第二十六話 ―報告―
第二十六話目です。
今回は少し時間を遡ってアーシスが家に戻ってくる前、チアーラが報告を聞く話です。
アーシスを試験として魔物のに行かせたのは嫌がらせや諦めさせようと思っているわけではないわ。
私が隊長を務める『修羅』は多くの仕事を担っている。
場合によっては一人で他国に出向くことや、一人で魔物の大群を相手にすることもある。
そのため魔物の森で一人で一週間生き抜くことくらいできなければ、この部隊の仕事はできない。
この部隊に所属している者も全員その試験を合格している。
(アーシス大丈夫かしら…怪我はしていないかしら…
食料はちゃんと持って行かせたけれど、ちゃんと食べてるかしら…)
私が魔物の森に行くように言ったとはいえ心配だ。
9年間ずっと見守ってきたのだから、心配しない方がおかしいわよ。
(『狐』達からは連絡もないし、大丈夫なのはわかるけど…)
『狐』とは私の部隊『修羅』に所属している潜入・諜報の部隊の名称。
彼らは基本、潜入している国に滞在しているため、この家に来ることは殆どない。
このラプラド王国にも数人いて、手の空いている者にはアーシスの様子を見てもらっている。
もしあの子に命の危険があれば彼らが介入することになっているのだけれど、一人で手当てが可能な怪我では彼女たちは介入させない。
本当に命の危険があるときのみで、それ以外はアーシスの動きや状況をこちらに報告してもらうことになっている。
「そんなに心配なら自分でご見守れば良かったではありませんか…」
そんなことを考えていると、女性の声が聞こえた。
「ロザリア…
私もそうしたいけれど、仕事もあるのよ?」
彼女はロザリア、『狐』をまとめる『狐筆頭』だ。
『狐』達は主に潜入の仕事をしているため、むやみにこの家には来ない。
その代わり『狐筆頭』であるロザリアに情報をまとめ、彼女から私に報告をする流れになっている。
彼女は彼女で仕事があるためあまりこの家には来ないのだが、今はアーシスの試験のために戻って来てもらっている。
「何度も申し上げましたが、現在対応している仕事は我々のみで対応可能ですのよ?
それをチアーラ様は意固地になって…」
「わかってるわよぉ!
それでも陛下への報告は私がしなきゃいけないのだから、あなたたちに任せるわけにはいかないじゃない…」
現在も色々と仕事があって、ロザリアの言う通り対処自体は『狐』に任せて問題ないのだけれど、国王陛下への報告は隊長である私が行わなければならないのよね。
だから私が魔物の森へ行ってあの子の様子を見ることはできない。
「そろそろあの子が帰ってくる頃かしら」
「ええ、『狐』から少し前に森を出たと報告を受けましたわ」
アーシスが帰ってくる前に詳細を聞いておかないと。
「アーシス様は一人で生き抜いたことは確かのようですわね。
『狐』からも手を出していないと報告を受けておりますわ」
「そう」
「ただ、魔物との戦闘で体の至る所に傷を負っているようですわね。
深い傷はありませんが、既に治り始めてしまっているので傷は残ってしまうだろうと、『狐』から報告を受けていますわ」
「傷が残る…?」
「『狐』達の試験のことを考えると、欠損が無いことは素晴らしいですわね」
『狐』達も魔物の森での試験を受けているが、合格した者でも耳や指が欠損してしまった者は少なくない。
そう考えればロザリアの言う通り欠損が無かっただけマシではあるのだけど、そんなことが言いたいのではないのよね。
「私ちょっと森へ行ってくるわ…」
「はい?」
「可愛いアーシスを傷つけた報いを受けさせてあげるわ…
手の空いている『狐』を集めなさい、森の魔物を殲滅しに行くわよ」
私自身、アーシスを森に送った以上、怪我をすることも覚悟していた。
しかし実際に怪我をしたと言われると、我慢ならないものがあるわね…
「ちょっ、ちょっと落ち着いてくださいまし!
流石に『修羅』の人員を全て集めても森の魔物を全て殲滅するのは不可能ですのよ!?」
「できるできないじゃないの、やるのよ」
「もうすぐアーシス様が帰ってきますのよ?
それに我々は国王直属の部隊、勝手な行動をするわけにはいきませんのよ!?」
「くっ…」
確かに国王陛下に許可も取らずに行動を起こすわけにはいかない。
とはいえ国王に「魔物の森の魔物を殲滅しに行くので許可をください」と言っても許可は下りないだでしょうね。
「仕方ないわね…今年の氾濫は終わっているし、来年の氾濫で魔物共に報いを受けさせましょう」
「そうしてくださいませ、はぁ…」
国王陛下の話を持ち出され、あきらめた私は引き続きロザリアの報告を聞くことにした。
「それで…その傷ですが、上級の魔熊と戦闘したことが原因のようですわね」
「上級の…!?
いや、でも無事ということはあの子は逃げ――」
「アーシス様はおひとりで上級の魔熊を討伐したようですわ。
『狐』は誰一人手は出しておりません」
「そんな訳――本当なの…?」
「『狐』から報告にの間違いがなければ事実ですわ」
アーシスが上級の魔熊を倒したと聞いた私は混乱してしまった。
というのも、アーシスには中級はまだしも、上級の魔物の相手は無理だと思っていたから。
「だって上級の魔熊なんて『狐』でも一人では討伐できないわよ?」
「アーシス様は『狐』よりも実力があったということですわ」
『狐』達は戦闘はできるが、あくまで諜報・潜入が主な仕事なため、上級の魔物を倒せるほどの実力は無い。
数人で連携すれば倒せるでしょうけど、一人で倒せるのは中級の魔物までだ。
「つまりアーシス様は私と同程度の実力ということになりますわね」
上級の魔物を倒せるのは、私とロザリア、モルガナ、カイナート、ブラッドの5人だけ。
もっと言えば私は一人でも極級一体相手なら討伐可能、ロザリア以外の3人は特級まで一人で討伐可能で極級でも3人で連携すれば討伐可能だ。
ロザリアは『狐筆頭』として、『狐』達より戦闘能力が高く、上級までの魔物ならば一人で討伐可能な実力だ。
「あの子は左目が見えて無いのよ…?
それなのに勝てるわけ…」
両目が見えていたのならまだ納得できる。
魔物は階級が上がるごとに知能が高くなり、上級でもアーシスの左目が見えないことに気づくくらいの知能はある。
傷後が残っていなければ気づかれることはないし、何とか勝てそう名気もするのだけれど、あの子の左目には傷が残っている。
(『狐』が手を貸した…?
いや、『狐』が嘘の報告をしてもロザリアにはわかるはず。
仮にロザリアが嘘の報告を容認したとしても、ロザリアのことなら私でも分かるもの…)
つまりアーシスが一人で上級の魔物を一人で倒したことは事実。
私の思っている以上に実力がついていたということ?
(私もずっとアーシスの訓練を見ていたわけではないものね…)
そう思っていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
アーシスが戻ってきたようだ。
そこで私は一つのことを思いついた。
「そうだわ」
「どうかされましたの?」
実は私は一つ悩んでいることがあった。
アーシスに課した二つの試験、その二つ目の内容を悩んでいたのよね。
騎士達を相手に対集団戦をさせるか、あるいはモルガナ達3人と模擬戦をさせるか。
二つ目の試験の内容が、たった今決まったわ。
「アーシスも戻ってきたようだし、居間に行ってくるわ。
二つ目の試験の内容も決まったし、一緒にアーシスに伝えてくるわね」
「わかりましたわ…」
ロザリアがなんだか呆れたような表情をしているが、いつものことだし気にしなくて良いわね。
良い試験内容を思いついて緩んでしまった顔を、引き締めて私は居間に向かった。
分かってはいたものの、アーシスが怪我をしてその傷が残ることを聞いて、森の魔物を殲滅しに行こうと考えたチアーラでした。
新キャラロザリアの説得でなんとか行動に起こされずに済みましたが。
あんま好き勝手動こうとしないで、書く方も大変だから...
二つ目の試験の内容がいま決まったようです。
何で先に決めとかないんですか...




