第六十三話 ―ん、程よい悪意―
第六十三話目です。
タイトルから分かる通り、悪いことが起きます!
砦に到着したあたしはチアーラさんに出された指示の通りに氾濫への準備を手伝っている。
もちろん、”修羅“として参加しているから仮面はつけたまま。
「っと、次はこれを運ぶんだっけ」
「そうね、携帯食料だけど重いらしいから気を付けなさいよ?」
「うん」
あたしは物資を運ぶのを手伝っているんだけど、次は少し大きめの木箱を運ぶみたいだ。中身は携帯食料なんだけど、ラプラド王国の携帯食料はエネルギー効率が良いもので、その分ひとつひとつがそれなりの重さだ――それが大量に入っているこの木箱は見た目以上に重い。
氾濫の最中でも手早く食べられて、エネルギーが確保できる、味も普通に美味しい――かなり重宝するものなんだよね。あたしも一週間魔物森に入ってた時にはお世話になったなぁ……。
魔物の肉が食べられたら食料の管理も楽になるんだろうけど、魔物の肉は食べられない。
魔物の肉は大量の魔力を保有していて、人の身体には毒だ。動物とは違って人はある程度魔力に耐性があるけど、魔物の肉は人の身体じゃ受け止めきれないほどの魔力を帯びている。それを体内に取り込めば大量の魔力に身体の内側から食い破られる、らしい。
試しに魔力が尽きる寸前で魔物の肉を舐めてみたら、それだけで全身に激痛が走って冗談抜きで死ぬかと思った。いや本当に、食べたら絶対死ぬ……
それはともかく、普通の人には重いかもしれないけど――
「まぁ、このくらいなら問題ないかな」
「アナタ見た目に似合わず怪力よね……」
「んー、皆には敵わないけど、まぁそうだねぇ」
あたしが持ち上げた木箱は相当な重さなのは確かで、一般の騎士とかだったら2人か3人は必要そうだ。普通の人からしたらガーナの言う通り、あたしは怪力なんだと思う――皆の訓練のおかげだね。
「これ運ぶのってハンターのところだっけ?」
「そうよ、騎士の分はさっき運んだので終りね」
「わかった、ありがと」
携帯食料は騎士だけでなくハンターたちにも支給されるから、彼らの待機場所に運ぶ必要があるんだよね。騎士達だったら知っている顔も何人かいるから不安はないんだけど、ハンターはあたしは初めて会うからどんな人がいるか分からないから少し不安なんだよね。
特にあたしは、仮面をつけてるとはいえ子供にしか見えないから、面倒な輩に絡まれる可能性もあるし……。
「ハンターの人柄も騎士団長が確認してるんだから問題いないでしょ?もし、絡まれてもアナタなら大丈夫でしょうけどね」
「実力的には問題ないだろうけど、あたしが問題を起こすわけにはいかないから。これでも国王直属部隊の一員なんだから…」
あたし達”修羅“は正式には”ラプラド王国 国王直属特務部隊 修羅“という名前で、それから分かる通り国王直属の部隊だ。だから問題を起こすわけにはいかない。皆に迷惑かけたくないし。
とはいえ、そんな事考えても仕方ないんだけどね、それより早く運ばないと。どうせ今は絡まれない事を祈っておくくらいしかできないんだから。
『おいおい、ガキがこんなところで何してんだぁ?』
『ガキがこんなところいんじゃねぇよ』
ん、程よい悪意。
物資の置き場に近づいて来たところで、良い感じに悪意を孕んだ視線と二人のハンターの声が聞こえてきた。少し前から後をつけられているのは分かっていたんだけど、ここは飽く迄物資を置くための場所で人がいないからね、あたしがここに入るのを確認して絡んできたんだろう。
ちょいちょいモルガナ姉ちゃんとかカイナート兄ちゃんがいたずら仕掛けてくるんだけど、その時意図して悪意を向けてくれるから、表に出された悪意は何となく分かるようになった。
「ちょっと”般若“……」
「無視すればいいでしょ、手を出してこないなら害はないし。でもあの二人は人柄に問題ありとして騎士団長に報告しておかないとね」
ハンターの人選は基本は騎士団長やその補佐の人達が行っている――指揮をするのが騎士団長達だからね。彼らも”エミリア神聖法国“からの情報をもとに精査してはいるけど、書類だけじゃ分からないことだってもちろんある訳で、中にはまぁ、こんなのもいる。
そういう輩は高確率で周りに迷惑かけることがあるらしいので、その都度報告が必要になる。
「っていうか、”絢華様“これ目的であたしに物資の運搬を任せたんじゃないよね……?」
「やりかねないわね…」
あたしの呟きにガーナも同意。
あたしもガーナもこういう事に関しては、チアーラさんを信用していない――あの人何気に性格悪いというか、腹黒いというか、そんな印象しかないからだ。
いや、あたし達を信頼してくれてるのは分かってるんだけどね?
『おいガキ聞いてんのか!?』
『無視してんじゃねぇよ!』
と、無視していると先ほど言葉を漏らしていた二人のハンターがあたしに近づいてきてそんな言葉を投げてきた。近づいてきてるのは足音で気づいてたけど、足音が出すぎてて逆に心配になる――これで本当に銀等級以上のハンターが務まるのかな。そんなに足音立てて魔物の森に入ったら一瞬で魔物に囲まれると思うんだけど……
『おい!!』
流石にしつこすぎる――これは自分で対処しないといけないっぽいなぁ……。
何度も怒鳴り声をあげている二人に振り返ると、二人の若い男が得意げな顔をして立っていた――なんで得意げな顔してるんだろう?
「何?あたし仕事中なんだけど」
「何じゃねぇ!」
「ガキがこんなとこにいんじゃねぇ、邪魔なんだよ!!」
邪魔って、あたしからしたらこの二人の方が仕事の邪魔なんだけど。
見てみると、片方は赤い短髪で長身の小柄な男で、もう一人はスキンヘッドで長身の男だった――確かこの二人は金等級ハンターの”アラン“と”ゴル“って名前だったっけ。
金等級は中級の魔物なら単独で討伐可能な実力――あくまでも目安ではあるけど――なんだけど、筋肉の付き方や佇まいを見る限りギリギリ下級の魔物一体が討伐可能な程度に見える。
うーん、組み伏せるのは簡単だけどあたしから手を出すのは問題になるしなぁ……こういう時は確か
「仕事中だって言ったよね?
じゃ、あたしは行くから」
こういうのの対処法は「そういう輩は適当に流しておけば良いんスよ」って、モルガナ姉ちゃんから教わってる。あたしは皆から教えてもらったこと以外の対処法は知らないし、姉ちゃんに教わった通り適当に流して木箱を指示された場所に運ぼうと再び足を進める。
「ちょっとアーシス……」
「あーうん、わかってる……」
適当に流して指定の場所に木箱を置きに行こうと思ったんだけど、その二人は尚もあたしに近づいてきているようだ。その二人はやっぱり足音を立てすぎてるし、最初に比べて更に視線に含まれる悪意が強くなってる――見るどころかガーナに教えてもらう必要もない程に。
「おいガキ!!」
片方の男が後ろからあたしに殴りかかろうとしているようだ。これだけ意識がずさんな相手なら、見なくても大体の動きは把握できるからね。
さっきので駄目だった場合の対処法も姉ちゃんからちゃんと聞いている。
えっと確か――
「姉ちゃんに『もし手を出してくるようだったら組み伏せて問題ない』って教えてもらったっけ」
「あの言葉は実践することになるなんてね……」
ガーナがもの凄く嫌そうな顔をしてる。いや、あたしだって嫌だよ。
正直面倒なんだけど、流石に無抵抗は無理だし他の人に迷惑かけられても困るしなぁ……仕方ないか。
ハンターの男二人に絡まれちゃったアーシスちゃん。(10歳くらいの子供にしか見えない18歳)
面倒だと思いながらも仕方なく対処することにしました。
★次話は02/10投稿予定です。




