第十七話 ―大切だから―
第十七話目です。
いよいよアーシスの考えをチアーラに話します。
チアーラだけでなく他の3人もいますが、一体どんな反応をするのか...
アーシスに言われて、モルガナ、カイナート、ブラッドの4人を居間に集めた。
現在居間には、私とアーシスを含めた5人全員が集まっている。
「それで話ってなんスか?」
「アーシスちゃんもいますし、また訓練の話ですか?」
二人とも今日も私が集めたと思ているようね。
言葉には出していないけれど、ブラッドも同じようなことを考えているのが表情からわかるわ。
でも、今日用事があるのは私ではなくアーシスなのよね。
「今日は私の用事じゃないわよ。アーシスから話があるらしいから集めたのよ」
「アーちゃんがっスか?」
「アーシスちゃんが?」
「アーシスが?」
3人とも不思議そうな表情をした。
アーシスから私たちを呼ぶことは珍しいことだから、その気持ちは私も分かるわ。
さて、アーシスの話とは何かしら――と、アーシスの方を見ると何やら考えているようだった。
(呼んだは良いものの何から話そうか考えてなかったのね)
少し考えるような素振りをしていたアーシスは、あきらめたような表情をしたと思うと、口を開いた。
「あたし、チアーラさんの部隊に入りたい」
「「「「は…?」」」」
アーシスの言葉を聞いた瞬間そんな言葉が漏れてしまった。
他の3人も私と同じようね。
「な、なんで急にそうなるんスか!?」
モルガナが取り乱している。彼女はアーシスが部隊に入ることを嫌がっていたものね。
正確にはアーシスが人の命を奪うことになることを危惧していたのだけれど。
それを知っていれば彼女が取り乱すことも理解できるわ、私だって一瞬言葉を失うくらいには驚いているのだから。
しかし彼女がそんな状態だと話も進まないので、モルガナを落ち着かせないと。
「モルガナ落ち着きなさい」
「でもっ――分かったっス…」
「アーシス、私の部隊に入りたいと言うけれど、あなたは私たちがどんな仕事をしているか知らないでしょう?」
アーシスには国のある部隊に所属しているとしか言っていないから、仕事内容は知らないはず。
それなのに、アーシスは私の部隊に入りたいと言っているのよね…
「知ってるよ」
「え…?」
「チアーラさん達がどんな仕事をしてるか、あたしはちゃんと分かってる」
モルガナ達に目を向けると、3人とも首を横に振っていた。誰も話していないようね。
私を含めて誰もアーシスに仕事の詳しい話をしていないはずなのに、なんで知っているのかしら…
その理由を聞こうとした瞬間、アーシスが続けて口を開いた。
「クラウディア様に教えてもらった」
「っ!?」
私の見た限りでは、あの方もアーシスが部隊に入ることは嫌がると思っていたのだけれど...
アーシスに言い寄られて話してしまったのかもしれないわね。あの方もアーシスには弱いもの。
「私少しお城に行ってくるわね…?」
別に話さないようにお願いしていたわけでもないし、アーシスに聞かれたから答えたのでしょうけど、一度クラウディア様に何故話したのか聞かないと気が済まないわね...
私が席を立とうとするとモルガナも同じく立とうとしているから、どうやら彼女も私と同じ気持ちらしい。
ただ、カイナートとブラッドの二人は動こうとはしていなかった。
「あたしが無理言って教えてもらったの!
今はあたしの話をしてるの!ちゃんと聞いて!」
アーシスを保護してから7年、長い間一緒にいたけれど、この子がこんなに声を張り上げるところを見たことがなかった。
そこでようやく、アーシスが真剣さに気づいた。
「そうね、ごめんなさいアーシス」
「自分も申し訳ないっス…」
私とモルガナが再度席に着いたことを確認したアーシスは話を再開した。
「あたしがみんなの仕事のことを聞いたら部隊に入りたいって言うと思ってたんでしょ。
それでもし入ることになったら、母さんを目の前で人の手で殺されたあたしが、人を相手にするとのになるし、もっと言えば人の命を奪うことになる。
そうなればあたしの心が耐えられないと思った――そうでしょ?」
アーシスの真剣な表情と声に私たちはただ頷くことしかできなかった。
「あたしのことを思ってくれたのは分かるし、嬉しい。
だけど、そういう仕事をしてれば人の命を奪わなきゃならないこともあるって分かってる。
それこそあたしよりもっと小さい子供だって」
多くの国や種族があるこの世界では、争いは絶えない。
騎士や国の部隊ともなれば人の命を奪うこともあるなんてことは、アーシスの言う通り子供でも分かっていることだった。
「それに、そうしなきゃ守れないものもあるってことは、あの時から――母さんが殺された時から知ってる」
「アーシス…」
私はその言葉を聞いて心臓を掴まれたような感覚がした。
アーシスが自分からその話をするなんて思わなかったから。
「それに皆には言ってなかったけど、訓練を始めて少しした頃に街に行ってみたことがあるの」
「街に…?」
そういえばアーシスを街に連れて行ったことはなかった。この家に来て初めの2年は怖がっていたし、その後はずっと訓練ばかりしていたから。
なのにこの子が一人で街に行ったと聞いて私は驚いた。
「街で暮らしてる人たちは楽しそうで、幸せそうだった。
その時はあんまり気にしなかったんだけど、クラウディア様から話を聞いてあの人たちの笑顔を守ってるのが皆だって知ったの」
「そう…」
「それでも、皆のおかげで氾濫とか犯罪の被害は減ってるって聞いたけど、その被害が無くなったわけじゃないんでしょ?」
「そうね…」
私が『修羅』を作ったのは10数年前で、それまで多くの被害が出ていた氾濫や犯罪による被害を大きく減減らすことができた。
それでも氾濫はまだしも、犯罪の被害を完全に無くすことはできない。
「あたしが入っても被害が無くなる訳じゃないってことは分かってる。
でも、あたしもあの人達の笑顔を守りたいと思ったんだ。
今まで以上に街の人が安心できるように、チアーラさん達の力になりたいの」
アーシスは真剣な眼差しでこちらを見ている。
その目を見てようやく気づいた――アーシスのことを考えていたのは間違いないけれど、根本はそうではなかったようね…
心の底では、アーシスの手が血に染まることが嫌だったのね。
なんて自分勝手だったのかしら…
アーシスの思いは本気。
それならば私も本気で返さなければアーシスにも、亡くなったこの子の母親にも申し訳が立たないわね。
「分かったわ」
モルガナが何か言いたそうにしているが、目を向けて黙らせる。
私たちの中で一番アーシスのことが大好きな子だから、受け入れがたいのでしょうね。
「あなたの気持ちは分かったけれど、すぐに認めることはできないわ。
あなたに二つ、試験を設けます」
「試験…?」
「どちらか一方でも達成することができなければ、入隊は認めない。
もしどちらも達成することができたのなら、喜んであなたを迎えるわ」
「わかった」
アーシスは対人での組手であれば問題ない実力を身に着けているけれど、魔物相手の戦闘や、本気の戦闘の経験はない。
この二つの試験でその二つを身に着けさせる。
もしその途中で心が折れるようなら、アーシスの入隊は到底認められない――認めるわけにはいかない。
私だって、この子のことが大切なんだから。
チアーラの部隊に入りたいと言われたチアーラとモルガナは相当驚いていましたが、カイナートとブラッドは驚きはしたものの、特に反対はしないようです。
チアーラとしてはアーシスに自分たちが人を殺していることを知られたくなかったのが一番でかかったようです。
アーシスの思いが本気だと気づいたチアーラですが、すぐに良しとは言いませんでした。
チアーラはアーシスに二つの試験を課しましたが、その試験の内容とは...?
★次話は06/20投稿予定です。




