第十六話 ―『修羅』―
今話から第二章開始、第十八話になります。
今話ではアーシスが考えていた自分の将来についての話です。
アーシスの考えている将来とは?
あたしがまだ15歳だった頃、自分の将来について考え始めた。
きっかけはクラウディア様と訓練していた時の、周りの騎士達の言葉だった。
――あの子が『修羅』の方々が鍛えたと言う…
――あんな小さいのに近衛の実力すら超えてるんじゃないか…?
――もし彼女が『修羅』になれば、犯罪組織への対応も氾濫の対応も被害がもっと減るだろうな。
騎士達は小声で話していたつもりだったようだけど、あたしには聞こえてた。
ただ、その中で聞きなれない単語が出ていて、確か『修羅』という言葉だった。
騎士達はあたしのことを「『修羅』が鍛えた」と言っていたから、『修羅』というのはチアーラさん達のことだと思う。
それからずっと気になってはいたんだけど、チアーラさんには聞けなかった――というより聞いてもどうせ教えてもらえないだろうから聞いてなかった。
チアーラさんだけではなく、モルガナ姉ちゃんもカイナート兄ちゃんも、もちろん ブラッドのおっちゃんもだ。
みんな「仕事」の話はあたしには話してくれない。
そりゃ詳細なんて部外者に話すわけにはいかないのは分かるけど「ある部隊で働いているの」というだけで、どんな仕事すらも教えてもらえない。
王妃であるクラウディア様とあんな風に話せる辺り、チアーラさんも結構上の立場にいると思うんだけど、一度クラウディア様に聞いてみようかな...
クラウディア様も教えてくれない場合は、なんとか目を盗んで騎士の人達に聞いてみるしか手は無くなるんだけど。
ともかく、次の訓練の時にクラウディア様に聞いてみることにしよう。
●
後日、クラウディア様との魔法の訓練の日。
「クラウディア様、今日は聞きたいことがあります」
「まじめな話みたいね…何が聞きたいの?」
「ありがとうございます」
あたしの表情から察してくれたようで、クラウディア様もまじめな表情になる。
「『修羅』って何ですか?」
「…!?」
あたしがその言葉を知っていることに驚いたようで、クラウディア様は目を見開いた。
「な、なんのことかしら…?」
クラウディア様もあたしにはあまり話したくないようで、ごまかそうとしてる。
「以前訓練中に騎士の人達が口にしていました。
あたしが『修羅』に鍛えられたと言っていました。
つまり『修羅』というのはチアーラさん達のことですよね?」
クラウディア様は気まずそうな表情をしている。
騎士が話していたと言えば、さすがのクラウディア様もごまかすことはできないはず。
「それは…」
「お願いします。教えてください」
「はぁ…」
あたしが引く気がないことを理解したのか、クラウディア様は諦めたようにため息をつき――口を開いた。
どうやら話してくれる気になったらしい。
「『修羅』というのは彼女――チアーラがまとめる国王直属の部隊の名前よ」
「国王直属…」
「ラプラド王国は今は減っているけれど、昔は戦争を仕掛けられたり犯罪組織が入国してきたりしていたの。
氾濫もあったから、戦争では多くの騎士が命を落として、犯罪組織の対応に手が回らなくて多くの国民が命を落としていたわ」
「そんなことが…」
「それを見かねて、チアーラが部隊を作ったの。
氾濫や戦争での戦力、それ以外でも諜報や潜入で他国の情報を集めたりもしてくれたわ。
そのおかげで戦争での死傷者は減って犯罪組織への対応にも手が回せるようになった。
騎士達の命も国民たちの命も彼女たちのおかげで守られているようなものね」
「チアーラさんはこの国の騎士やこの国で暮らす人を守るためにそんな部隊を作ったんですか?」
この国が過去にそんなことがあったというのは驚いた。チアーラさん達が国王直属の部隊ということもだ。しかしかといってあたしに話さない理由は分からないんだけど。
むしろチアーラさん達のおかげでこの国は守られているんだから、あたしにも話しても良いと思うんだけど。
「この国だけではないわよ。
同盟を結んでいる国で起こった魔物による被害の調査や対応――そして人間以外の捕われてしまったヒト種の解放も彼女たちの仕事の一部よ」
チアーラさん達は思っていた以上に色々な仕事をしているようで、クラウディア様の話で出たように、同盟を結んでいる国に手を貸したりもしているらしい。
ヒト種というのは、人間、獣人、エルフ、ドワーフなどの人の姿をした種族の総称――因みに『亜人』というのは蔑称で、この言葉を使ってはいけない。
国によってはそれだけで罪に問われると聞いたこともあるほど。
過去には人間以外のヒト種を捕らえて奴隷としていた人間の国や組織が多く存在した。
現在はかなり減っているらしいけど、差別とか人の固定観念とかはそう簡単に変わるもんじゃない。
今も変わらず他の人種を捕らえようとする人間がいて、その囚われたヒト種たちの解放も仕事に含まれているらしい。
つまりチアーラさん達はこの国だけでなく、同盟国や未だに人間に被害を受ける人種を守っているっていうことになる。
「だからでしょうね。
この国だけでなく多くの人を守っていると聞けば、あなたは彼女に部隊に入りたいと思うでしょう?」
「はい…」
クラウディア様の言う通り。
あの時からそれを目標にしているんだから。
「母親を失ったあなたに、人の命を奪うようなことはさせたくなかったのでしょうね。
それに、自分たちが人の命を奪っていることも、あなたには言いたくなかったんじゃないかしら」
「それは…」
クラウディア様に教えてもらうまで仕事の内容までは知らなかったけど、チアーラさん達がこの国のある部隊に所属していること自体は教えてもらってた。
そんな仕事をしていれば人の命を奪うこともあることは容易に想像できる。
だからそれを知ったところで、みんなに対する気持ちも態度も変わることないのに――みんながいなかったらあたしはもう、とっくに死んでるんだから。
「チアーラさんはあたしのことを考えて言わずにいてくれたんですね…」
「ええ。だから彼女を責めないであげて」
「責めはしません――けど、納得は出来ません。
人の命を奪わなければ守れないものもあることは、あの日から分かっていたことです」
「アーシスちゃん…」
とはいえ、チアーラさん達があたしのことを思って言わなかったことは分かった。
けど、そのうえで確認したい。
「クラウディア様、チアーラさん達はこの国の人達を守るための仕事をしているんですよね?」
「氾濫や犯罪組織による被害はあるけれど、彼女たちのおかげでその数は減っているわ。
彼女たちが動いてくれることや、他国に対しての牽制になってくれているから。
この国は『修羅』に守られているようなものね」
この方が言うのであれば、チアーラさん達の部隊『修羅』が人を守るための組織だと言うことは真実なんだと思う。
それなら、あたしの言うことは決まってる。
「クラウディア様」
「何かしら?」
「あたしを『修羅』に入隊させてください」
あたしがその言葉を言った瞬間、クラウディア様は困ったような表情をした。
そりゃそうだ、あたしはまだ子供で部隊に入れろと言ってもすぐに了承を得られるはずはないもんね。
「彼女に言わずに入隊することはできないわよ?」
「わかってます。
あたしの訓練が一区切りつく頃に、自分でチアーラさんに伝えます。
だからそれまでは――」
「わかってるわ。それまで彼女には言わないわ。
それと、あなたが彼女に話して了承を得た後、スムーズに進められるよう、私の方でも準備しておくわね」
「お手数おかけしてすみません。」
「良いのよ。アーシスちゃんが自分で考えて決めたのでしょう?
それなら王妃としてじゃなく、一人の大人として応援するわ」
「ありがとうございます」
クラウディア様からの了承は得たも同然。
後はあたしが自分でチアーラさんにあたしの考えを伝えるだけだ。
騎士の発言から祖予想して、クラウディアに色々話を聞いたアーシスでした。
チアーラ達は国王直属の『修羅』という部隊なのだそう。
名前仰々しくね...?何その名前。
アーシスはチアーラの部隊『修羅』に入りたいようですが、それは自分から話すようです。
王妃としてではなく一人の大人として、応援してくれるとはクラウディア様...器の大きさがうかがえます。
★次話は06/15投稿予定です。




