第六十一話 ―出立式の歓声を聞きながら―
第六十一話目です。
今回から前々から少し話に出てた氾濫についての話に入ります。
結局チアーラさんのローベルト様への報告書を作成し終わる頃には、もうお昼時になっていて、城に仕事で行っていた皆もちょうど返ってくることだった。ロザリアさんは別件の仕事があるとかでそのまま出て行った。
そして、昼食をとりながらになるけど、氾濫についてチアーラさんから話があるらしい。
「朝食をとりながらで良いけれど、氾濫の対応について再確認をするわね。
特に今年が初参加のアーシスとガーナがいるから」
ということらしい。あたしも前に一通り聞きはしたけど、チアーラさんの言う通り初の参加だから改めて聞いておいた方がいいだろうね。
「まず、氾濫開始の予測だけど5日後に始まりそうよ」
前から氾濫が近いって話をしてたしね。
そうなると騎士達は既に準備を始めてる頃かな。
「氾濫に参加する者たちだけれど」
「確かあたし達と騎士と後はなんだっけ……?」
「あとはハンターよ」
「そうそれ、ありがとガーナ」
ハンターとは簡単に言うと各地で発生した魔物を狩る者のこと。
魔物は基本的に人が遭遇することはないけど、実際のところ人の手が入っていない森や海にいる動物が魔力によって変質して発生するからたまに現れることがあり、一般人には下級の魔物ですら脅威となるからその対処を専門としているのがハンターだ。
「そうね、ハンターは他国から来る者が多いけれど、そこは”エミリア神聖法国“とハンターの情報を照らし合わせて問題ない者のみ参加することができるようになっているわ」
「態度が悪かったり、実力の伴わないハンターが参加しても危険なだけっスからね」
”エミリア神聖法国“というのはハンターを管理する組織である”ハンター協会“のいわゆる元締めを担う国で、その国から各国――互いの国の同意がある場合のみだけど――に支部が設置されている。そして、各国の支部から”エミリア神聖法国“にハンターについての情報が送られ管理される。
だからその情報を共有してもらうことで人柄や実力が把握できると言うわけだ――因みに氾濫の対処に参加してもらうってことは”エミリア神聖法国“にも共有済みだから問題ないらしい。
因みに滞在している国で問題を起こした場合は、ハンターはその国の法でさばかれる取り決めになっている。ラプラドの王国の氾濫に参加している時に問題を起こせば、被害を鑑みたうえでの罰則に加えて今後の氾濫の参加ができなくなると言ったところだ。
「確か氾濫に参加するのは銀等級以上のハンターだっけ」
「ええ、銀等級以上でないと実力が足りないもの」
ハンターは” 新人<青銅<銀<金<白金<特 “というように等級で分けられている。銀等級は単独で下級の魔物数体を討伐可能な程度の実力で、魔物が大量にあふれ出てくるから最低でもその程度の実力が無いとそのハンターだけでなく周りまで危険になるというわけだ。
「それで氾濫についてだけれど、氾濫は毎年3日間、それも昼夜問わずに続くわ」
「だから怪我人はもちろんだが、場合によっては最悪死者も出ちまうこともある。昼夜問わずとなると普通は集中力がもたねぇからな」
「それで、僕たち”修羅“は魔物たちの殲滅と危険な状態に陥った騎士やハンターたちの救助が主な仕事になるんだよ」
とういうことらしい。
ただ流石のあたし達も3日間休まずにというのは無理な話なので、あたし達”修羅“、騎士、ハンターでそれぞれ対応する時間を定め休憩挟んで交代しながら3日間を乗り越えるということになる。
「私たちの担当する時間や配置は大体決まっているけれど、確定するのは砦に到着して会議をしてからね」
「分かった」「わかったわ」
”砦“というのは、氾濫であふれ出てくる魔物たちを迎え撃つために建てられたもので、指揮を出したりもしもの時に立てこもるための場所だ。何年氾濫ととたり合わせの生活なのだから、既に準備は万全というわけだ。
『『『ワァァァァァ!!!!』』』
と遠くの方でそんな声が聞こえてきた。悲鳴などではなく、歓声といった感じだ。
こんな歓声が起こるお祭りとか式典とかあったかな?
「そういえば今日が出立式だったわね」
「あぁ、そういえばそうだった」
すっかり忘れていたけど、今日は氾濫の対処を行う砦に向かう騎士達を送り出す、出立式の日だ。大通りを騎士達が歩いて、国民たちの歓声により騎士達の士気を上げること、そして国民たちに不安を与えないようにすることが目的の恒例行事だ。
あたしは直接見たことはないけれど、ここにきてから毎年のようにこの歓声を聞いていた。
「私たちも明日には砦に向かうわ」
”修羅“は出立式には出席しない。今まで修羅に所属もしていなかったあたしが出立式を見たことが無いのは、ここから直接砦に向かう皆を見送っていたからだ。
国の政治や軍事に関わっている人や騎士達はあたし達”修羅“の存在は知っているけれど、それに関わらない一般人にとっては飽く迄噂程度なのだ。よく聞くのだと「そんな人たちがいたら安心だね~」って感じらしい。
あたしが言うのも変かもしれないけど、この国や人を守るための存在とはいえ”修羅“は力が強すぎる。強すぎる力は逆に不安や恐怖を煽ってしまう。それに一般的には受け入れがたい仕事――暗殺や尋問など――もすることがあるからだ。
そういうのは主に兄ちゃんと姉ちゃん、それと狐達が担っているらしいけど、あたしは教わってないから多分そういう仕事をすることはない。というか皆もあたしにそういうのをやらせる気は無いんじゃないかな、あたしにこの話しをした時も凄く話したくなさそうにしてたから。
まぁ、暗殺や尋問なんて戦争の時、あとは犯罪組織を相手にする時くらいしかしない。そもそも近年は隣国との関係は良好で戦争が無いし、大きな犯罪組織の動きもない。
また、一般の騎士達も”修羅“が戦闘力的な意味で強いことは知っているが、暗殺・尋問までしていることを知っている者は騎士団長といった立場の者だけらしい。
だから、この国の安全が確保されたのは”修羅“の功績が大きかったらしいことから国内の騎士達からは「王国の守護者」とか呼ばれ、他国からは「暗部」なんて呼ばれてるらしい。他国からの呼ばれ方は顔を出して表立って動くことが無いのと、仮面で顔を隠していることに原因がありそう。
っていうか、いくらこの国の人達でもあたし達の姿を見たことが無い以上、噂程度にしか広まらない。
国内でも国外でもそれは変わらないみたい。氾濫に参加してるハンターが”修羅“を見たことがあると思うんだけど広まっていないのは、情報が統制されてるんじゃないかとすら思えるけど……そこはあたしには分からない。
そういう色々なわけで出立式に出るのは騎士達だけであって、あたし達”修羅“は出席しないのだ。
あたし達は、出立式の後に目立たないように砦に向かうことになっている。
「さ、今日は装備の点検してゆっくり休むようにしなさい」
チアーラさんがそう言うと、あたし達は頷いて答えてそれぞれ装備の点検や準備などに専念することになった。
士気を高めたり、人々に不安を感じさせないようにしたりって結構大事。そのための出立式でした。
アーシスたちは話に出た通りの理由で出席しませんでした。
あと、”暗部“って聞くと後ろ暗いことしてる感じがある……まぁ、他国からしたら諜報とかの方が怖いってことなんですかね?
★次話は02/01投稿予定です。




