を見る限り”狐“ほどではないけど、ギリギリ中級の魔物とも戦えそう。
「その二人は――アランとゴルじゃないか、何があった?」
「仕事中に絡まれて、殴りかかってきたから対処しただけ」
急いでいるあたしは、完結にあったことをその男”スモーカー“に話す。ただし、あの薬のことは周知されていないため、”アラン“が持っていた注射器については伏せておく。
あたしがそう答えると、男は怪訝な顔をした。
「君が一人でか、この二人は金等級だぞ?
それにこの二人は子供に絡む奴でもないって話だったはずだが……」
「この二人はよくても銀等級程度だよ」
納得いかないといった表情をしているけど、今のあたしはそれどころじゃない。とにかくその男の様子は無視して、ベルトから外した鉄糸でアランとゴルを拘束する。
「スモーカーのおじさん、急で悪いけどこの二人を騎士に引き渡してくれる?
『”般若“が拘束した』って言えば騎士達も納得するはずだから」
「は――」
「じゃ、よろしく」
「――っておい!」
今までどこの国も解析どころか、回収すらできなかった薬。その都度、遺体の検査はされているみたいだけど今のところ殆ど情報が得られていなくて、殆ど何も分からないらしい。
その薬の現物が今、あたしの手の中にある。それだけで何よりも優先しなくちゃいけない。
だからあたしは、彼の返答を待たずにその場を後にする。
●
あたしは騎士団長さんのいる砦に向かいながら、通信用の魔道具を起動させる――通信の相手は氾濫に参加している人も含めてラプラド王国にいる”修羅“の全員だ。少しして全員が通信に答えたことを確認してあたしは事情を話した。
「――っていうことがあった。”白蛇“が言うには盗賊が使ったものと同じ感じがするらしいけど、使われる前に気絶させたから効力が同じかは分かんない」
《そう、報告ありがとう。騎士団長には――》
「あたしが向かってる」
《それならハンター達の所持品を調査するように伝えておいてくれる?》
「了解、あと目が覚めたらその二人に事情聴取するようにも言っておくね。吐かなかったら――まぁ”絢華様“に連絡が行くんじゃないかな」
《ええ、よろしくね》
”アラン“の持っていた注射器についてと、騎士団長に報告に向かうことを伝えあたしは通信を終えた。引き続き砦に向かいながら、騎士団長に報告する内容を頭の中で整理していく。
まったく、何だって氾濫の場にこんなものがあるの!?
砦に到着すると、入り口にいる騎士に声をかける。
「”般若殿“どうされました?」
「緊急で騎士団長に報告があるんだけど、通っても大丈夫?」
「緊急でですか……わかりました、どうぞ」
「あと”スモーカー“って灰色の髪のハンターが二人のハンターの身柄を連れてくるはずだから受け取りをお願い」
「承知いたしました!」
騎士とそれだけ話すと、あたしは砦の中に入り、騎士団長のもとへ向かった。
薬を取り出すという予想外の事が起きましたが、使わせることなく気絶させて薬も回収できました。この馬鹿二人弱すぎ……。
っていうか、蹴って放り出されても割れない注射器が凄いと思う……。
そして追加で出てきたおじさん一名。面倒――というより薬の報告を優先したくて説明を省きまくったアーシスちゃんでした。
★次話は02/15投稿予定です。




