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修羅の舞う夜に  作者: Lyrical Sherry
第三章 初任務編
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第五十八話 ―悪夢は2―

第五十八話目です。

今回で第三章最終話です。

 村みんなで畑仕事をしたり家畜の世話をしたりしている。

 あたしは今は休憩中で、家の庭で日向ぼっこ中。


「アーシス、休憩は終わりよー」

「はぁーい」


 この声はあたしの母さんの声。

 うちは母さんが花や薬草などの世話をしていて、あたしもその世話を手伝っている。

 母さんと一緒に話をしたり、花や薬草について色々教えてもらえるから、この時間が好きだ。


 そんな幸せな時間は悲鳴と血と共に全て奪われた。


 男が手に持った剣を振り下ろし、母さんの体を貫き、母さんはその場に倒れてしまった。

 見えるのは倒れた母さんと血だまりだけ……。


「――るな……」


 先ほどまで腰が抜けていたのに、気づいたら体が動き出していた。

 近くに落ちていたナイフを拾って男に心臓に突き刺した。


「母さんに触るな!くそ!くそっ!!くそっ!!!」


 男が既に絶命しているのも気づかずナイフを突き刺す。何度も何度も何度も……。



 またあの時の、母さんが殺されたときの夢だ。まだ夢を見ている途中なのに今回は夢だって自覚できた。

 ガーナと出会った日からこの夢を見ることは減った。それでも見なくなったわけでもあの時のことを忘れたわけでもない。


 何度も見たこの夢、どれだけ力をつけてもあたしからこの記憶が消えることはないんだろう。

 いつ見てもこの夢の結末は変わらない、助けたいと思っても夢の中の身体は思ったように動いてくれない。


 あたしは諦めてこの夢を最後まで見るしかないと思っていた時、目の前が暗転した。

 そして視界が晴れた時には――



 あたしは森の中で鎧を着た男たちに追われていた。

 その男たちの鎧姿を見てあたしは直ぐに、チアーラさんとの模擬戦の前に見た夢だと気づいた。


「散々手間かけさせやがって!」


 あたしが考えに耽っていると、追いついた男たちがあたしに斬りかかってきた。

 今は前にこの夢を見た時とは違う、前に夢から覚めたときに覚悟はできているんだから。

 あたしは自分の後腰に挿している二本の短剣を抜き、男が振り下ろした剣を左手の短剣でそらし、右手に持った短剣を男の首――鎧の隙間――を狙う。


「――また……!」


 前にこの夢を見た時と同じだ。

 あの時の、殺されていく村の人達や母さんの顔が浮かんでくる。

 ここで止めてしまえば、前と同じだ。


「―――あ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝ぁ˝……!」


 あたしは浮かんできた光景を振り切って、短剣をお鎧の隙間を通して男の首に突き刺した。

 夢なのに、それは人を刺した感触――母さんを殺したあの男をナイフで刺した時と同じ感触だった。


――ごぶっ……――


 あたしが短剣を突き刺した鎧の隙間から見えたのは苦痛、憎悪、怒り、そんな感情を孕み歪んだ――あの時母さんを殺した男の顔だった。

 そして、男の首と口からは血が溢れだし、糸が切れたようにその場に倒れて男は動かなくなった。


「うっ……」


 男が倒れた瞬間、夢の中にも関わらずあたしは吐きそうになった。

 胃の中のものが全部せりあがってくるような。


「あ、れ……?」


 吐くことはなかったが、急に視界が歪みあたしの意識はそこで途切れた



 あたしは自分のベッドの上で目が覚めた。枕元にはガーナが静かに眠っている。

 あたしは自分の右手に視線を落とした。


「……」


 夢の中で男を刺し殺した感触が残ってる。

 夢の中で殺した男、殺されていった村の人達、そして殺された母さん、今まで見てきた死の表情が全て頭の中に流れてくる。


「う˝っ……!?」


 目覚めたときにはなかった、夢の中で感じた吐き気に襲われた。

 あたしは吐き気を我慢して部屋を出て、洗面台に向かった。


「う˝っ……お˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝――ハァ、ハァ……」


 洗面台に着くと同時にあたしは胃の中の物を吐き出した。

 夢で見たあの死の表情が頭から離れない。


「ぅ˝お˝ぇ˝ぇ˝ぇ˝……」


 あたしはまた吐いた。胃の中は既に空っぽだ。

 それなのにあたしはひたすら胃液を吐き続けた。


 胃液までも空になる程に吐いたところでようやく止まったけど、いったいどれだけ吐いたのか分からない。

 鎧を着た男たちに追われる夢はチアーラさんとの模擬戦の前夜の一回きりしか見ていないのに、何でまたこの夢を見たんだろう……。

 理由なんて分かってる、おっちゃんが薬で変異したあの男を殺したところを見たからだ。


「皆に――いや……」


 皆に相談するのは駄目だ。

 こんなことを話せば皆に止められるし、何より皆に迷惑をかけるわけにはいかない。

 覚悟ができているだけじゃだめだ、吐き気なんて我慢すれば良い、あたしが慣れればいいだけなんだから……。

 この分だとこの夢は何度も見るだろうから。今までの経験からわかる。


「大、丈夫……」


 とにかく今はここを片付けないと。じゃないと朝になって皆にバレちゃうし……。大丈夫、皆に迷惑はかけないから。

 あたしは自分にそう言い聞かせて、その場を片付けて部屋に戻った。

 あの夢を見た後にもう一度寝るのは少し怖かったけど、初の仕事で思いの外疲れていたのかすぐに眠りにつけた。



 眠っていた時、誰かが廊下を歩いている気配を感じて目が覚め、足音や気配の消し方からそれがアーシスちゃんだと分かった。

 見つからないようについて行ってみると、アーシスちゃんは見たことが無い程酷く吐き続けていた。


 しばらくして吐き終えたアーシスちゃんはその場の片づけを済ませた。

 訓練を始めた頃だったなら、直ぐにでもチアーラさんに相談していただろうけど、今の彼女にはそんな様子はなく、多分他の誰にもガーナちゃんにすら話さないだろう。


「アーシスちゃんから言わない限り、僕からは言わない方が良いんだろうけど……」


 何より、今回のことに限っては原因も僕にはわからないからね。ブラッドさんやモルガナちゃんは直ぐに口を滑らしそうだし、チアーラさんだけには伝えておこう。

 もしもの時は僕が――



 翌朝、少し気持ち悪さは残っているけど、吐くほどじゃないな……。


「アーシス、どうかしたの?」

「ううん、大丈夫だよ」


 ガーナはあたしの気分が良くないのを見抜いたかのように聞いてくる。

 でもあたしは迷惑はかけたくないから"大丈夫"と、そうかえした。


『わ、悪かった姉御ぉぉぉぉぉぉ!!』


――ドゴォォォ!!!!!


『ギャアァァァァ!!!!!!!』


 訓練場の方からおっちゃんの叫び声が聞こえてきた。昨日の夜にチアーラさんが言っていたように、おっちゃんがぶっ飛ばされてるんだと思う。

 今日は休んでて良いって言われたんだけど、気分転換に訓練場に行こうかな。


「行こうかガーナ」

「そうねアーシス」


 あたしとガーナはいつもの朝の訓練のためにおっちゃんがぶっ飛ばされているであろう訓練場へと向かった。

また悪夢を見たアーシスでした。

夢とはいえ人を殺してしまった感覚にアーシスは何度も吐き続けてしまいました。


今までだったらすぐに相談していたかもしれませんが、今回は誰にも相談はしないようです。

ただ、誰かがその姿を見ていました。(なんとなく誰かは分かるかもですが)


本日合わせて「第三章キャラクター紹介」も投稿しているので、気になる方はそちらもどうぞ。

★次話から第四章開始、01/15投稿予定です。

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